お嬢様の芋煮会 その2

 酒田到着後、ホテルにて一泊。

 夕食は酒田の海の幸と庄内平野で取れたできたての新米だった。

 おいしい。


 という訳で芋煮会当日。

 場所は最上川河川公園。

 また広大な最上川の河川敷で芋煮会とは……風つよ!!


「これぐらいどうって事ないですよ。

 酒田ですし」


 酒田は風の街とも言われており、現在風力発電が建設されつつある。

 それもあって、私も含めて対風装備はばっちり。

 それでも、秋の東北という事もあってちょっと肌寒い。


「それはいいけど、何人集まっているのよ……」

「まぁ芋煮会ですし」


 何か便利な言葉だな。芋煮会。

 とりあえずそれを言えば何でも許されるという風潮がこの最上川河川公園を支配していた。

 運動会なんかで使うテントが三つ。多分食材とかが積まれたワゴン車が六台。で、芋煮の大鍋が十五個あって、集まった人間はざっと二百人を超えている。


「これ全部、旧極東銀行の人間ですね」


 とは一条の言葉。たしかにテントは旧極東銀行の社章がついている。

 身内の会じゃないのかと思ったのだが、田舎というのは公私が混同されがちであり、一条家の芋煮会が極東銀行の芋煮会になったんだろうなぁと察する事ができた訳で。


「ちなみに、知らない人間もいますが、まぁ一緒の鍋を食べるのだから問題はないでしょう」


 それ、米露の護衛連中が聞いたら説教確定なのだが、一条はこともなげに言う。

 ジト目の私に冗談のように言うのは、彼がここの出身だからというのもあるだろう。


「まぁ、お嬢様を芋煮会で毒殺する輩は居ませんよ。

 何より芋煮会に対する冒とくです」


 あ。そっちに信頼を置く訳だ。恐るべし。芋煮会……

 そんな感想を持っていたら、テレビカメラまでやってきた。


「すいませーん。地元ケーブルテレビですが、取材させてください」


 ケーブルテレビが取材に来るのか……芋煮会……

 一条が取材に対応しているので離れて、私達の鍋に。

 ここの鍋奉行はもちろん一条絵梨花であり、彼女と同じくらいの若い子たちが調理にいそしんでいた。


「さあ。お嬢様も調理を手伝ってください!」


 かくして、私も包丁を片手に調理に加わる事に。

 なお、酒田、正確には庄内風芋煮鍋は豚肉を入れて味噌で煮るのがポイント。


「ねぇ。これ、豚じ……」

「お嬢様。

 そこから先の言葉は庄内では禁句となっております」


 圧が!ここの鍋卓のみんな笑顔の圧が凄い!!

 私はおとなしく静かに里芋の皮をむく事を選んだ。

 

「お嬢様。お上手ですね」

「まぁ、私も乙女のはしくれなので」


 なお、お嬢様に包丁を持たせて料理をさせるとはと橘由香あたりの顔がかなり怖いのだが、彼女の圧もこの圧倒的な地元パワーの前には私と同じく無力であった。

 橘由香はメイド教育のたまものか、私達の鍋の中で一番きれいな里芋の皮むきだった事をつけたしておく。


「それにしてもめごいね」

「お肉焼けたよ。く?」

「あんべみ」


 方言が、方言が分からない……

 けど、笑顔でうんうん頷いていれば、芋煮と焼き肉が渡され、いつの間にか大人連中はビール片手で私の合図を待っている。

 私はこういう時の空気は読める悪役令嬢である。


「かんぱーい!」

「「「かんぺー!」」」


 何だろう、完全アウェーなんだが、流暢に庄内弁を話す一条一家がすげぇと思ってしまう。

 一条の周りは完全に偉い人というか、あれ桂華銀行の酒田支店長に市長まで来てるじゃないか。

 それとなく気づいた私が橘をつんつんと呼んで説明を求めると、返ってきたのはこんな言葉だった。


「この芋煮会、一条氏の凱旋も兼ねているみたいで」


 なるほど。

 故郷に錦を飾った訳だ。

 なんとなくいい笑顔で芋煮を食べようとしたら、そこから橘が生臭い話を私の耳元で囁く。


「山形県の一部には、一条氏を次の知事にという声があるとか」


 桂華金融ホールディングスCEOは既に一条からアンジェラ・サリバンへの路線が確定しており、一条がいつ代表取締役をアンジェラに渡すかという所まで決まっていたのだが、それをするとまだ若い一条は完全に上がってしまう訳で、第二の人生を用意する必要があった。

 桂華金融ホールディングスぐらいの大手企業にもなると、相談役という形でもいいし、代表取締役をアンジェラに渡して桂華金融ホールディングス会長として、財界活動に専念するという選択肢もあった。


「加東氏が失脚したので、その後釜を巡って色々あるみたいで」


 橘の一言にストンと納得する私。

 桂華が酒田というか山形県に影響力を行使し続けるのならば、失脚した加東さんの代わりを見つけないといけないというロジックか。

 折角なので宴もたけなわの一条にそれとなく尋ねてみた。


「しませんよ。知事なんて。

 知事ができる力があったならば、桂華金融ホールディングスの後継者をアンジェラさんにしませんでしたよ」


 一条は地元で身内ばかりもあってかえらくぶっちゃけた。

 酔っているのだろうが、酔いの言葉にしては重たい。


「バブルの時もそうですが、乗らなかったというより乗れなかったんですよ。

 同僚や上が乗って踊っているのを押しのける勇気も度胸もなかったのですが、あれがはじけるのは分かっていましたから。

 木の根っこに転んだウサギを待ち続けただけです」


 その待ちぼうけた結果二匹目のウサギが一条の前で転んだ。

 極東銀行に激震を引き起こした父のココム違反事件にバブル崩壊のダブルパンチで、踊っていた連中は皆谷底に沈み、彼は不良債権処理に奔走して東京支店長に。そこで私と知り合った。


「前に言ったじゃないですか。

 故郷に錦を飾るって」


 一条は見渡す。

 この宴を、芋煮の香りとそれを飛ばす酒田の風を浴びて楽しそうに笑った。


「これで十分です。

 これ以上何を望むんですか?」


 なお、ケーブルテレビで私が酒田で芋煮を食べたのが放映されてから数日後に山形市の陳情団が訪れて、『山形盆地の芋煮をお嬢様に食べてもらいたい』という頭を抱える陳情が来た事を記しておく。




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庄内風芋煮の参考サイト


山形芋煮戦争~もう、決着しなくていいじゃないか問題~ https://www.hotpepper.jp/mesitsu/entry/1510053 #メシ通



酒田の風力発電

 この時期あたりから建設されてゆく。


庄内弁の方言の参考

http://www3.ic-net.or.jp/~shida-n/8_sakata_hougen/sakata_hougen.html

https://koyama.verse.jp/apps/osaka/


「それにしてもかわいいね」

「お肉焼けたよ。食べる?」

「たべてみ」


山形県知事選

 2005年一月に行われたのだが、これが調べると色々とあって……


酒田のケーブルテレビ

 実はこれもネタになるのだが、お嬢様が出たので助かったのだろう。多分。

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