お嬢様の芋煮会 その3

「お嬢様!温泉に行きましょう!!」


 芋煮会でお腹も膨れて、お昼も過ぎたあたりで一条絵梨花に不意にこう迫られる。

 たしかに酒田に来る列車の中で温泉に触れはしたがと一条と橘を見ると、すっかりお酒が入って酒田の人たちと和気あいあいと話しながらも目ざとくアイコンタクトで問題ない事を伝えてくる。

 この手の宴会あるあるで、子供を帰して大人はそのまま酒場で二次会という流れなのだろう。

 佳子さんと直美さんも酒田の女性陣と話がはずんているのが見えた。


「折角酒田に来られたのですから、私が色々案内しちゃいます!」


 完全地元モードになった一条絵梨花は酒田の良い所を案内したいのだろう。

 分からなくもないし、幸いにも芋煮会以外の予定は入れていない。


「じゃあ、私がお嬢様につきますね」

「私も時任様と同じくお嬢様のお側に」


 他についてくるのは護衛とかを除くと橘由香に亜紀さんの二人。

 折角の旅行だし、私と同じく観光もしたいお年頃である。


「じゃあ、案内よろしくお願いするわね」

「任せてください!」




 という訳で、最初にやってきたのは山居倉庫。

 酒田の観光名所であり、私たち以外の観光客も結構来ていた。


「おー。風情があっていいわねー」

「この倉庫、まだ米倉庫として現役なんですよ。

 庄内平野で取れたお米はここ酒田に集められて、海路江戸や大阪に運ばれたんです。

 そうやって酒田は発展したので、この町は商人の町なんて呼ばれていたりします」

「へー」


 一条絵梨花の説明に近くの観光客すら立ち止まって聞く。

 メイド服の橘由香のせいで、ノリはお忍びの貴族のお嬢様である。まぁ、ガチの貴族というか華族なので間違いではない。

 なお、一条絵梨花と亜紀さんは私服で、ありがたい事に私に声をかける無粋者はいなかった。


「その代表格が本間家で、『本間様には及びもないが せめてなりたや殿様に』なんて謳われた豪商なんですよ」


 殿様が『せめて』って……どれだけの栄華を極めたのか。

 後で調べて知ったが、来るときに通過した鶴岡市に庄内藩の城があって、そちらが武家の町として酒田と対をなしているんだとか。

 で、この本間家は庄内藩の藩財政を立て直したというのだから凄いというかなんというか。


「ここを創業の地としてできた極東銀行ですが、元は江戸時代の商人たちの無尽から始まったそうですよ。そんな始まりから文化活動に力を入れていたんですよ」


 次に歩いてやってきたのが、現在工事がほぼ完成している市民ホールの前。

 旧極東銀行本店には文化ホールが併設されていたのだが、経営統合に伴う酒田の本店機能の喪失や酒田駅前再開発後に桂華銀行酒田支店が移る事もあって、桂華グループの支援で建設が進められているという。


「あー。そういえば、どこかの文化ホールが私を誘っていたけどここか」

「お嬢様が来て歌っていただけたら、セレモニーとして大いに盛り上がりますからね」

「歌っちゃいます?お嬢様?」

「スケジュール調整は早めに言っていただけると」


 私がぼやき、一条絵梨花が感想を漏らし、亜紀さんが茶化しつつ橘由香がそれとなく実務で引き戻す。

 そんな女四人の酒田観光である。

 最初はただ私が生き残る為。

 そこに亜紀さんたちと離れたくないから橘と一条を巻き込んで、それがこの町と知らぬ間にがっつりと関わっていたと私は今思い知る。

 そんな私の目に映ったのは……下駄?


「大獅子です。

 私が生まれる前の話ですが、この町で大火事が起こりまして。

 その復興のシンボルとして設置されているんですよ」


「たしか1976年の酒田大火ですね」


 一条絵梨花の説明に橘由香が補足しつつ、私はコンビニで買った地元商品のぶどうジュースをごくごく。

 山形はフルーツの生産に力を入れており、このジュースも山形産のぶどうジュースだったりする。

 なるほど。古い町の割には小奇麗というか道が整っているのはそういう理由からか。

 街に歴史あり、歴史は観光資源なり。


「次はちょっと車で移動しましょう」


 という訳で、車で少し移動してやってきたのは酒田灯台。

 現在風力発電の風車が工事中の中、たくさんの石油タンクに火力発電所、桂華グループの『月に桜』のファンネルマークのタンカーが沖合に停泊していた。


「酒田は風の町でも有名なんですよ。

 お嬢様が先ほど入ったコンビニ、ドアが二重になっていたでしょう?

 あれは風除室って言ってその名の通り、風除けと雪除けの為にあるんですよ」


 一条絵梨花の説明を聞きながら、私は灯台内の展望室をうろうろ。

 その声は自然と出た。


「絶景よねー」

「東京じゃ見られない光景ですよねー」


 私の声に亜紀さんが反応し、橘由香もこの絶景に表情を崩し、一条絵梨花は満足げである。

 展望台の足下に広がる化学の港から内陸部に目を向けると、雄大な紅葉と雪化粧をたたえる鳥海山の姿が。

 まだ関東では雪は早い時期なだけに、この風景に素直に感動している私が居た。


「この後の温泉は鳥海山の方の麓に行くんでお楽しみに」


 おおう。それは楽しみだ。

 という訳で、展望台から降りると、私たちの車のそばに警備会社の車が止まっていた。

 北樺警備保障の車ではないが、ここのコンビナートを警備するうちの警備会社なのだろう。

 ドアの所に沖に停泊していたタンカーのファンネルマークと同じ『月と桜』のマークが。


「お忍び観光ってのも大変よね」


「何か言いました?お嬢様?」


「何でもないわ。

 さあ。次の観光地に案内して頂戴。絵梨花さん」




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酒田観光案内


本間家

豪商・本間光丘~「本間様には及びもないが せめてなりたや殿様に」 https://shuchi.php.co.jp/rekishikaido/detail/3948 @php_rekishiより


山居倉庫

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E5%B1%85%E5%80%89%E5%BA%AB


酒田市民会館「希望ホール」

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%85%92%E7%94%B0%E5%B8%82%E6%B0%91%E4%BC%9A%E9%A4%A8%E3%80%8C%E5%B8%8C%E6%9C%9B%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%80%8D


無尽

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%A1%E5%B0%BD#:~:text=%E7%84%A1%E5%B0%BD%EF%BC%88%E3%82%80%E3%81%98%E3%82%93%EF%BC%89%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%80%81,%E9%87%91%E5%93%81%E3%81%AE%E7%B5%A6%E4%BB%98%E3%82%92%E5%8F%97%E3%81%91%E3%82%8B%E3%80%82


酒田灯台

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%85%92%E7%94%B0%E7%81%AF%E5%8F%B0

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