神戸教授のおとなの社会学 『外様論』

「皆さんの多くは人を率いるか、そういう人の側につくかという人生を歩まれると思います。

 という訳で、今回は人間組織における派閥、そこで出て来るだろう『外様』の扱いについて話してみたいと思います」


 神戸教授はホワイトボードにいくつかの言葉を書いてゆく。

 このあたりは日本史の授業でやったなーなんて思いつつ神戸教授の言葉を待つ。


「『親藩』、『譜代』、『外様』。

 これは江戸幕府における大名の序列です。

 これとは別格の御三家なんかがあったりしますが、今回は省きましょう。

 将軍家一族の大名が『親藩』、将軍家に古くから仕えていた大名が『譜代』、将軍家に新しく仕える事になった大名が『外様』で、譜代と外様の境目は関ヶ原の戦いからというのが大体日本史で学ぶ事ですね。

 この三つの序列を幕府は駆使して長きにわたる江戸時代を維持したという訳です」


 神戸教授は本題に入る前の前提条件の説明は欠かさない。

 これによって授業を聞いている皆の共通知識を均一化しようとしているのだろう。

 時間はかかるが、教わる身としては実にありがたい。


「『親藩』の仕事は将軍家のバックアップで、将軍家の血が絶えた時に次期将軍になる資格を有します。

 そのため、幕政には基本的に関与する事はできません。

 下手に関与すると、将軍家と揉めますからね。

 先ほど言った『御三家』はこの親藩に入ります」


 うちの場合、その親藩格の私が本家を差し置いてヒャッハーとばかりに暴れている訳で。

 義父様と義兄様の心労が今更ながらわかる。

 私にとっての親藩はと考えた時、視野にわざわざやってきて授業を受けている天音澪ちゃんの姿を見つける。

 澪ちゃんや明日香ちゃんや蛍ちゃんが私にとっての親藩なのかなとなんとなく思った。


「『譜代』の仕事は幕府の中枢で働き幕政を支える事です。

 特に、時の幕府を動かした老中と呼ばれる職は、基本的には二万五千石以上の譜代大名からしか選ばれませんでした。

 そして、一万石以上持つ家を大名とし、それ以下は旗本と区別されています。

 この石高は覚えておいてください。」


 ちらりと華月詩織さんを見る。こちらの視線には気づいておらず、真面目に授業を聞いているみたいだ。

 彼女は私にとって『親藩』になるのか『譜代』になるのか……


「お嬢様?どうなさいました?」

「何でもないわ」


 気がそれたのを知って隣の橘由香が私に声をかけてくる。

 間違いなく橘由香は譜代だな。

 中学からついてきた側近団は譜代の位置にはいるだろうが、私的にはまだ外様なのかな?

 もう少し時間が経てば、彼女たちも譜代として扱えるのだが。


「『外様』は江戸から離れた遠隔地に配置され、幕政には基本的には関与できませんでした。

 その代わりという訳ではないでしょうが、かれらは石高が多いという特徴があります。

 加賀前田家の百万石を筆頭に、薩摩島津家七十万石、仙台伊達家の六十万石。

 譜代大名と隔絶する石高ですが、幕府の領地である天領は三百万石ほどあり、個々で反乱を起こしても鎮圧できる経済力を持っていた事を補足しておきましょう」


 なんとなくというか多分意識して神戸教授は語っているのだろうけど、私を頂点とする桂華グループは買収や救済によって規模を急拡大させたので、外様しかないようなものである。


