お狐様へのお礼参り その2

「そういえばさ」

「何?」


 京都に向かう新幹線のラグジュアリークラスの中、私はグレープジュースを飲みながら神奈水樹に尋ねる。

 なお、この車両に乗っているのは、護衛を除けば私と神奈水樹と蛍ちゃんしかいない。

 で、私の声に神奈水樹だけでなく蛍ちゃんも反応した。


「地元由来の神様が分からない理由の一つが廃仏毀釈なのは分かったけど、あと一つって何?」


 京都に行く前にこんな話をしていたなと思い出してのフリである。

 神奈水樹はぽんと手を叩いて、あと一つを話してくれた。


「バブルまでの開発ね。

 その土地の整備とかで神社が消えたり、昔からの地名が変わったりとか。

 土地関係はそのあたり神奈のまっとうな稼ぎ場所なのよ」


 バブルの狂乱物価は都心から地方に至るまで開発の波に浮かれさせ、その多くが不良債権として未だ彼らを苦しめていたりする。

 不動産会社の中で信心深い人の間では『開発で神様をないがしろにした祟りだ』とかなり真剣に囁かれているとか。


「日本の神様って基本、『そこにある理由』があるのよ。

 こいつを動かしたり、その土地の名前を変えたりすると祟りがって訳でね」


「祟りねぇ……あるの?本当に?」


 蛍ちゃんの方を見ながら私が疑問の声をあげる。

 というか、蛍ちゃん『?』と首をひねるな。貴方祟りというか神様になりかかったんでしょうが。


「あるわよ。

 『災害』という祟りが」


 そっちか。

 つまり、災害大国日本の災害が祟りであると人々が思い込んで、それが鎮護に変わり信仰にという形なのだろう。


「たとえば、大きな河川の両岸に古くから神社がある場合、その神社が洪水の到達点という事が多かったりね。

 山の上の社の場合、大体山に何かしらの信仰の理由があったりするわ。

 だから、私たちが祟り封じをする場合、まず法務局に行って土地台帳を確認し、地元の図書館や郷土資料館に行ってその土地の逸話を確認するってわけ。

 すると、大体出て来るのよねぇ。祟りに至る理由ってやつが」


 祟りには基本理由がある。

 祟りの結果が過去に遡って理由を発見するのだ。

 そして、この国は祟りに事欠かない自然災害大国な為に、オカルトな力は維持発展されたという訳だ。


「ごほん。

 私はまだこの京都行きに納得していないのですけど?」


 控えていたメイドのエヴァ・シャロンが苦言をわざと漏らす。秘書の時任亜紀さんは諸般の都合で東京残留。

 そりゃ、お礼参りとはいえ神隠しにあった現場である。

 本当に連れていかれたら国内どころか国際政治にまで影響を与えるとか。

 大げさなと思ったが、今回の京都行きについては警備担当と神奈一門側で凄まじい暗闘があったらしく、警察側の担当だった夏目警部が九段下交番所長に、前所長だった小野警部が警視昇進の上麹町警察署副署長にと、次の始末書が発生すると本当にヤバイ人たちが季節外の人事異動で現場を外れたあたり、日本側は神様に呼ばれるだろうなぁと確信しているあたりが面白い。

 もちろん、受け入れ先の京都府警にも『何があっても責任は問わない』と一筆書く羽目に。

 なお、この季節外人事が桂華院家だけでなく神奈一門の協力によって行われた事が神奈一門の政財界における地位を物語っている。


「とはいえ、神様に助けてもらったのならば、神様にお礼を言わないと祟られるわよ。

 お狐様って怖いんだから」


 神奈水樹の言葉にこくこくと頷く蛍ちゃん。

 なお、復興させる帝都学習館学園の神社のご神体は私が持っている宝珠をと思っていたのだが、それに反対したのが目の前の蛍ちゃんと神奈水樹である。


「七不思議が進行している今、その宝珠を社に捧げるのはまずいわ。

 土地の浄化は間違いないだろうけど、桂華院さん自身を守るものがなくなってしまう」


「折角だからお礼参りに行かない?

 美味しいいなり寿司を持っていってお礼を言えば、お狐様はちゃんと応じてくれるわよ」


 この普段寡黙な蛍ちゃんの提案を私が断る訳がなく。

 かくして休日に三人で新幹線の旅と相成った訳である。

 今回は、神隠し前提なので少数で良いと言ったのだが、側近団は久春内七海、遠淵結菜、野月美咲、イリーナ・ベロソヴァ、グラーシャ・マルシェヴァ、ユーリヤ・モロトヴァのガチ護衛組全員参加。

 護衛班も中島淳、北雲涼子、アニーシャ・エゴロワの三人が最精鋭の警備員と護衛メイドを前乗りさせている。


「いいんじゃない。

 オカルト相手にどう立ち回るのか経験しておくのも」


 という神奈水樹の一言で放置する事になったのだが、控えていたエヴァ曰く、


「本国からオカルトの研究者を連れてきましたし、衛星で監視できるようしています。

 絶対にお嬢様を見逃しませんとも!」


 ガチである。

 ファンタジーに対してガチである。

 とはいえ、実はこれ裏がある。


「へぇ……何処の?」

「……黙秘させてください」


 今も華やかにTVで伝えられている樺太疑獄こと樺太銀行ニューヨーク支店を中心としたマネーロンダリング事件は、米国組織内で壮絶な縄張り争いを勃発させていた。

 舞台であるウォール街ではFBIとシークレットサービスが暗闘し、大本の樺太銀行にはCIAががっつり関わっている上、その最中に私の暗殺未遂事件なんて起こったものだからイラクで悪戦苦闘中のペンタゴンと国務省がガチギレ。

 ついでとばかりにこのファンタジーなイベントが米国内部で発生したらと顔を真っ青にさせたのが発足したばかりの国土安全保障省。

 日本側が『神様なら仕方ない』とある意味全逃げに徹したのに対して、観光客に扮した人員を京都に大量配置したのだとか。


「ちなみに、何人置いたのよ?」

「……大隊までは行ってないと思うのですが……」


 なお、その人員がそれぞれの組織の指揮で動いた結果、トラブルや足の引っ張り合いなどの大醜態を晒して大統領に『君達京都観光は楽しかったみたいだね』と呆れられたそうな。




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ファンタジーVSリアル


土地の名前

 これはマジで調べておいた方がいい。

 特に水絡みの漢字がある場所は水の由来、つまり水害とかが起こった場所な訳で。

 うろ覚えだが、3.11の時の津波で神社が助かったとかで……うわ。論文ができてる。

 張っておこう。


東日本大震災の津波被害における神社の祭神とその空間的配置に着目した調査研究

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscejsp/68/2/68_I_167/_pdf


国土安全保障省

 2003年設立。

 きっかけはもちろん9.11同時多発テロ事件。

 この時期の米国は瑠奈のテロ未遂事件と樺太疑獄で日本側に配慮しながらも介入しており、それが日本側警察陣の全逃げの一因にもなっていたり。

 なお、瑠奈と恋住総理の親米路線によってこれが問題になっていない。


大隊

 1000人。

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