帝都学習館学園七不思議 学生寮のざしきわらし おまけ

 神奈水樹は逢瀬の待ち合わせの為に帝都学習館学園中央図書館に足を運ぶ。

 入口のカウンター前に人だかりができており、激しい口論の声が聞こえてきた。


「貴様!一体何をしたのか分かっているのか!!

 孫をたぶらかしよって!

 我が一族の悲願を!

 この国の安寧を台無しにしたのだぞ!」


「この学園の生徒たちの未来は、本人たちの選択に任せるべきです!

 彼女がそれを望んだ以上、祝福すらできずに罵倒するなど何事ですか!

 恥を知りなさい!!」


 見ると、和服姿の老人が高宮晴香館長と激しく口論を行っている。

 身なりからかなりの人らしく、警備員も手をこまねいているらしい。

 そして、高宮館長の後ろに開法院蛍の泣きそうな顔が見えた。


(なるほど。あれが開法院さんのお爺様で、開法院家のご当主様か。

 という事は、この学園の風水陣の無効化を知って怒鳴り込んできたな……)


 だとすれば、その現場指揮官になってしまっていた神奈水樹の出番である。

 この七不思議を別の側面から見るならば、オカルトへの対処方法が変更され、国産神道・仏教・風水混合術式から西洋風術式へと切り替わるという側面がある。

 それは、この国の上流階級における、その手の対処の利権の交代とも取られ兼ねない訳で。


「開法院さん。どうしたの?」


 わざと周囲に聞こえる声を出すと、人だかりがモーゼの海割りのごとく分かれる。

 その真ん中を堂々と歩いて騒動の渦中に踏み込めば、開法院のご老人は殺気すらこめた目で神奈水樹を罵倒する。


「そうか……その女といい孫を本当にたぶらかしたのは、神奈の売女どもか!

 この国を汚しおって!!

 腰を振るしか能がない貴様らがこの国の安寧を損ねたのだぞ!!」


「それはそれは失礼を。

 で、負け犬の遠吠えにこられましたか?ご老体?」


 わざと嘲笑した神奈水樹を殴ろうとした開法院老の手を押さえたのは、高宮館長だった。

 その力は強くはないのに声には力がこもり、毅然とした姿に神奈水樹ですら見とれた。


「放せ!放さぬか!!

 貴様ごとき、この学園から追放するのは訳がないのだぞ!」


「放しません!

 生徒を守らずして何が教師ですか!!

 生徒の未来を祝福し、導いてやれないならば、私はこの場にいる資格はないのです!」


 高宮館長の抵抗は数秒の時間を稼ぐことしかできなかった。

 けど、その数秒の時間で十分だった。


「お初にお目にかかります。開法院老。

 桂華院瑠奈と申します。

 蛍さんとは仲良くさせていただいておりますのよ。

 そして、今回の一件の責任は全て私にあります」


 側近団と警備員を大名行列のように引き連れての桂華院瑠奈の入場。

 警備員が彼女に知らせたのだろう。この学園の警備は彼女の護衛を兼ねて彼女の警備会社が請け負っているからだ。

 なお、表情はお嬢様面ではあるが、周囲の野次馬たちがその圧に押されて一歩下がる。

 神奈水樹は察した。

 桂華院瑠奈もガチギレしていると。


「貴様か!

 売国奴の娘が!!

 貴様がこの国の安寧を損ねたのだぞ!

 亡き桂華院公爵の意志をわからぬ小娘が!

