男の子>>男子

「……ごめん。

 ちょっとお手洗い行っていろいろ冷やしてくる」


 桂華院瑠奈がお手洗いに行った後、残った男子三人は盛大にため息をつく。

 うっすらと思っていた事が的中した瞬間ゆえに頭を抱えたくなる。


「なぁ。帝亜。

 思っていたが、桂華院完全に俺たちを身内か何かと思っていたぞ」


「分かってはいたが……長い付き合いだからな」


 後藤光也が呆れ、帝亜栄一が天を仰ぎ、泉川裕次郎が疲れた笑みで苦笑する。

 もちろんこんな姿を桂華院瑠奈に見せる訳もなく。 


「今更ってのは分かるけど、それでも頭を抱えたくなるね」


 カルテットは中学生のくせに社会人としての意識で付き合いが進んでいた。

 だからこうして異性として意識した瞬間、ある意味正常な反応ではあるのだが、それは日ごろこの三人が桂華院瑠奈の恋愛対象外であったと宣告されたも同然だった。


「大体なんだよ。最近どんどん女子らしくなりやがって。

 ゲームショウ時の水着の色っぽさはなんだ?

 あげくにレースクイーンは……」


 愚直とも欲望丸出しともいうぼやきを言う帝亜栄一。

 彼もしっかり男子であった。


「あれ、写真家がちゃんと誘導しているらしいぞ。

 順調にいけば、そのうち裸になるだろうな」


 そんな情報を披露するのはちゃんとその手の写真をデータ化している後藤光也。

 なお、その情報提供者はネットで繋がっているお嬢様側近団の一人である野月美咲である。

 彼女はアルバイトと称してTIGバックアップシステムの外注プログラマーとしても働いているのだが、その事実を主である桂華院瑠奈は知らない。

 なお、彼女のバイト代は全部ハイスペックパソコンとおたく活動に消えている事ももちろん知る訳もなく。


「それを何で桂華院家は放置しているんだよ……」


 うめく帝亜栄一に泉川裕次郎が現実をつきつける。

 彼もしっかり彼女の水着写真集を買った口である。

 彼の情報源は、父経由で接近したエヴァ・シャロンである。


「そっちの方が安心なんだよ。

 少なくとも、恋愛にうつつを抜かしてくれた方が、国際社会にとっては安心できるという訳だ。

 見世物としては最高かもしれないけど、成田空港テロ未遂事件で何人もの各国政府関係者が胃を押さえたと思う?」


 冷徹な現実に帝亜栄一は何も言えない。

 実際、彼も両親以下激しく叱られたが、同時に桂華院瑠奈を守ったと賞賛もされたので誇る所も無い訳ではない。

 一方で桂華院瑠奈の方は叱られはしたが、賞賛についてはまったくされなかった。

 泉川裕次郎にこの話をしたエヴァ・シャロンは冗談ぽくだがこんなことをぼやいていた。


「うちのお嬢様。

 パットン将軍みたいに戦車に乗ってイラクに突っ込んでいきそうで怖いんですよ……」


 思い出して苦笑しようとする泉川裕次郎は顔を戻して話を続ける。

 それは、国内ではなく国外からの視点だった。


「欧米の青い血界隈では彼女の事を『アキテーヌ女公』と呼んでいるみたいだよ」


「アキテーヌ女公っていうと、たしか世界史の授業で聞いた覚えがあるな。

 百年戦争の原因の一つか」


「アリエノール・ダキテーヌ。フランス王妃となった後に離婚しイギリス王妃となった。

 中世盛期の西欧において、最も裕福で地位の高い女性の一人でヨーロッパの祖母なんて呼ばれ方もするな」


 泉川裕次郎の言葉に帝亜栄一が確認し、後藤光也が補足する。

 桂華院瑠奈のたとえ先のスケールのでかさに素直に感動する三人だが、その背後の意味までは気づいていなかった。


「欧米の裕福層でも桂華院を狙っている輩がいるのだろう?

