鈴鹿のお嬢様

 鈴鹿サーキット。

 テイア自動車が参戦しているレースに見物に来たのだが、私を見つけたTVのプロデューサーが怪しく寄ってきた。

 さっと警備のメイドが手で遮るが、それをものともしない傍若無人ぶりが、この時代の彼らの天下を物語っていた。

 なお、彼らの傍若無人は私を『身内』と認識している事の裏返しである。


「お嬢様!

 ちょうど良かった!!

 良かったら、手伝ってくれませんか?」


 言葉にはまた敬意があるが、その行動はほぼ命令に近いのが笑える。

 警護のメイドに阻まれているのに、平然とそれを言える度胸は買ってやろう。

 こういう事をしてくれやがるから、秘書の時任亜紀さんをはじめとした桂華側の心象はものすごーく悪いのだが、彼からすれば知った事ではないし、知った所でどーでもいいのだろう。

 何しろ、話すのは『身内』の私であって、その私が首を縦に振ればどうとでもなるというのを理解しているからだ。

 傲慢ではあるが、頭は悪くないのがまた……


「聞くだけ聞きましょう。

 というか、警護かいくぐってよくここまでこれたわね。

 一応ここVIP専用ルームなんだけど?」


「色々と手はありましてね。

 何しろ天下のTV局ですので。

 で、お願いというのが、オープニングイベントに出てほしいのです」


 これで警護連中が慌ててセキュリティーがらみを再チェックをするのが確定である。かわいそうに。

 そんなジト目の私をまったくこのプロデューサーは気にしていない。

 傲慢に足るだけの実績をたたき出して、次期局長の最有力候補という事を私は知っている。

 この鈴鹿レースは彼の晴れ舞台であり、総決算でもあるのだ。

 で、そんな彼がVIP席の私を見つけたので出てほしいとやって来た訳だ。


「ただで?」


「お嬢様を顎で使うような予算の権限は私にはありませんよ。

 という訳で取引です」


 明らかに釣り合いの取れない取引なのだが、この時期のTV局という錘は、それでバランスがとれると彼らは思っていた。

 その取引内容を彼はためらいなく口にする。


「これが成功したら、来年春に私は局長に上がれます。

 その時は、うちの局はお嬢様の方につきますよ。

 報道局や政治部の連中の動きは知っているでしょう?

 悪い取引じゃないはずだ」


「悪くはないけど、他局の報道局や政治部に私が刺されたら無意味じゃない?」


「そうでもないですよ。

 今の世の中はニュースではなくワイドショーが世論を形成します。

 そして、ワイドショーは俳優やコメンテーターが出るのですが、彼らにはこちらで影響力が発揮できます。

 うちの局出禁を覚悟でものが言える連中はそういませんよ。

 ついでに言うと、彼らにも台本ありますし」


 あったのか。台本。

 へーという顔をしながら、私は意地悪くプロデューサーに質問する。


「けど、貴方も見たいのでしょ?

 私が破滅するところ」


「当り前じゃないですか!

 その時にはぜひうちの局で独占放送させてください!!」


 臆面もなく堂々と言い放てる。

 これがメディアの、日本の世論の奥の院の一端。


「まじめな話、お嬢様の末路って二つしか私には思いつかないんですよ。

 破滅して尾羽うち枯らして消えるか、結婚して消えるか。

 今年夏の因縁ある恋住総理とのタッグ戦による総選挙大勝利はブックとしてはそりゃあ見事なものだった。

 そして、それが終わったら決戦というのはアングルとしては当然の流れでしょう?

 どっちが勝つにしろ派手に盛り上がるから、報道局や政治部はその流れを作ろうとしている」


 ワイドショーの話題となっている樺太疑獄は逮捕者や自殺者を出しながら、本丸連中は華族の不逮捕特権を行使して次々と逃れており、その世論の不満が華族に向けられている。

 恋住総理はその風を利用して枢密院改革に切り込んでいるが、枢密院の激しい抵抗にともなってそちらの動きは鈍い。

 華族に対する敵意は水面下でこれ以上なく高まっている一方で、映画出演から成田空港テロ未遂事件を経てタレントとしての私の価値は完全に爆騰していた。

 それを私が理解している事を見据えてプロデューサーは言い放つ。


「だからお嬢様。

 さっさと華族なんてやめてこっちに来ませんか?

 タレント桂華院瑠奈を我々は歓迎しますよ」


 人間は自分が見ているものしか見えない。

 私がその気になれば、TV局すら買える資産を持っているという事も。

 たとえ華族を辞めますと言っても、流れるロマノフ家の血から逃れられないという事も。

 冗談ぽく言っているが、その言葉は彼の、彼らマスコミの本心であった。


「……その冗談はともかくとして、私が出てるゲーム番組。上を黙らせなさい。

 それで手を打ってあげるわ」


「あー。

 私も文句を言っている一人なんですがね。

 何でその体を見せずに、ゲーム画面ばかり映すのかと……」


 お・ま・え・か・よ。

 その上の一人はよー。



 レースクイーン控室。

 その場に明らかにそぐわない私の入場に敵意交じりの視線が集まる。

 サメ映画のオーディションで浴びたな。この敵意。


「あれ?

 桂華院さん?何でここにいるの?」


 そんな声の方を見ると、きわどいレースクイーン姿の神奈水樹がそこに。

 私が言える事ではないが、中一には見えないな。ほんと。


「それはこっちの台詞よ。神奈さん。

 私はプロデューサーに頼み込まれて。そっちは?」


「神奈のお仕事。

 ドライバーの皆様は車に乗った後で私に乗るってね♥」


「おい。年齢……」


「やばくなったら上げるので、その時は協力お願いしますね♪」


 私はそのお願いを黙殺する事で返事とした。

 なお、控室で神奈水樹以外誰も話しかけてこなかった事も記しておく。


『では、オープニングセレモニーの君が代斉唱です。

 歌うのは、サプライズゲストの桂華院瑠奈公爵令嬢です。

 おおっ!

 レースクイーン軍団を率いての堂々たる入場だぁぁぁぁ!

 世が世なら大名家のお姫様は、可憐に傘をかざしつつ、世の男たちを平服させるその美貌を振りまきながらこの鈴鹿に降臨いたしました!

 皆さま、どうか盛大な拍手をおねがいします!!!』




「なぁ。瑠奈。

 お前何やってんだ?」


「……世間のしがらみってやつでね。

 察してよ」


 レースクイーン姿で『君が代』を披露するというイベント終了後。

 招待状を送った栄一君に見つかっての一コマ。


「ちなみに、見栄えから用意された衣装を断って、テイア自動車のRQ服を着た私の抵抗を褒めてよ」


「あー」


 その一言で察するテイア自動車レーシングチーム。

 レースが始まった鈴鹿の地に赤い跳ね馬がトップを走っていた。




────────────────────────────────


この局覚えておこう。

『名人の料理』『お嬢様のゲーム』『鈴鹿のレース』など縁があるこの局はその後……


ブックとアングル

 元はプロレス用語。

 TVではプロレスをはじめとした格闘系はブームと衰退を繰り返しているが、その根底にこの手の文化が根付いているのを私は『博士と助手〜細かすぎて伝わらないモノマネ選手権〜』で知った。

 なお、『博士と助手〜細かすぎて伝わらないモノマネ選手権〜』の開始は2004年から。


年齢上げる。

 もちろん違法。

 風俗で物凄く問題になったのだが、その抜け道の一つとしてジュニアアイドルという闇深話が……


テイアレーシングチーム

 このレースに参戦したのは2002年から。

 2003年の戦績は、7回入賞している。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る