文化祭 中等部編 三日目
「瑠奈お姉さま。はやくはやく!」
「焦らないの。澪ちゃん。
時間はたっぷりあるんですからね」
三日目。
晴れ。
今日は妹分の天音澪ちゃんと色々な出し物を見に行く約束をしていたので、こうして校内をうろつく事に。
まずは、出店攻略である。
「わたがしに、たい焼きに、水風船に……」
「フリーマーケットもありますよ!
こういう所には掘り出し物があるって、パパが言っていました!」
完全にお祭り気分でうろうろ。
澪ちゃんの気の赴くままにフリーマーケットに突貫してみる。
帝都学習館学園は華族や財閥子弟が通う学校なだけに本当に掘り出し物が出ていたりするのだ。
バブル崩壊から痛めつけられている彼らが出してくるものは、少なくともフリーマーケットでさばけるようなものでなく、オークションという形で出していたり。
もちろん、フリーマーケットの隣にはそんなオークション会場が併設されている。
そういえば、七不思議で出てきた鏡台も本来はこのオークションで流される予定だったらしい。
七不思議のせいで私が買い取って、今は神奈の手に預けているのだが、いまだ調査結果は帰ってこない。
「で、そのパパがあそこでオークションに参加していると」
「あはは……真剣に仕事をしているパパの顔ですね。あれ。
私たちにも気づかないぐらいだから」
既にオークションの金額は十万円を超えている。
落札後にやっと気づいた澪ちゃんのお父さんに挨拶ついでに、何を買ったのか尋ねてみた。
「アール・デコの家具ですよ。
1910年代半ばから30年代の米国の流行で、今やアンティークになりましたが、そのデザインは今でも十分に通用しますよ。
私が落札したのは机ですね。
澪も来年から中等部ですから、それに相応しい机をと思いまして」
「もぉ……パパったら……」
仕事かと思ったら親ばかだったという落ちである。
折角なので、澪ちゃんのパパに頼んでこれはという一品をオークションで落とすことにする。
「だったら、コレクションなんていかがです?
お嬢様も中等部にお入りになり、パトロンとして振舞うのもそう遠くない未来の事です。
桂華院コレクション。
そういうものが残ると、美術史に名が残りますよ」
ふーん。
そういうのもあるのか。
なんてオークション会場をふらふらしていたら、ステンドグラスのランプに心を奪われた。
「これはお嬢様も知っているブランドですよ。
宝石などの装飾品が日本では有名ですが、こういうのも出しているのですよ。
なによりもこれらの良いところは、電気を用いたランプなので現代でも使おうと思えば使えるという所にありますね」
そんな事をいいながら澪ちゃんのパパは私が見たランプをプロの目で見て一言。
「これ、本物ですね。
オークションの開始価格が15万円。妥当な所ですね。
落としにいくなら30万円という所でしょうか」
「いいわね。
それぐらいならば、買っちゃいましょうか」
30万円を『それぐらい』と言い放てる私の手には、100円で取った水風船が。
私という人間のコントラストをいやでも感じてしまう。
「やってみます?競り。
アドバイスしますよ」
桂華院家というか私が超お得意様である澪ちゃんのパパが仕事の顔で私に確認する。
それを見た私は、笑顔でその申し出を断った。
「素人が手を出す分野じゃないでしょう。
お任せするので、落札してくださいな」
「かしこまりました。お嬢様」
恭しく一礼する澪ちゃんのパパを見て、「仕事のパパかっこよかった」と後でこっそり澪ちゃんが言っていた事を漏らしてあげよう。
オークションは澪ちゃんのパパの他に同業者が手を上げる競り合いとなった。
どうも目玉商品の一つだったらしい。
かくして、オークションの司会者が軽快に木槌を叩く。
後で調べたが、実行委員会と契約した本物のオークション業者らしい。
「では15万円からスタートです」
「16万!」
「17万」
「19万」
「19万5000」
「20万」
「20万がでました。
ほかにいらっしゃいませんか?」
澪ちゃんのパパが横で私に説明してくれる。
このあたりのやり取りは見ているだけでも楽しい。
「私が30万と言ったのを覚えていますか?
あれが売値です。
という事は、20万で買って30万で売る事で10万の利益という訳です。
この業界の面白いのは、そういうビジネスを吹っ飛ばす連中が出る事ですね。
その作品にほれ込んだ人間というのですが」
話しながら澪ちゃんのパパは手を上げて価格を吊り上げる。
勝負に行くらしい。
「25万」
「25万がでました。
他にいらっしゃいませんか?」
「25万5000」
「27万」
一人の大人一日を働かせるのに、得る収益の最低は大体三万円だそうだ。
30万の価値があってその価格で売るのならば、これ以上上げると割の合わない仕事になってしまう。
とはいえ、まだ利益が出ているからそれでも取りに行く人間が居ない訳ではない。
「27万5000」
「27万5000が出ました。
他にいらっしゃいませんか?」
澪ちゃんのパパが私を見る。
私は頷いてそれを了承した。
その声は、静まった会場に静かに響いた。
「30万」
それは、実質的な撤退線である。
これ以上で買ったら売れない可能性が出て、30万円の損というリスクが出るのだ。
それでも買いに来る輩は、今の私と同じでその作品がどうしても欲しい人間のみ。
「30万がでました。
他にいらっしゃいませんか?」
その声に応対する返事はついに出なかった。
司会者が開始と同じリズムで木槌を叩く。
「では、この作品は30万円で落札されました」
「私ね。アール・ヌーボーとかあのあたりが好きなのよ」
落札後手続きを終えた澪ちゃんのパパに私がぽつり。
何を言いたいのか察した澪ちゃんのパパは仕事の時の顔で、私に尋ねる。
「リストをご用意しておきます。
予算は?」
「まぁ、中学生ですからつつましく一億ぐらいから始めましょうか」
「つつましい中学生が一億円ってのはちょっと……」
澪ちゃんの突っ込みに私と澪ちゃんのパパは苦笑するしかない。
桂華院コレクションのこれが始まりである。
その最初のナンバーは、ここで買ったこのステンドグラス。
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日本の美術界に影響を与えた番組に『開運なんでも鑑定団』がある。
それと同時に、美術の競りを番組化したという事で私は『ハンマープライス』をあげたい。
本当にあの当時のフジのサブカル系番組は光り輝いていたんだよ……
ステンドグラスのブランド
日本では宝石でも有名なブランド。
オードリー・ヘプバーンがこのブランドで朝食を食べた映画が大ヒットした。
コレクション
日本だと有名なのが松方コレクションだが、この手のコレクションは高いのを漁るのと、当時の芸術家の作品を買うという二つのパターンがある。
その流れの一つが福岡県秋月にある土岐コレクションで、何でこんなところにこんなのがあるんだと私が唖然としたコレクションの作家を出すと、ピカソ、ルノアール、横山大観。
この話を書くにあたって、確認したら秋月郷土館が閉館して秋月博物館にリニューアルされたらしい。
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