お嬢様の芋煮会 その1

「お嬢様。

 今度の休日酒田に帰るのですが、よければ一緒に参りませんか?」


 一条絵梨花がそんな事を言ってきたのは食欲の秋の事。

 酒田と言えば両親の墓があるぐらいしか縁がない私だが、一条絵梨花は父親の一条進と共に酒田出身である。


「考えてもいいけど、何かあるの?」


 何となしに言った私の返事に一条絵梨花は嬉しそうにそれを言った。


「はい!

 芋煮会を行うんですよ!!」




 芋煮会。

 読んで字のごとく芋を煮る会である。

 東北地方の秋の風物詩であり、山形県はこの芋煮会が盛んな地方の一つとして知られている。

 感覚としては、こちらのバーベキューみたいなものなのだろうか?


「バーベキューも一緒にやるんですよ。もちろん」


 考えている事が顔に出ていたのか一条絵梨花が私に突っ込み、隣にいた一条が苦笑する。


「すいません。お嬢様。

 地元で久しぶりにするとかではしゃいでいるんですよ」


 そんな事を言う一条だが奥さんも連れての帰省である。

 当人の顔が楽しそうなのがまた……


「それは構わないけど、一条も帰るって事は、これ楽しみにしていた口?」


「ええ。

 この年になると、こういうイベントは楽しくなってくるんですよ」


 現在酒田行の専用列車の中で、一条一家に橘と橘由香、斉藤佳子さんに時任亜紀さんに桂直美さんと桂直之家族と桂華院家の面子に一条絵梨花が声をかけた結果、こんな大旅行となってしまった。

 もちろんいつもの側近団や護衛たちもついてくる訳で。

 専用列車がなければどうしていたのやらと思わずにはいられない。


「そういえば、私は今日何処に泊まるんだっけ?」


 なんとなしの便乗旅行なので、細かいスケジュールなんて決めておらず、橘が全部手配しているのに丸乗りである。

 その橘があっさりと言う。


「うちの系列ホテルですね」


「あれ?

 この間酒田駅前に何か建てるって式典に出たけどそれじゃないの?」


「まだ完成していませんよ」


 なお、地元では既に『桂華御殿』と呼ばれているのを目撃したお役所ネーム『桂華セントラル酒田』だが、絶賛工事中である。

 で、ここ酒田は極東グループの本拠だった事もあって、ホテルがあったりする。

 とはいえ、桂華ホテルでも極東ホテルでもなく、地元のあれこれが絡んだ面倒な奴だったのだが、酒田に石油化学コンビナートを誘致したりして桂華グループの定宿として使われるようになり、急拡大と共に誰かが気づいたのだろう。


「あれ?うちのホテル、桂華グループなのに桂華の文字入ってなくね?」


と。

 かくして、桂華御殿完成時にちゃんと桂華ホテルがやってきた暁にはこっちのホテルは取り壊す事になるんだとか。


「何でこれ桂華ホテルに入っていなかったの?」


「処理時点で微妙に黒字が出てて、極東銀行側が担保として握っていたんですよ。

 で、桂華グループの急拡大と組織再編で酒田の事は後回しにされ、さっきも言ったように微妙な黒字は出ていたけど設備は古くなっていて、建て替える資金のあてまではない所にあの再開発の話が来たので便乗しようと」


 一条の説明に一条の奥さんが割り込む。

 なお、実家のある一条家は家族で実家に泊まる事に。


「実は、そのホテルの式場で私たち結婚式を挙げたんですよ」


 ああ。地元のエリート銀行員が結婚式を挙げる格のホテルね。

 そりゃ、下手に潰せないし地元もできるだけ支援をしたんだろう。で、ここまで桂華がでかくなったのを機に遠慮なく押し付け……ゲフンゲフン。


「よくバブルに踊らなかったわね?」


「実は踊ろうとしたんですが、私が止めたんですよ。

 当時極東土地開発が派手に踊っていたから、そっちに相乗りさせてもらう形で。

 で、バブル崩壊の後の極東土地開発は会社更生法適用になりましたが、このホテルは火傷は負ったもののなんとか生き残ったと。

 丸儲けの話をフイにしやがってと恨まれましたが、今では感謝されているんですから世の中は分かりませんよ」


 なるほど。

 一条はバブルの時にバブルで踊るのを止めた人間か。

 そりゃ、東京支店長に出世するわ。こいつ。


「そういうホテルなので、これだけの大人数で出向いても部屋が確保できる訳です」


 私の顔を見つつ橘が話をしめる。

 私たち一行の為に最上階を丸ごと押さえたというか、私が泊まる事を想定して常時押さえており、その使用料がホテルのとても大きな収入源となっていたとか。

 そりゃもう桂華ホテルにしろよと言われるのも仕方ない。

 列車はそこそこの速度で羽越本線をひた走る。

 片側の窓には美しい日本海が広がるが、どこぞの某北海道の地方番組が原付でやらかした結果聖地になっているとかなんとか。

 あれは大いに笑わせてもらったものである。


「折角こっちに来たのだから温泉に入るのもいいわね」


 そんな事を私が言ったのは、たまたま通り過ぎた駅が『あつみ温泉駅』だったからだが、私の一言に一条絵梨花は申し訳なさそうな顔をする。


「申し訳ございません。お嬢様。

 お泊りするホテルは大浴場はあるのですが、温泉ではなくて……なんなら近場の温泉に行きますか?」


「気にしなくていいわよ。

 何気なしに言っただけだしって……うわぁ」


 列車が庄内平野に入ると新潟でも見られたが、黄金色の稲穂が刈り取られるのを待っており、紅葉色をまとった月山や鳥海山の山頂付近は雪化粧で白くなっていた。 




────────────────────────────────


私がその言葉を知ったのは『ファイアボール』のドロッセルお嬢様である。



ホテルの名前

 下手にかぶるとまずいのであえてつけていない。

 ただ、そういうホテルの場合バブル前の高度経済成長期に建てられて、宴会場や結婚式場で利益を上げてバブルの急拡大で増築してバブルと共に滅んだのが多くて……


なんとなく考えている一条家

 多分一条進は次男か三男で長男家族が庄屋か網元として酒田の家を継いでいる。

 奥さんもそういう家の所なんだろう。


某北海道の地方番組

 だるま屋ウィリー事件

 https://dic.nicovideo.jp/a/%E3%81%A0%E3%82%8B%E3%81%BE%E5%B1%8B%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%83%BC%E4%BA%8B%E4%BB%B6


 酒田取材旅行であそこがこれの場所だったかと知った口である。

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