神戸教授のおとなの社会学 『政治屋論』

「さて、今日の講義ですが字は間違っていません。

 政治『屋』論です」


 私を含めて首をひねる一同。

 政治『家』論ではなく、政治『屋』論?

 政治屋という言葉にはあまりいい意味がないのだが……

 なお、その道に進路が固定されている明日香ちゃんや裕次郎君はいつにもましてガチで聞いている。


「政治屋は俗に『政治家としての使命や志を失い、保身や私利の追求に走る政治家をいやしめて言う言葉』として使われています。

 ですが、それは間違っています。

 一般庶民にとっては私が言った意味でいいのでしょうが、諸君はこの国の上に立つ、もしくはそういう人たちと関わってゆく人間です。

 この言葉に込められた別の意味をしっかりと感じ取ってください」


 別の意味?

 再度私を含めて首をひねる一同に神戸教授は楽しそうに笑う。


「簡単な事です。

 『保身や私利の追求に走れる才能がある政治家』。

 つまりお買い得な政治家って事ですよ」


 ここで神戸教授はいったん話題を逸らす。

 この人は会話の緩急をこうやって巧みにコントロールするから話を聞くだけでも楽しいのだ。


「折角ですので、我々にとって理想の政治家というのも考えてみましょうか。

 政治屋という言葉の意味を踏まえれば、大体見えてきますね。

 保身や私利に走らず、使命や志を持って政治を行う人です。

 聖人君子みたいですね」


 わざと間をおいて、神戸教授は強烈な毒を吐く。

 この毒は、正直子供にはきついと思うぞ。



「そ ん な 人 間 が い つ で も 居 る 訳 な い じ ゃ な い で す か」



 ぶっちゃける神戸教授にドン引きする私を含めた一同。

 私たちの顔色を楽しんだ神戸教授は私も知らない言葉をホワイトボードに書く。


「井戸塀政治家。

 政治屋の反対の言葉がこれです。

 『国事に奔走して家産を失い、残るは井戸と塀ばかりという』意味の言葉です。

 この国の国民にとって理想の政治家ですね」


 さっきと同じ口調で再度毒を吐く神戸教授。

 先の言葉の毒が効いているから、我々はノックアウト寸前である。



「皆 さ ん な り た い で す か ?」



 互いに視線をそらす一同。

 まぁここで全財産捨てても望むものがあると言える人はそういない訳で。

 私は最悪身一つでも……



「そ れ を 家 族 や 友 人 や 親 し い 人 が 認 め ま す か ?」



 はっきりと私を見据えて神戸教授は言い放ち、私はその視線から目を逸らすことしかできなかった。

 全部捨ててもしたい事がある。

 それを貫ける人間のなんと尊い事か。なんと孤独な事か。

 それを行っている人がこの国を導いている。



 恋住総理。



 政策の方向性は違うし、その歴史的評価もすべて踏まえたうえで、未だあの人に敬意を払うのはそこなのだ。

 そして、それをこの時代の国民は熱狂的に支持した。


「利で動かずに信念で動く人間は厄介ですよ。

 そういう輩は、最終的には自分しか見ていない、だからこそ偉業を達成するものです。

 多くの天才たちは、その才能を周囲の人間によって摘み取られました。

 社会というのは人間の交わりです。

 ですが、こういう偉人はその社会に入らないし入れない。だから排除されていったのです。

 その最初の排除者が社会に最初に触れるその偉人に近しい人というのはある意味当然なのでしょうね」


 この人の研究対象は天才学。

 経済の効率化と適者生存、弱者救済ではなく強者優遇による環境変化対応で『百万人の秀才の犠牲の上に一人の天才が登場するのならば、その収支は国家にとってプラスとなる』という過激な主張をTVで言うだけの人ではある。


「そういう意味で、この時代に社会の定着した田舎から逃避できる先として都市が存在しているというのは……話がそれましたね。このあたりの話を聞きたいのでしたら大学までどうぞ。

 ここの参加者ならば歓迎しますよ」


 軽く教室の毒抜きをした上で、神戸教授は話を元に戻す。


「現代社会は大量生産大量消費の時代です。

 そういう意味では天才も大量に生産され消費しなければならないのですが、これがコストパフォーマンスが凄く悪い。

 私の主張と真逆になるのですが、まれにしか出ない天才を前提としたシステムを組むぐらいならば、安定して生産と供給が維持できるものをシステムとして組み込んだ方が社会は安定します」


