お狐様へのお礼参り その1
蛍ちゃんをとりまく一連の騒動の後、ほほえましい騒動がおまけみたいに勃発する。
お礼参りである。
「できれば、桂華院さんにゆかりのある神様をお迎えしたいのよね」
そんな事を言ってきたのは、帝都学習館学園の風水陣破壊の現場指揮官である神奈水樹。
要の地にあった教会を移転させた後、神社として復興させる為の神様の選定の席である。
「え?
地元由来の神様じゃダメなの?」
「その神様がわからないのよ」
神道は八百万と称されるように様々な神様がいる事もあって、どの神様を祀るのかというのは結構大事になってくる。
そして、地元由来の神様は二つの理由でその名前の多くを失ったらしい。
「一つは明治期に発生した廃仏毀釈。
長らく神仏習合でやってきた地元の神様は、記録機関でもあったお寺を切り離された事で由緒を失っちゃったのよ」
「どういう事?」
「明治より前のお寺ってのは、教育機関であり行政機関であり、その地元の象徴なのよ。
神様の記録、つまりご由緒なんかもそっちに記録されていたのだけど、廃仏毀釈によって神様側のデータを破棄したという訳」
ここで神奈水樹は肩をすくめながら苦笑する。
こういう時の彼女は年相応に見えなくもない。
「廃仏毀釈によってお寺とお社に分離した結果、教育機関・行政機関・地元の象徴が二つになった。
この後の展開は桂華院さんならわかるでしょう?」
「……あー。本家と元祖?」
「ラーメン屋じゃないんだけど正解。
で、多くの地域ではお寺が勝利した。
江戸時代に葬式を握っていたのが大きかったのでしょうね。
国家神道という形で神様の権威を高めた結果、地元に密着していた神様たちは壊滅的な打撃を受けた。
ついでに、先の大戦で連合国による政治介入で国家神道は解体されたから目を覆うばかりよ」
お寺にはお坊さんがいるけど、多くの神社で神主さんの姿が消えたのはそんな理由らしい。
そんな話を聞きながら、私は神奈水樹の話に疑問点が沸いて首をかしげる。
「その割にはお社って結構残っているじゃない?」
「そりゃそうよ。
ここで起こったのが、神様のフランチャイズ化」
また神様の話と関係のない横文字が出てきたぞ。おい。
ジト目で聞く私を置き去りにして、神奈水樹は説明を続ける。
「元々の神様信仰って自然への畏怖、つまり地域の自然から発生しているのよ。
で、その信仰を箔付けする為に神話が生まれ、歴史が勝者と敗者を生み出すたびに神話としてその神様を組み込んだ。
これが天津神と国津神。
その二系統を中心に生まれに生まれたりの八百万。
そうなると、次は『どの神様を崇拝する?』というさっきの本家と元祖争いがここでも……」
「うーわー」
神様にも歴史あり。
そして、神様が人の形をとるのならば、人の業からは逃れなれない。
「たとえば、ある村と隣村にそれぞれ神様が居たとしましょう。
当然仲良くする事もあれば、仲たがいする事もある。
で、仲たがいする時に出てくるのが村のシンボルである神様って訳で、隣村に仲違いで勝てば隣村の神様にまでマウントが取れるって訳。
それじゃあ収まらないのが隣村な訳で、再戦をせずにこれを何とかするにはどうしたらいいでしょう?」
神奈水樹の先の話にその答えがあった。
ここに繋がる訳だ。
「天津神様なり国津神様なりのチェーン店に入る」
「正解」
隣村はこう己に言い訳し、外にはこう脅迫する。
『おらが村の神様は大国主様に連なる神様の〇〇様に認められた神様だぞ!
攻め込んでみろ!
〇〇様が黙っちゃいねぇぞ!』
そんな事をすれば勝った村がどう動くか容易に想像がつく。
違う系列に入って同じ事をするのだ。
『おらが村の神様は天照様に連なる〇〇様の子孫である××様だぞ!
負けた分際でお上に弓を引くか!!』
かくして、この国はその形がつくられるあたりにおいて、神様のフランチャイズ化が発生する。
神奈水樹が再建される予定のお社の設計図を見せながら解説する。
「ほら。お参りする『拝殿』とご神体が祀られる『本殿』が分かれているでしょう?
お参りする『拝殿』の神様と主祭神である『本殿』の神様が違うケースがあるのよ」
「詐欺じゃん!?」
「人間の知恵と言いなさい。知恵と。
試しにクイズ。
これ、大分県の宇佐神宮。古くは宇佐八幡宮と言うのだけど、八幡宮とついているから主神は当然八幡神な訳。
この三つの社の何処に八幡神は祀られているでしょう?」
あからさまなひっかけであるが、それでも一般人の感覚ならばここだろう。
あえて私は間違いを選ぶ。
「そりゃ、この中央の立派そうな社でしょう?」
「はずれ。
正解は左。
中央の神様は『比売大神』様なのよ」
「……誰?それ?」
なお、宇佐八幡宮は弓削道鏡の天皇への道を閉ざした『宇佐八幡宮神託事件』において神託を下した神社であり、八幡宮信仰は後に武家によって崇拝されて全国に多くの神社を持つ日本有数のチェーン店……げふんげふん。末社を誇るのだが、その神様のトップが左にあるなんて普通の人は知らないしわからない。
本音と建て前。
そんな言葉が本当に古からこの国の人たちに脈々と伝わっているなぁなんて思って、はっと気づく。
「思ったんだけど、神奈さん貴方タロット占いが専門よね。
どうしてそのあたりの事を詳しく知っているの?」
「それは簡単。
その道のプロである開法院さんから聞いたのよ。このあたり」
なるほ……ど?
この具体的な解説を、あの基本黙っている蛍ちゃんから?
「どうやって聞き出したのよ?」
私の少しおびえたような質問に神奈水樹はそのまま視線を横に逸らして黄昏ながら一言。
あっ……
「聞きたい?」
「聞きたくない」
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このあたり昔取った杵柄なのでスラスラと書いて『神様のフランチャイズ化』という自分で生み出した言葉に大爆笑してる。
グーグル先生で『宇佐神宮』を検索して、その画像を見てみよう。
真ん中の立派そうな建物が『比売大神』様が祀られている社である。
この神様宗像三女神の化身とか言われているけど、地元ではそれとも違うらしく、邪馬台国宇佐説の根拠の一つがこの宇佐神宮の『比売大神』の存在だったりする。
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