神戸教授のおとなの社会学 『暴力論』
「さて、今日の講義ですが皆さんの他に警備関係者の皆様にも来てもらっています。
それは、皆さんが使うかもしれないものと密接にかかわっているからです」
こう言った神戸教授がホワイトボードに書いた言葉は『暴力論』。
相変わらず神戸教授は自重をしないらしい。
「暴力というのは現代社会において最終的な解決手段ではあります。
ですが、それゆえにギリギリまで使ってはいけないものでもあるのです。
近年の、探偵業法の制定と警備業法の改正と捜査特別報奨金制度の導入で、皆さんにつく警備は大幅に強化されました。
それこそ、予防攻撃もある種許可されるぐらいに」
成田空港テロ未遂事件で、テロに対する先制攻撃が容認される流れが世論にできつつあった。
それを主導しているのが、高額懸賞金を狙う探偵や賞金稼ぎたちであり、彼らと手を組んだ警備会社という名前のPMCである。
ただ、これらは持てる連中の矛と盾であるという側面も浮かびあがる。
私を含めた持てる連中は、自分たちが狙われる理由があるがゆえにゲーテッドコミュニティに引きこもり、敵に対しての予防攻撃に打って出ようとしていた。
この日本においてはまだその動きは本格化していないが、欧米では同時多発テロからこの手の動きが加速している。
そして、それらの兵力を転用して対テロ戦争を推し進めているのが国家である。
特に米国は、国民である米兵の死亡数がそのまま敗北の要因になったベトナムの二の舞を避けるために、このPMCを大々的に用いてイラクで戦っている。そして大規模な軍事予算が承認された結果、イラクで戦うPMCの数は十万を超えようとしていた。
だが、北部クルド人地区とトルコの戦火は止まる所を知らない。南部シーア派地区ではイランがジワリと浸透しつつあり、中部スンニ派地区では米軍十六万を中心とした多国籍軍が野に逃れたイラク政府の扇動下にある勢力と泥沼のゲリラ戦に陥っていた。
イラク核攻撃がワシントンで真剣に考えられている中で、現実的な案としてイラク三分割が語られているのは、一年を切ろうとしている大統領選挙での再選を目指し、中部で苦戦する米軍の状況を打開したいためだ。泥沼の北部は切り離してトルコの問題にすり替え、安定しているイラク南部を独立させることで、イラン軍と対峙している英軍と自衛隊を中部に転用したいという思惑がある。
「近代国家は暴力を法の下に一元化しました。
それについては話がそれるので語りませんが、中世ではこの暴力の管理が一元化されておらず、戦乱の引き金になり続けたという事を皆さんはいずれ歴史で学ぶことになるでしょう」
この暴力の漢字は少し変えた方が理解しやすいだろう。
武力。つまり武士たち。
『なめられたら殺す』を信条にした、華族の源流の一つである大名の事だ。
この国は大名を幕府もろとも潰して近代国家に生まれ変わった。
それを明治維新という。
「国家は本来、国家内国家を容認しません。
それができてしまうと、中世に逆戻りしてしまうからです。
とはいえ、恨まれる人間にとって暴力が行使された時では遅すぎるというジレンマが発生する訳で。
今回の話は、君たちが暴発しないようにという釘を刺すために行われている訳です」
あ。
これは、神戸教授の授業という形をとった政府筋からの釘刺しだ。
実際、華族周りは恨まれているからなぁ。樺太疑獄のせいで。
現に敷香リディア先輩経由でいじめやそれに近いいやがらせを樺太出身者が受けている事は把握していた。
「暴力を持つことのデメリットの一つに、暴力という選択肢に頼ってそれ以外の選択肢を軽視するという点があげられます。
特に気をつけてほしいのは、使わなくていいのに暴力を慣用する事です」
神戸教授は意地悪そうに笑う。
話題が話題だから、今回本当に自重するつもりはないらしい。
遠淵結菜や今日の警護担当である北雲涼子さんは真剣に聞いている。あの二人、この授業が政府の非公式オファーと感づいたな。多分。
「暴力から身を守る法律というものには二つの側面があります。
守る事によって弱者が保護されるという一面と、相手に破らせる事によって大義名分を得られるという面です。
特に、暴力を行使する状況で大義名分や正当性はその後の立ち回りでどうしても必要になります。
世界は敵と味方の二つに分かれている訳ではありません。
必ずそれを見ている中立の第三者が居るのです。
彼らを敵に回して戦い続けても疲弊するだけですよ」
ここで神戸教授は笑顔を見せる。
話は〆に入ろうとしていた。
「我々には言葉があります。
話し合う事で理解しあうこともできますし、妥協しあう事もできるでしょう。
繰り返しになりますが、現代社会において先に暴力を用いて負けた場合、大抵は致命的なダメージを追う事になります。
使うなとはいいません。
ですが、使うならば計画的に、リスクをきちんと把握して使ってください」
「実際どうなの?
話し合って分かり合えるものかしら?」
「狂信者相手に無理ですよ」
講義終了後、横に居た北雲涼子さんに聞いてみたら、彼女がぶっちゃける。
とはいえ、旧北日本政府工作機関出身者として、今日の講義をまとめて見せる。
「要するに、潰すなら目立たずにこっそりとやれという事ですよ」
「実際、そういう動きってあるの?」
「うちはやってないですよ。
ですが、華族の元に逃れた樺太疑獄関係者の元に大損掴まされたマフィアがヒットマンを送ったなんて話もありますね」
実に救いのない話である。
なお、うちが手を出していない理由は、成田空港テロ未遂事件でその報復が国家案件になってしまったからだ。
日米露の三国の合同捜査である。
「ただ、お嬢様の映画のせいで、『正義の味方』が流行っているんですよ。
樺太疑獄関係者に対するあれこれにそんな彼らが絡んできています。
あの映画の影響力、本当に大きかったんですよ」
ジト目で睨む北雲涼子さんに何も言い返せない私。
樺太疑獄が闇にうやむやにされつつあるなか、映画に感化された無数の桂華院瑠奈が生まれようとしていた。
そりゃ、非公式に私を含めた華族関係者に釘を刺す訳だ……
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「やはり暴力・・・・‼暴力は全てを解決する・・・・‼」 (『金田一少年の事件簿外伝 犯人たちの事件簿7巻』より)
だから捕まるんだよという話
こーいう話を6月あたりに書こうとしていたんだよ……(米国暴動を横目で眺めながら頭を抱えつつ)
なお、この話を書こうと思ったきっかけが、読者に紹介してもらった『イコン』(フレデリック フォーサイス 98年角川文庫)である。
あれこそ暴力の慣用による自滅が見事に描かれていた作品だった。
泥沼のイラク
まだこの時点でイラク大統領が捕まっていない。
現実に捕まるのは2003年12月13日。
『なめられたら殺す』
『バンデット -偽伝太平記-』 (河部真道 モーニングKC)
本当にこれが打ち切られたのがもったいない……
話し合い
書いている時に意識したのは『ミスマルカ興国物語』(林トモアキ 角川スニーカー文庫)のマヒロ・ユキルスニーク・エーデンファルト。
武力は決して使わなかったがそれ以外を全て使った人である。
川村英雄も含めたこの二人の主人公は読んでいる時に色々考えさせられたなぁ。
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