 つまり、その大量生産されるものが政治屋という訳だ。

 話がやっと見えてきた所で、神戸教授が現実に落とし込んでゆく。


「日本の政治は選挙がある民主主義ですので、私利私欲を追求しすぎると落選します。

 かといって、井戸塀政治家ではそもそも権力の中枢まで届かない。

 政治屋としてのラインは私利公欲と言った所でしょうか」


 おー。明日香ちゃんがすごい勢いで首を振りながら一心不乱にノートをとってやがる。

 裕次郎君は顎に手を当てて考えているあたり、父や兄を思っているという所か。


「戦後政治史はこの私利私欲と私利公欲のはざまで発展してきました。

 我が国が高い経済力と国際的地位を持っている現状、おおむねこの方向が間違っていなかったと結論づけてもいいのではないでしょうかね」




「教授。質問があるのですが」


 講義が終わった瞬間、さっと動いて神戸教授の所に駆けつける明日香ちゃん。

 その後にも裕次郎君を含めた政治家子弟が向かっているあたり、今日は質問攻めで帰るの遅くなるのだろうなと横目で見ながら苦笑する。


「昨今ワイドショーで活躍する政治家たちはこの政治屋ですらないような気がするのですが、彼らの定義みたいなものがあったら詳しく教えていただけませんか?」


 なるほど。

 明日香ちゃんの所の対立候補がそれ系か。

 タレント議員は参議院の全国区があったあたりから登場するのだが、それは彼らのタレントとしての知名度を利用した、看板としての活躍だった。

 だが、この頃からTVのワイドショーや情報番組を通じて世論を動かし有名になってゆくタレント議員が登場してくる。


「そうですね。

 近年のTVの影響力によって世論を動かしているのは恋住総理もそうなのですが、あの人は派閥政治家としての一面もあるから除外しましょう。

 現在の世論はワイドショーが取り上げて、それを政治家が問題化させて、政府に解決を押し付けるという正義の行使で視聴者を酔わせる事で成り立っています。

 具体例が過疎地域の公共事業ですね。

 それを問題視した上で削ろうとしている。

 だからこそ、TVの影響力が強い都市部無党派に刺さるのです」


 ああ。

 このあたりの説明神戸教授のゼミ室で聞いたな。

 懐かしい思いを抱きながら、私は先に講堂を後にした。


「まるで俳優のように。

 だから、彼らは政治屋ですらありません。

 強いて言葉を定義するならば、政治『役者』という所でしょうか」




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伏線と背景を語り切れん……


政治屋の辞書

 https://www.weblio.jp/content/%E6%94%BF%E6%B2%BB%E5%B1%8B


井戸塀政治家の辞書

 https://kotobank.jp/word/%E4%BA%95%E6%88%B8%E5%A1%80%E6%94%BF%E6%B2%BB%E5%AE%B6-1270257



政治役者考

 私のエッセイである『web歴史小説及び架空戦記思い出話』 https://ncode.syosetu.com/n0042es/ でもふれたが、このあたりを考え出したのは、我が党政権と比較対象して「この人ましじゃん!」と気づかされた『銀河英雄伝説』のヨブ・トリューニヒト氏の再評価から始まっている。

 で、同じ政治屋の言葉で語るのもおこがましい我が党政権の皆様を別の言葉で定義した結果が『政治役者』である。

 天才政治役者の銀髪宰相があまりにも素晴らしかったから、その系譜の芝居を見に行ったらこれがもぉ……という言い方でもいいかもしれない。

 物語にも書いたが、その歴史的評価が定まろうとしている現在においても、あの銀髪劇場はまぶしくて懐かしくて当事者の一人だった私はあれを否定的には書けない。

 その影については他の作家に任せたいと思っている。


過疎地域の公共事業の補足

 故郷論を思い出してほしい。


 両親及び長男が居る『故郷』の公共事業を、居場所が無いからと都市に逃げてきた次男・三男坊の『都会』が削る。


 壮大なるざまぁは人を呪わば穴二つであるという二十年越しのブーメランを我々にぶち当ててくれた。

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