 この国の未来を!覇権国家の夢を貴様が潰したのだ!!!」




「それが何か問題で?」




 桂華院瑠奈の声は皆に寒気を走らせるぐらい低く、そして顔はとても楽しそうだった。

 だからこそ、誰もが彼女の呪詛を止められない。


「売国奴が売女と組んでこの国の未来を損ねた。

 筋の通った物語じゃないですか。

 それを止められなかった、ご老体をはじめとした皆様の無能を肯定するのならば」


「き、貴様……貴様……」


「あなたの呪詛どおり、きっちりとこの国の未来を損ねてあげますわ。

 もっとも、私が何かしなくてもこの国……」


 桂華院瑠奈の呪詛が強制的に塞がれる。

 防いだのは高宮館長の華奢な体で、高宮館長は桂華院瑠奈を抱きしめて諭す。


「桂華院さん。

 過去に囚われないで。

 未来に絶望しないで。

 貴方の未来は貴方だけのものよ」


 警備員が開法院老を連れてゆき、この騒動はお開きとなった。

 もっとも、桂華院瑠奈と開法院蛍と神奈水樹はお説教という名目で高宮晴香館長と共に館長室でお茶を楽しんでいたのだが。


「ごめんなさい。

 お爺様が迷惑をかけて。

 けど、お爺様を責めないでください。

 開法院家の悲願である神様の創造が無に帰したものだから……」


 めずらしく開法院蛍が饒舌に語る。

 その隣で桂華院瑠奈が彼女を慰めていた。


「気にしないで。売国奴の娘ってのは事実だし。

 うちの爺様、保守右翼の大物だったらしいし、そりゃ爺様の悲願を孫が無茶苦茶にしていたら、爺様のお仲間が怒るのも分かるんだけどね。

 ただ、私はこの国の安寧よりも友達の蛍ちゃんを取ったというだけ」


「それを天秤に並べて、そっちをためらいなくとれる桂華院さんって大物よね」


「あら?今頃気づいたの?神奈さん」


 ぽたりと涙が開法院蛍の目からこぼれる。

 それが嬉し涙でもあると彼女の言葉が証明する。


「この間、実家に帰ったら初めて両親が私を見て、私の名前を呼んでくれたの。

 『ごめんなさい。あなたを犠牲にしてごめんなさい』ってお母さん泣いてくれたんだ……」


 きっかけはきっと春日乃明日香がさしだしたみかん。

 それでも最後に選んだのは開法院蛍自身である。

 その選択を導いたのが高宮晴香であり、神奈水樹であり、桂華院瑠奈である。

 高宮晴香はこの部屋にいる三人を優しく諭した。


「開法院さん、桂華院さん、神奈さん。

 あなたたちの未来は、きっと良いものになるわ。

 自分を卑下しないで、ちゃんと勉強しなさい。

 あなたたちは、神様でも売国奴でも売女でもない。人間よ。

 それを私が証明してあげるわ」


 それに対して三人が何と答えたのかは伏せさせてもらおう。

 ただ、帝都学習館学園中央図書館館長に対する罷免要求が学園理事会に提出されたらしいが、学園理事会はこれを黙殺した事を記しておく。




────────────────────────────────


「二位じゃダメなんですか?」

 この言葉がポジティブに語られる時代が確かにあった。

「ジャパン・アズ・ナンバーワン」は本当に昔になってしまったなぁ……


 この騒動、『売国奴兼1/4日本人』でしかない瑠奈が『西洋占い師』である神奈水樹と組んで『日本の守護神』になる予定だった開法院蛍を邪魔したという結果が外から見える訳で。

 なお、犠牲については実は神奈もさして変わらない。

 ついでに言うと、水子達で米国超えられるなら、安い犠牲である。

 そりゃ、爺様達ガチギレするわな……


『保守』と書いて『田舎』と読む

こういう爺様たちが田舎にいて田舎の主導権を握ると……

『クソ田舎シミュレーター』としても名高い『ライザのアトリエ』のまとめを張っておこう。


ライザのアトリエ、エロかと思ったら田舎の鬱屈した閉塞感と排他性と狭すぎる人間関係から生じる逃げ場のなさが生み出す地獄からの脱出を描いているゲームだった

https://togetter.com/li/1410991


昔、田舎に過去を反省し、人間を信じ、学問を勧め、未来を信じた先生が居た。

私が憧れたリベラルであり、私がなれなかったリベラルである。

そんなリベラルは今はどこに居るのだろうか……(米国の銅像破壊に目を覆いながら)

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