カルテットクリスマス 中等部編

 12月19日。金曜日の午後。

 貸し切りとなった『アヴァンティー』の奥の席に私は一番に座る。

 だんだん大人になるにつれて時間を作るのが難しくなってゆくのだが、このクリスマスだけはなんとか集まってという事をなんとか今年もできたのは嬉しい。

 なお、本来予約を入れていた12月22日の予約も取り消してはいない。


「いらっしゃいませ。お嬢様」

「こんにちは。クリスマスの料理楽しみにしているからね」


 『アヴァンティー』のマスターが私に声をかけ、私は奥の席に向かう。

 できれば店丸ごと貸し切りにという警備側の要望を蹴ったのは、私たちが特別になってしまうから。

 少なくともクリスマスを楽しむのに他の人を排除はないよねという理由なのだが、


「自覚してください。お嬢様。

 貴方はもう特別なんです!」


 という警備担当メイドのエヴァの恨み節を聞かなかった事にできるのは、私がまだ中学生というお子様特有のわがままで押し通したからである。

 私の特別でこのお店の空気を壊したくはないのだ。わがままではあると自覚はあるのだが。


「お。来たか。桂華院」


 先に座って本を読んでいたのは光也くん。

 話題になっていたラノベに栞を挟んで私の方を向く。


「読んだんだ。それ」

「途中だがな。まさかと思うが桂華院よ。

 『ただの人間には興味ありません。この中に財閥の御曹司、政治家の二世、官僚の卵がいたら、あたしのところに来なさい。以上。』なんて願っていないよな?」

「さーあ、どうでしょう?」


 ジト目で睨む光也くんにウインクして私の席に座る。

 それに合わせてメイドの橘由香が私の前に紅茶を差し出す。

 警備と私のわがままの妥協として、『アヴァンティー』のマスターに費用こちら持ちで常駐でメイドを置かせてもらう事にしたのだ。

 で、私が来た時だけそのメイドと橘由香が変わる。他にも常連客に配慮しつつも一見さんをチェックできるように隠しカメラをやはりこちら持ちで用意したり。

 わがままにお金がかかるのが上流階級なり。


「で、残り栄一くんと裕次郎くんの二人は?」


「遅れるってさ。

 泉川は親父さんの宴会に顔だけ出してこっちに。

 帝亜のやつは、帝亜グループの仕事を片付けてからこっちに来るそうだ」


「やっぱり、そうなって来るわよねー」


 今も副総理として国政に影響力を持ち続けている泉川副総理の息子だから、三男といえどもというか三男だからこそ政略結婚の弾として使いやすいのだ。

 私も裕次郎くんがお見合い写真を抱えて苦笑しているのを何度か見ているので、心の底からご苦労さまと言っておく。

 栄一くんの方は、帝亜グループの御曹司なだけあって、東京の顔見せだけでもスケジュールが凄い事に。

 桂華グループの桂華電機連合傘下にあるTIGバックアップシステムを率いている事もあって、御曹司から社長に変わりつつあるのだろう。

 嬉しくもあり、寂しくもあり。


「で、二人より暇な俺は、二人を引き抜く為にここで色々やっていたという訳だ。

 まあ、適当に電話をかけるだけなんだがな」


 二人が居る席ならば電話すら取り次いでもらえないだろうが、そこは友情という奴で。

 かくして用事と称して抜け出してこっちにという訳だ。


 そんな話をしつつ待っていると、 カランカランとドアベルが鳴る音が聞こえた。

 見ると話をしていた栄一くんと裕次郎くんの二人が入ってくるところだった。


「悪い。遅れた。瑠奈」

「こちらも同じく。ごめんね。桂華院さん」

「いいわよ。私も今来た所なんだから」


 四人が座ってテーブルの上にケーキと料理が並べられる。

 流行のショコラケーキにやはりブームになったメロンパン。

 果物に唐揚げとスパゲティーときて、コーラやグレープジュース、ミルクティーにコーヒーとそれぞれが飲み物を持つ。


「じゃあ、今年も無事に集まれたという事で」


 いつものように栄一くんが最初に口を開く。

 そして、いつものように裕次郎くんが続きを口にした。


「また来年もこうやって集まれることを」


 その次は裕次郎くん。

 最後は私という順番。

 気づいたらこれも定番になっていた。


「ええ。今年の私たちに、来年の私たちに……かんぱい!」


「「「かんぱい」」」


 男と女で友情は成立しないとは分かっているが、それでもこの瞬間だけは昔のようになれたらと思う。

 それはきっと栄一くん、裕次郎くん、光也くんの三人も同じと信じたい。

 なお、この後はみんなで料理を食べつつ、お喋りしたりと盛り上がってあっと言う間に時は過ぎていった。

 

「瑠奈。いつもより楽しそうだな?」

「かもね。 この日を楽しみにしていたのだから」

「桂華院さんが楽しいと俺らも嬉しいんだけどさ」

「そうだな。だがこうやって四人で楽しむのがいい」


 楽しい時間はあっという間に過ぎるもので。

 お開きの時間となった。


「じゃあ、先に迎えを待たせているから」

「ああ。泉川。良かったら乗せてくれ」


 そんな感じで残ったのは私と栄一くんな訳で。

 なお、栄一くんは私の方を見ていない。


「で、どんな駆け引きがあったのよ?」

「それを聞くか?普通?

 まぁ、友情を壊さない程度のあれやこれやがあってな」


 その物言いに私はたまらず吹きだす。

 いつまでも子供ではいられないが、かといって大人ぶれないのが今の私たち。

 吹きだした私に釣られて栄一くんも笑ってやっと私の方を見た。


「送っていくよ。瑠奈」

「ええ。お願いするわ。栄一くん」


 こうして私たちは家路についたのであった。

 まぁ、今の私たちでは一緒の車に乗るだけなのだけど。




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光也くんのラノベ

『涼宮ハルヒの憂鬱』(谷川流 角川スニーカー文庫 2003年)

なおアニメは2006年。


料理

 メロンパンのブームがここだったりする。

 なお『灼眼のシャナ』(高橋弥七郎 電撃文庫)は2002年から。

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