文化祭 中等部編 前夜
「クーラーボックス用意してきました」
「1-Eの教室に運んで頂戴。
ジュースと菓子パンは朝の7:00に実行委員会指定の業者が校門前に持ってくるので運搬係を選定して頂戴」
「運搬用の台車の使用申請を実行委員会にしたか?
書類が届いていないって使用許可がはねられたぞ」
「待って!
そっちは、私が出すから!!」
わいわいがやがや。
祭りはその前夜こそが楽しいとは誰の言葉だったか。
やる事が多く、時間は足りず、トラブルは常に発生する。
けど、それらの全てが愛おしい。
「シフトの割り当てがこれ。
各自チェックして頂戴。
部活の出店に出る人は外しているつもりだけど、入っているならば今のうちに申告して頂戴」
「喫茶店の基本的な流れを説明するぞ。
店舗は1-A全体を使い、給仕係が四人。入口に会計係として二人配置する。
先払いで商品券を買ってもらって、その商品券を給仕係が回収する。
商品券と引き換えに給仕係は1-Eまで行って商品券のジュースと菓子パンを取って、戻ってお客に渡す。
給仕係は二人一組で行動し、常に一組は店舗側にいるように。
シフトは一時間交代で開店は9:00から17:00まで。
11時から16時までは給仕係を六人に増やす」
A組とE組の合同は思ったよりスムーズにいった。
E組の担当が明日香ちゃんというのもあって、話が通しやすいという事もある。
私と明日香ちゃんがそれぞれの調整につき、全体指揮は栄一くんが執る。
実行委員会との連絡は光也くんが行い、部活側の出店で忙しいはずなのに裕次郎くんはちょこちょこと手伝ってくれる。
「E組のバックヤードは更衣室にクーラーボックスの保管庫。
ここには見張りと待機要員として二名が常にいる事。
E組との合同だから、シフトはきつくないように組んでいるはずだ」
「美化委員会との協定で、ごみ回収の仕事があります。
一時間に一回定期的にゴミ箱のチェックとごみの回収をする事。
こっちのシフトはこれで、それ以外の時間は基本自由にしてかまいません」
E組更衣室では女子たちが声をあげている。
喫茶店の給仕係なのだからとメイド服を用意したのだ。
「桂華院さん。
これ、桂華院さんのお店の制服?」
「そうよ。
『ヴェスナー』の制服のお古だけどね」
九段下の直営喫茶店『ヴェスナー』のメイド服。
この手の制服は常時予備を用意しておくのだが、同時にほつれたり汚れたりしたものは廃棄処分となる。
で、そういう廃棄処分品を持ってきたのである。
うちは私専属のメイドたちが居るので、この手の廃棄処分品も大量に残っていたのが幸いした。
「そういう廃棄処分品をご用意するのならば、新品を発注いたしましたのに」
とは、橘由香のぼやきである。
私は廃棄処分品のメイド服を家庭科の授業で習った裁縫でほつれを直してゆく。
上質のメイド服なので、ほつれとか汚れはたいしたものではない。
そういうものを常に交換するのも上流のメイドのステータスだからだ。
「いいじゃない。
予算の範囲内でのギリギリの線よ。これは。
佳子さんも文句は言わなかったでしょう?」
「それはそうですけど……」
きっちりと仕込まれた裁縫スキルで私よりも上手に仕立て直す橘由香。
この廃品提供は文化祭への供出という事できちんと書類を用意して、メイド長の佳子さんに提出している。
そして、佳子さんはこの廃品提供に快く許可を出してくれたのである。
「こういう空気、私は好きよ」
裁縫をしながら私は笑う。
橘由香は私の笑顔に少し首を傾げた。
「店舗の飾りつけは遅れているけど、開店前には間に合うからこのまま進めてくれ」
「差し入れ持ってきたわよー」
「桂華院さんのプレハブの使用許可もらってきたわ。
作業で残る人も最悪プレハブ棟で寝ていいって」
明日香ちゃんは実務をこなしながらA組E組の両方を鼓舞し、蛍ちゃんはざしきわらしみたいにこっそりとフォローを続けている。
裕次郎君は剣道部とこっちを忙しく駆け回り、栄一君と光也くんは指揮と参謀みたいに全体をコントロールする。
本物のメイドである留高美羽が接客についてみんなにレクチャーしているのを、華月詩織さんがメモを取りながら聞いていた。
神奈水樹もこのお祭りを楽しんでいる。
プレハブ棟の使用許可掻っ攫ってきたのは彼女だし。
「思ったのだけど、この手のに随分積極的に参加するわよね。桂華院さん」
「きっと大人になると味わえないものよ。
だから、この瞬間を楽しみたいのよ。私は」
神奈水樹のつっこみに手を止めて私は微笑む。
実際に楽しいのだ。
子供のころにこんなにも楽しい時間を過ごしていたという事を大人になると忘れてしまう。
それを知っているからこそ、この瞬間が愛おしい。
「ねぇ。こんな時間が永遠に続くのならあなたはそれを願う?」
それはとある映画の鬼が宇宙人に問いかけた有名な質問。
その美しい夢を神奈水樹ではなく、横の人間が迷うことなく否定した。
「お断りだ。
変わり続けるから人生って楽しいんだろう?
きっと、瑠奈や裕次郎や光也たちと過ごす明日は楽しいものになるに決まっているだろう?」
「だ、そうですけど。桂華院さん」
どや顔の栄一くんとニヤニヤ顔の神奈水樹に挟まれて、私は減らず口しか叩けなかった。
なんか顔が赤いような気もしないではないが。気のせいにしておこう。
「ばーか」
そして、文化祭の幕が上がる。
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みんなのネタ提供感謝。
もちろん、このあたりは『ビューティフルドリーマー』のオマージュ。
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