お嬢様の芋煮会 その5

 色々見た酒田観光も終わり、ついにというか待ちに待った温泉タイムである。

 入る場所は鳥海温泉なり。


「ここは最近できた場所なんですよ」

「どうりで建物が新しい訳ね」


 一条絵梨花の案内に亜紀さんが感想をもらす。

 車から降りると、宿泊施設の方にうちの警備会社の人が立ってて、日帰り温泉施設の方は大盛況なのが見える。


「宿泊施設の大浴場を貸し切りにしたのでそのお詫びとして、日帰り施設を桂華の費用で無料開放しております」


とは、橘由香の耳打ち。

 有名人のお忍び旅行のなんと難しい事か。


 という訳で、宿泊施設の大浴場にて温泉を堪能する。

 泉質はナトリウム塩化物温泉なり。

 裸になって入る前に壁につけられていた温泉の成分表を眺めていると一条絵梨花が一言。


「要するに、海の水が温泉になっているという訳で」


 目の前が海なのでその説明に納得。

 という訳で入湯。実に気持ちいい。


「あー」


 温泉につかるとこういう声がでるのは何故だろう。

 女四人温泉に浸かり女子トークで花咲く。


「え!?

 あの芋煮会お見合いだったの!?」


「お見合いと言うか、父も断れなかったらしくて……お嬢様の観光にかこつけて逃げ出してきたのが真相で……」


 亜紀さんの驚き声に一条絵梨花のぼやきが大浴場に響く。

 恋愛結婚を夢見る一条絵梨花だが、一条の娘という事もあって大量のお見合い攻勢がやってきているのを私は軽井沢の別荘で聞いていたりする。


「今、推してきているのはどこだっけ?」


 湯船につかってとろけている私の隣にいた橘由香が首をひねりながら思い出す。

 なお、彼女も私と同じくとろけていた。


「確か、帝都岩崎銀行の重役筋、樺太重工の副社長、北海道の国会議員の子息ですね。

 あの芋煮会で、山形県の国会議員の子息をお見かけしました」


「青年会も地元老舗企業の跡取りや庄内武家の名家やこっちの庄屋や網元の後継者でそろえていますし、友人たちが逃がしてくれなかったらどうなっていた事やら……」


 橘由香の説明を聞きつつ一条絵梨花のぼやきを聞き流す。

 それ、友人たちが一条絵梨花の為に集められた相手にアタックする為に追い出したんじゃ……まぁいいや。彼女気づいてないみたいだし。


「帝都岩崎銀行と北海道の国会議員は分かるけど、樺太重工の副社長?」


「岩崎重工から出向している岩崎一族の方で、実質的に樺太重工を差配しているそうです」


「なるほど。そういう格な訳だ」


 岩崎財閥の私への囲い込みというか、元々桂華院家は岩崎財閥家と繋がりがあったのもあって、家族ではないが身内みたいなノリなのだろう。

 桂華院家は岩崎御三家では岩崎重工閥の桂華岩崎化学との縁があり、仲麻呂お兄様の嫁である桜子さんが帝都岩崎銀行頭取の孫娘になるから、そういう格で釣り合うようにという配慮なのだろうが、傍から見れば帝都岩崎銀行と岩崎重工が桂華グループの奪い合いをしていると見れなくもない。


「私の方のお見合いが進展しているから、焦っているんでしょうね」


「何処とお見合いする事にしたんですか!?」


 本人の事は棚に置いて、亜紀さんのお見合いに食いつく一条絵梨花。

 出できたのは、ある意味納得の場所だった。


「桂華岩崎化学の重役筋の方と」


 またも岩崎だが、元々桂華化学工業という桂華グループ企業であり、酒田のコンビナートにも絡んでいる縁から桂華と岩崎の両方の顔を立てる事ができるという訳だ。

 亜紀さんの所は養子を取る形で桂華院家分流として時任家を立て、私を守る家門一位となる事が決まっている。

 その次の序列が現在湯船でぼやいている一条絵梨花な訳で、着々とそういう準備が進んでいる事に色々と考える事があったり。


「まぁ、私の事はおいておいて、お嬢様には酒田が故郷になってほしいなと思って」


「故郷?」


 不意に出てきた謎ワード。

 この生の私は生まれも育ちも東京である。


「私はこっち暮らしが長かったからかもしれませんが、東京って住む場所としてはともかく帰る場所じゃないなと思って。

 出先から帰ってきた時に『ただいま』って言う事はないでしょう?東京だと」


「あー」

「確かに」


 一条絵梨花の言葉に頷く私と亜紀さんだが、橘由香は首をひねるだけで終わった。

 いい感じでのぼせてきたらしく顔に汗を浮かせながら、一条絵梨花は笑った。


「せっかく酒田に家ができるんですから、酒田をそんな場所にしてくれると嬉しいかなって」


「家?」


「酒田の再開発ビルの事では?

 あれ、マンション棟の最上階にお嬢様のお部屋ができるはずなので」


 私が首を捻ると亜紀さんが頬に指をつけて思い出したようにつぶやく。

 私的には別荘みたいなものだろうが、両親の墓もある訳で……帰りに手を合わせて帰るか。

 たしかにふるさとっぽくなくもない。


「そろそろあがりますか。

 上がる前に、シャワーで髪を洗ってくださいね」


「え?温泉の成分が落ちない?」


 私の疑問に一条絵梨花は苦笑してその理由を告げた。


「この温泉、海の水があったまったようなもので、海水浴をやったのと同じなんですよ。

 やっておかないと髪が……」


 その説明でシャワーを浴びる私たち。

 健康も大事だが、髪は女にとってもっと大事なのだ。




「観光の〆はラーメンですよー!

 山形はラーメンの激戦区でもあって……」


 そんな事を言いながら車は何かの像を横目に酒田に向かう。 

 きっとこの地の偉人なのだろうと思いながら、私の心はラーメン一色となっていった。




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鳥海温泉

 https://mokkedano.net/spot/41690


 石原莞爾。

 今回の執筆でグーグルマップで色々見ながら書いた時に発見。

 行った時はスルーしていたが、現在は展示とかはしていない。

 架空戦記ではお世話になった人である。

 第二次大戦のクーデターに近い連合国寝返りで多分暗躍したのだろうと思って、像を建てる事にした。


ラーメン

 日本一ラーメン大好き山形県。だけど山形ラーメンって?

 https://mirailab.info/column/3203

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