 仕掛けているのを桂華院家が押さえているのか?」


「ああ。違うよ。後藤くん。

 桂華院さんは『初代創業者』なんだよ」


 後藤光也の疑問に、『家』を理解している泉川裕次郎が訂正する。

 その説明をするのが今度は帝亜栄一である。


「つまり、結婚の選択肢、選ぶのは瑠奈の自由って事だ。

 だから、俺の結婚の申し込みが他財閥を牽制している」


 岩崎をはじめとした各財閥が桂華院瑠奈に二の足を踏むのもこのあたりに理由がある。

 岩崎財閥などが桂華院瑠奈を嫁にした場合、その規模と歴史と人材の厚みから必然的に岩崎財閥に呑み込まれる。

 実際、本来の桂華グループは桂華院仲麻呂と桜子の結婚によってそのとおり岩崎財閥に吸収されたのだ。

 だが、今の桂華グループは桂華院瑠奈の個人商店である。

 その生殺与奪の権利を彼女は手放していないし、ただでさえ肥大化した寄せ集めの積み木細工である桂華グループを吸収しようものならば、吸収する前に瓦解しかねず取り込むメリットすらなくなりかねない。

 なお、このあたりを理解しているのは江戸時代の商家出身で女系相続で家を発展させた文化を理解している二木家と淀屋橋家で、彼らはそういう意味合いから桂華院瑠奈に合わせる人材のチョイスを始めようとしていた。

 特に二木家は帝亜栄一にまで声をかけているあたりなりふりかまっていないのが丸見えである。


「帝亜。分かっていると思うが……」


「ああ。

 瑠奈が誰を選んでも恨みもしないし祝福するさ。

 とはいえ、この三人以外から瑠奈が選ぶってのは癪だろう?」


 帝亜栄一は積極的に攻めているが、泉川裕次郎や後藤光也もゲームを諦めた訳ではない。

 帝亜栄一がこけた時にかっさらうぐらいの野心と才能は秘めているし、それを帝亜栄一も知った上での発言である。

 友情も本当であるが、野心と打算も本当である。

 男友達というのはそういうものなのだろう。


「思ったんだが、桂華院がアキテーヌ女公よろしく俺たちと順番に結婚して離婚していったらどうするんだ?」

「……」 (やりそうだよな……瑠奈なら……)

「……」 (やるかもしれないな……桂華院さんなら……)

「……」 (やりかねんのが困る……桂華院なら……)


 質問した後藤光也を含めた三人が沈黙し同時にため息をつく。

 お手洗いから出た桂華院瑠奈が見えたのはそんな時だった。


「おまたせ」


「大丈夫か?瑠奈?」


「まぁ多分。

 で、二木グループのご令嬢とのお見合いって?」


 お手洗いから戻った桂華院瑠奈は知らない。

 そして、カルテットの談笑は再開された。




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アキテーヌ女公

 wiki

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%80%E3%82%AD%E3%83%86%E3%83%BC%E3%83%8C


 少し時代が下がるけど、『マリー・ブランシュに伝えて』 (やまざき貴子 花とゆめコミックス)が大好きでこういう終わり方をと何度思ったことか……

 このエンディングはとりませんと宣言しておくあたりで勘のいい読者は気づくだろう。

 メリーバッドエンドである。


背後の意味

 日露にまたがる同君連合とかロシア帝国復活とか、樺太の女王ルートとか。

 ここでサブシナリオに走っている理由の一つだが『紛争でしたら八田まで2』(田素弘 モーニングKC)を読んだのが理由の一つである。

 綺麗に忘れていたわ。

 ウクライナのオレンジ革命……

 なお、2巻の八田さんの服は私的ドストライクである。


商家の女系相続

 娘に全財産を渡して、商家の番頭から優れた男を選んで次期旦那に。

 途中の優秀な連中はのれん分けという形で出店させて、商家の男子は商才がないならば文化の担い手としてのパトロンとして活躍なんて話。

 だから、特に大阪系の商家は娘さんが強いというか、女主人で実権をというのがよくあったらしい。


岩崎のもたつき

 ここで桂華院仲麻呂を取り込んだのが裏目に出ている。

 岩崎一族男系なんて瑠奈に与えたら序列がぐちゃぐちゃでお家争い必死。

 なお、樺太にがっつり絡んでいる岩崎にとって桂華院瑠奈は火中の栗みたいなものである。

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