お狐様へのお礼参り その3

 新幹線でもうすぐ京都という所で、白昼夢を見た。

 さすが神様。

 警備担当の事など考えない所業である。


「ねぇ。

 我の事をずっと信仰してくれるのならば、我は貴方を幸せにしてあげましょう」


 これ、神様というより悪魔のけいや……げふんげふん。

 お狐様は白無垢姿で私に手を差し出す。

 かつて見た白無垢姿に狐の面で堂々と新幹線のラグジュアリークラスにやってくるのだからなんというか……

 もちろん、この車両には私しかいな……い?

 服が引っ張られると、蛍ちゃんが現れる。

 プルプルと首を横に振って、その誘いに乗るなと必死に止めていた。


「ふぅん。

 神のなりそこないが我に逆らうか」


 すっと空気が冷える。

 祟り殺そうかという圧に私も蛍ちゃんも声が出せない。

 けど、そんな私たちに届く神奈水樹ののんきな声。


「まぁ。

 横紙破りで掻っ攫うのは神様としてどうかと思いますが。

 荼枳尼天様」


 荼枳尼天。

 仏教の神様で、元は裸身で空を駆けて人肉を食べる鬼女だったという。

 それがこの国に流れ着いた頃には色々日本化された果てにお稲荷様となり、愛と性の神様として崇められるようになったとか。

 なお、この説明は全て終わった後の神奈水樹の解説からである。


「あら?

 我好みじゃない。

 貴方、我を信仰してみない?」


「その話はまた後で。

 私たちはお礼参りと勧請に来たのですから」


「はいはい。

 お遊びはここまでにします。

 お好きなのを選びなさいな」


 神様が実に人間ぽいというか、これも人と神が近すぎたこの国らしいというか。

 かくして狐の花嫁の姿をした荼枳尼天様が剣、稲束、鎌の三つを宙に浮かべる。

 お狐様は伏見稲荷の神様と同一視されているが、実は神様の使いであり、そこから荼枳尼天様がそのお狐様をハッキング……神奈水樹の解説は分かりやすいのだが、なんというか実用的というかありがたみがないというか。


「宝珠は手元にあるから、残り三つをという事ですね」


「どれをとってもそれ相応のご利益はあるわよ。

 ただ、最後は結局神様でなく人が決めるの。

 それは忘れないで頂戴」


 剣は言わずと知れた武器だろう。

 稲束はこれも分かる。繁栄の象徴だ。

 鎌?

 これは何に使うのだろう?


「鎌は魔除けよ。

 死者が蘇らないようにって昔は使われていたわ」


 解説ありがとうございます。荼枳尼天様。

 さて、どれを選ぶべきかと首を傾げる。


「桂華院さん。

 私たちはアドバイスはするけど、選ぶのは貴方。

 それを忘れないで」


 神奈水樹の言葉に蛍ちゃんもこくりと頷く。

 私は思索の果てに、鎌を手に取った。

 荼枳尼天様が私に質問する。


「それを選んだ理由は?」


「ありがたい事に、今の私は繁栄しています。

 だから、稲束はいりません。

 何かわからないものに色々されているので攻撃する剣かなとも思いましたが、ここに来たそもそもの目的が蛍ちゃんと水子たちの救済でした。

 だったら、この鎌かなと」


 荼枳尼天様が狐面の裏で微笑んだのが分かった。

 どうやら正解だったらしい。


「昔の縁で鬼子母神の柘榴の苗を渡してあげる。

 貴方たちの社に植えて、彼女を呼びなさいな。

 水子たちを導いてくれるでしょう」


 神奈水樹の手に柘榴の苗が渡される。

 そして、蛍ちゃんの方を向いて荼枳尼天様が言う。


「神へのなりそこないよ。

 そなたは人として生きるしかないでしょう。

 ですが、そなたへの狸と弘法大師からの加護は失われてはいません。

 あれより渡してくれと頼まれたものを渡しましょう」


 蛍ちゃんの手に筆が渡される。

 それ、弘法大師の筆……いやよそう。ここで憶測でものを言うのはよくない。


「言葉はこの世の理を司るもの。

 神になるならば、その理に縛られるのを避けるためみだりに言葉を発してはなりませぬが、人として生きるならば言葉を発せねば人と交われないでしょう。

 とはいえ、急に口を開くのも難しいのは承知の上。

 この筆で理を書いてゆくといい」


 私たちにそれぞれありがたいものを手渡して、荼枳尼天様は帰ってゆく。

 最後の言葉は明らかに私に向けたものだった。


「数奇な定めを持つ娘よ。

 その定めに従うも逆らうも全てはそなたの意思次第という事を忘れるなかれ。

 我らは、その選択を見守る事しかできぬ……」


 そして、三人しか居ない車両に人が戻り、新幹線は京都に到着する。

 ここからの茶番、絶対荼枳尼天様は楽しみにしていたのだろうなぁ……


「お嬢様。

 その手に持たれている……鎌は……?」


「さっき神様の御使いが来て、もらったの」


 エヴァの恐る恐るの確認に私があっけらかんと答える。

 彼女が額に手を当てて宙を見上げた所から、荼枳尼天様が待ち望んでいた茶番の幕が開けた。


「この新幹線の運行打ち切って。

 遅延と代替の新幹線の費用は桂華が持ちます」

「ドアは閉めたままにしておけ!

 捜査が終わるまで一人も出すなよ!!」

「警護班は車内を再検査だ!急げ!!」

「京都府警に連絡を。

 お嬢様。もしもの事がありますので、そのお手に持たれているものを検査させていただいてよろしいでしょうか?」

「あー。もしもし。聞こえる?

 警備計画を変更するわ。

 え……ワシントンの連中が怒り狂っているって!?」

「京都府警への事情説明の為に、京都桂華ホテルにご足労願います。

 今日は京都で一泊して、その後伏見稲荷にご参拝……」


 ワシントン高官の十数人のスーツに始末書というシミをつけ、うちの警備陣も給与の一部自主返納という形で責任をとらせ、京都府警の『ほれみたことか』という顔への事情説明の後、私たちの京都伏見稲荷への参拝は厳重な警戒の元、翌日に行われた。

 その後、ご神体に鎌が収められた稲荷神社が帝都学習館学園に造営される。境内に植えられた柘榴が茂るようになると実を食べる白狐が目撃されたとか。




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お狐様は基本いたずら好き

作業BGM『営業のテーマ』


荼枳尼天様

 神奈水樹と親和性が凄く高い。

 というか、現界して遊んでいそう……誰だキ〇ラ様とか言った奴は。その通りだと思ったから。

 なお、遊び過ぎると相良絵梨の胃が死ぬ。


現れた場所

 東海道新幹線音羽山トンネル。

 北に逢坂山がある事で逢坂山と同一視され逢坂山の『境目』という意味を利用しての現界化という裏設定。


昔の縁の鬼子母神

 鬼女仲間というメガテン的思考。

 柘榴は日本で広まった話で、人肉を食べられない鬼子母神が代わりに柘榴を食べたとか。


弘法大師の筆

 狸の毛を使用するという蛍ちゃんの加護マシマシアイテム。

 とはいえ、現代社会で筆を使うのはあまりないので基本宝の持ち腐れである。


茶番

 これで大統領の『京都観光は楽しかったみたいだね』に繋がる。 

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