「なお、江戸幕府はこの外様⼤名である薩摩島津家と長州毛利家によって崩壊するのですが、そのあたりは歴史の話となるので、ここでは触れずにおきます。

 さて、幕府はその治政において取り潰しという形で多くの大名家を潰してきたのですが、全ての家を潰す事はありせんでした。

 それは何故か、というのが今回の本題である外様論になります」


 ここでホワイトボードに二つの日本地図が張り出される。

 それぞれの地図は『平家領国』と『北条家領国』とある。


「これは、源平合戦時の平家領国と鎌倉幕府滅亡前の北条家領国を現した地図です。

 日本の半分が一家の親藩や譜代によって支配されているのに、この後滅ぶんですよ。この二家。

 ここに歴史の面白さがあります。

 ちなみに、江戸幕府の領国がこれです。大体三分の一ですね」


 三分の一というのは意図したのかどうかは知らないが絶妙な数字だ。

 残り全部に手を組まれると負けるが、相手側に手を差し出していずれかと組めたならば負けない。

 だからこそ、鳥羽伏見で出てきた錦の御旗が絶大な力を発揮したのか。


「一つは全部を潰して統一するのにコストがかかり過ぎたというのがあります。

 北は青森から南は鹿児島までの移動は、飛行機があれば一日で済みますが、徒歩では軽く一月はかかります。

 そのような遠隔地を統治する為に人材を派遣する事で中央の人材が居なくなる。

 それだったらという訳ですね。

 実際、薩摩島津家などはそれで取り潰しを逃れています」


 中央集権国家の成立にはインフラが欠かせない。

 そして、この国は明治維新を経て鉄道と通信網というインフラが整備されるにつれて中央集権化が進む。

 まぁ、太平洋戦争の後でGHQが最後に完成させてくれたのだが、この世界GHQ統治がないから微妙に歪んでいるんだよなぁ。

 だからこの話に繋がるのか。


「次に、反乱をさせない為です。

 『分割して統治せよ』。有名な言葉ですが、江戸幕府も偶然か故意かは分かりませんがこれを行っていました。

 幕府は親藩・譜代・外様をそれぞれ対立関係に置き、その対立関係のバランスを取りながら統治した訳です」


 親藩は次期将軍になれるかもという希望を与えられながら、政権中枢に入れず。

 譜代は幕府内部で絶大な権限を与えられながら領地は過少で。

 外様は広大な領地を与えられながら、辺境に飛ばされて政権に絡めない。

 うまくできている。


「幕府領が半分を超えて来ると、外様がまとまるんですよ。

 『そうしないと勝てない』って。かくして、平家は源氏に、北条家は後醍醐天皇という錦の御旗によって倒されました」


 ここで神戸教授は一呼吸おいて私たちの方を見る。

 話が歴史から現代に切り替わった。

 

「現代社会の会社組織でこれを当てはめてみると、親藩・譜代・外様の構成は外様が圧倒的に多くなります。

 そのため、君たちはどうやって外様を譜代や親藩に切り替えてゆくかと、外様をどうやって制御するか、外様の人間ならばどうやれば粛清されないかを考える必要があります……」


 講義が終わって、ふと橘由香に尋ねてみた。


「思ったのだけど、由香さんたちだけで桂華グループ全体の統治ってできるの?」


「無理ですね。

 お嬢様が常日頃おっしゃっているように、今の桂華グループは信頼できる人材が慢性的に不足しております。

 私たちが大人と呼ばれる歳になったとしても、多くの企業は黒字が出ている限りは放置という現状路線の追認に終わるでしょう。

 神戸教授も今回の講義で外様が圧倒的多数を占めるのだから、彼らを追い込まずに分割して統治すべきだとおっしゃったじゃないですか」


 なるほ……ん?

 久しぶりに聞くな。この幻聴。


(……だからこそ、私は特待生待遇問題について全校生徒に問いたいのです!

 私たちは同じ人間のはずなのに、この差別は……)


 主人公小鳥遊瑞穂の声が聞こえた気がした。

 そういえば、イベントで彼女が講堂で全校生徒に訴えたシーンがあったなぁ。

 絶対的外様である一般生が小鳥遊瑞穂という錦の旗の下に一致団結して、既得権益の守護者のレッテルを張られた私を倒すという美しい物語。

 この授業を聞いてつくづく思った。


「そりゃ、負けるわよ。私……」


「お嬢様。何かおっしゃいました?」


「いえ。何も」




────────────────────────────────


御三家と親藩。

 調べるとわかるが幕府内部でもかなりの暗闘があって、徳川家光と徳川忠長の後継者争いとか、大老酒井忠清と徳川綱吉の確執とか、徳川吉宗に繋がる紀州徳川頼宣の執念とか。


譜代

 最近よく聞くのが江戸幕府崩壊のきっかけとなったのは黒船来航ではなく桜田門外の変じゃねという説で、親藩の水戸徳川家が譜代筆頭で大老にあった井伊直弼を暗殺するという前代未聞の出来事で、幕府藩屏の両柱がまとめて倒れるという事態にそりゃ外様も幕府舐めるよなーと。

 資料としての整合性については少し怪しい所があるが、通史として頭にこのあたり叩きこむならば『風雲児たち』(みなもと太郎)は本当におすすめである。


GHQ

 かなり本気に私は主張したいのだが、これは日本における唯一の中央集権絶対体制政府である。

 大日本帝国の政府組織見てみ。本気で軍部に賛同したくなるから……


分割して統治せよ

 この言葉Google先生で元を探したのだが、ローマ期とヴィクトリア女王が出てきてちょっと困る。

 両方ともやっている事が同じなのでここに残しておくことする。

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