お嬢様の芋煮会 その4

 酒田市街から車で北の鳥海山麓へ。

 三十分ぐらいの距離を走るが、風景を眺めて気づいた私が呟く。


「あ、こっちも信号縦なんだ」


「ここも豪雪地帯ですからね。

 道の端に打たれている杭も、冬に道路の境界がわかるようになっているんですよ」


 一条絵里花が返事をするが、車が揺れるので舌を噛まないように気をつけている。

 ガタガタ。ガタガタ。

 国道の割にはえらく揺れるな。

 そんな事を考えていたら亜紀さんがぼやく。


「何だか国道なのにえらく車が揺れてない?」


「冬の除雪と夏の猛暑がアスファルトにダメージを与えるんですよ。

 前は予算で修復できていたんですけど、恋住政権の改革で地方予算が削られてからは、ダメージの修復が追い付かなくて……」


 一条絵里花の返事に押し黙る私達。

 『日本列島改造論』は日本の地方に希望を与え、そのインフラ網はこの国をたしかに豊かにした。

 その過程で膨らみ続けた借金返済とバブル崩壊が同時に地方を襲い、多くの地方が死屍累々となった。そんなありふれた悲劇の一つが酒田の極東土地開発である。


「とはいえ、酒田市の財政はまだ桂華グループのおかげでましなはずなんですよね。

 今、進められている平成の大合併が進めば、もう少し道路がらみの予算が増えるみたいで。

 酒田市もいくつかの自治体との合併が話されているとか」


 そんな話をしていたら目的地に着く。

 原生林の中に佇むエメラルドグリーンの泉はその神々しさを静かに主張していた。


「わぁ……」


 橘由香ですら声を漏らし、私達はその美しさに声が出ない。

 腰に手を当てて一条絵里花がこの美しくも神々しい池の説明をする。


「『丸池様』と地元では言われています。

 直径20メートル、水深3.5メートル、湧き水だけで満たされた池で、地元では龍神様が住んでいるなんて言われているんですよ」


 近くにあった牛渡川も恐ろしく水が綺麗と思っていたが、これらの水は鳥海山から流れている訳でそりゃ神様としてあがめられる訳だと納得する。

 当然、龍神様が住んでいる池なので近くにお社がある訳で、そのままお社にお参り。

 お参りの後に一条絵里花が次の目的地を告げる。


「次は鳥海山大物忌神社に行きましょう。

 ここからだと、吹浦口ノ宮が近いんでそちらへ」


 山そのものが神様である鳥海山だからこそ、参拝ができる神社が山麓にある。

 その出羽一之宮である鳥海山大物忌神社の吹浦口ノ宮へは、車だとすぐの距離である。


「元々鳥海山は火山として有史以来度々噴火し、その度に『山の神の御怒り』と地元では崇拝されるようになりました。

 祀られている大物忌神様は鳥海山に住まう神、鳥海山そのものとして崇拝されているんですよ」


 さすがにこのあたりの御由緒までは分からないので、一条絵梨花はパンフレットをみながら説明してくれる。

 なお、山頂の方に本社があるのだが、既に雪化粧をしている鳥海山の山頂に上るのは素人では無理なので、ここでご挨拶をば。

 参拝が終わると、既に空が茜色になろうとしていた。


「じゃあ、今日の観光のメインイベントへご案内しますね。

 昔、学校の遠足で来た場所なんですよ」


 実に楽しそうな一条絵梨花の声の理由を私は数分後に知る事になる。

 日本海に落ちてゆく夕日。

 それで実に美しく、その夕日を私達と共に見続ける羅漢像たち。


「十六羅漢岩。

 これが作られたのはなんと幕末から明治にかけてなんですよ。

 地元の和尚様が仏教の隆盛と衆生の救済、事故死した漁師の供養と海上安全を願って作ったそうで、和尚様は石工に依頼するだけでなく、自ら酒田にまで托鉢に出て資金を集めたんだとか」


「えらいお坊さんよね。

 そんな人だから慕われていたんでしょうね」


 亜紀さんがなんとなしに言った一言を一条絵梨花は我々が想定していない言葉で返す。

 彼女の顔も夕焼けに彩られて微妙に表情が分かりにくい。


「……ええ。

 和尚様は磨崖仏の完成を見た後、自らが守り仏になるため、羅漢岩の傍らの海に身を投じたそうなんです」


「……」

「……」

「……」


 いや。次の言葉をどう言えと?

 というか、明治時代に即身仏って……

 後で知ったが、遠足の時に説明されてみんなのトラウマになったらしい。

 波の音しか聞こえない中、一条絵里花の説明は続く。


「こんな場所に摩崖仏が建っているので雨風に容赦なく晒されていきます。

 今の和尚さんは『形あるものは、いつかは無くなります。雨風や波で風化していくのが自然なことでしょう』って言っているんですが、私はそれを知った時に、これを作った和尚さんの事を考えちゃうんですよ。

 だったら、何で和尚さんは身投げしなければならなかったのかって」


 夕日が日本海に落ちてゆく中、波の音と風が耳に残る。

 亜紀さんが素直に今の人間として感想を漏らす。


「死ななくてよかったと私は思うわね。

 作って、残して、伝えてくれれば、きっと……」


 そこで言葉が止まったのは、彼女の良心の呵責故か。

 過去を現在で裁くという事がいかに無意味で冒とくかを亜紀さんは知っているのだろう。


「お嬢様はどう思われます?」

「わ、私!?」


 橘由香に振られた私は言葉に詰まる。

 私は未だ悪役令嬢のつもりではあるのだ。

 自由に生きてもいいと思いつつも、悪役令嬢という与えられた役目は果たさないとという思いはまだ心の中にわずかながら残っている。

 だからこそ、身投げした和尚の気持ちが分かってしまう。


「きっと、あと百年もすれば、この羅漢岩も波に削られて朽ちるのでしょうけど、それを無理に残すのは無粋なんでしょうね。

 なら、せめてこの風景を心にとどめておきましょう」


 私の言葉に一条絵里花はカメラを手に持って微笑んだ。

 写真を撮るのならば当然一条絵里花も入ってもらい、護衛に撮ってもらったこの写真は四人の宝物になった。 




────────────────────────────────


酒田旅行に行って、本当に衝撃を受けたのはこの十六羅漢岩だったりする。

真面目にオカルトサイドのいい刺激になった。


丸池様

 https://mokkedano.net/feature/maruikesama/top


鳥海山大物忌神社吹浦口ノ宮

 https://mokkedano.net/spot/30179


十六羅漢岩

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%81%E5%85%AD%E7%BE%85%E6%BC%A2%E5%B2%A9

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