神戸教授のおとなの社会学 『買収論』

「今日はお越しいただいてありがとうございます。

 神戸教授」


「かまわないよ。

 こっちも、桂華院くん始めこの国の未来を担うエリートの卵に教えることができるのは誉れと思っているからね」


 帝都学習館学園中等部講堂。

 そこそこ集まった生徒の視線は、来てもらった神戸教授と彼と話をしている一条絵里香に注がれている。

 通信教育で大学教育を受けている私を含めたカルテットだが、成田空港テロ未遂事件で私のガードが固くなったので、私が神戸教授の居る大学に行くことが難しくなったのである。

 という訳で、費用こっちもちで来てもらって、ついでに神戸教授の授業を受けたい人はカモンという訳で講堂を抑えてのこの授業と相成った。

 私を入れたカルテットに側近団、あ、明日香ちゃんや蛍ちゃんも居るな。

 澪ちゃんやリディア先輩も来ているし、朝霧薫さんや華月詩織さん、栗森志津香さんや高橋鑑子さんもいる。

 ちょっと見ただけなら、私の友人知人大集合である。


「そりゃ、お嬢様が出席するのですから、当然でしょう?

 終わった後にお茶会ができるように別の部屋も抑えていたんですよ」


とは後で聞いた秘書の時任亜紀さんのお言葉。

 私自身がすでに『箔』になっていると苦笑するしかない。


「さてと、そこそこの人が来ているみたいなので、それに合わせた話をしましょうか。

 これは授業ではないので、面白くないと思ったら出て行っても寝てもらっても結構ですよ」


 そんな挨拶から始まった神戸教授のお話。

 テーマをホワイトボードに書く。



『買収論』



 あ。この人かっ飛ばす気だ。

 私のジト目をお構いなしに、神戸教授はTVで喋る時の顔で話題に入ってゆく。


「皆さんの多くはこの国の中枢、およびその上部において貢献される事を期待されている人材です。

 そんな皆さんに必ずやってくるのが、この手の買収です。

 という訳で、今日は買収のロジックというのを簡単に話してみようと思います」


 人間は善人ばかりではない。

 悪人もいるし、法の隙間をついて己の利益を確保しようとする輩も出てくる。

 以前、神戸教授と話していてこの人と私の話が合うなと思ったのは、マキャヴェリのとある言葉がお気に入りだったからだったりする。


『天国へ行くのにもっとも有効な方法は、地獄へ行く道を熟知することである』


 つまり、善人で居たいならば、悪人の手口を熟知しておくべしというのが今回の授業という訳で。

 とはいえ、黒板の文字を見て私以外はドン引きしているのだが。


「買収。

 つまりお金を渡して、自己の利益に誘導する事は大体悪い事だと言われています。

 では、その悪い事がどうしてなくならないのか?

 考えたことはありますか?」


 このあたりから話を進めてくれるからこの人と話すのは楽しいのだ。

 実際、ドン引きしていたみんながどうしてと考え出している。


「簡単なモデルでお話ししましょう。

 都市部の再開発などの事業に投じられる額は、軽く百億円を超えます。

 そして、それを受ける会社は慈善事業ではないので、当然その百億円の中から利益を発生させます。

 大体、その利益というのは経費などを除いてさっきの百億の内三割と仮定しましょうか」


 百億のとなりに三割という文字がホワイトボードに書かれる。

 つまり、三十億円。

 ここからこの話が面白くなってゆく。


「さて、この再開発をどうしても取りたい会社があるとしましょう。

 ライバルに取らせたくないが、かといって入札価格を下げたら会社の利益がない。

 ここで、買収という選択肢が出てくるのです」


 ホワイトボードの『買収』に丸を書く神戸教授。

 さすがにマスコミ関係に顔を出しているから、情報が生々しい。


「この場合の買収は二つあります。

 一つは、この再開発を主導する議員に金を配るケース。

 もう一つは、ライバル会社の担当者に金を配るケースです。

 このライバル会社に金を配るケースは別の言葉で『カルテル』と言って禁止されているのがほとんどです」


 カルテルという文字を書きながら、神戸教授は楽しそうに笑う。

 カルテルまわりを程よく端折るあたりさすが教壇に立つ人だなと素直に感心したり。


「さて、ここで買収金額を考えてみましょう。

 ライバル会社の場合、担当の会社員の年収が一千万円としましょう。

 ばれて社会的に抹殺されたとしても、一億渡せば多分乗ってきます。

 この会社員が持っている住宅ローンだったり、子供の養育費なんかを先に計算して買収金額を出すわけですね。

 なお、世に出る贈収賄のほとんどが、金額をケチってばれるケースか、もらった大金で豪遊してばれるケースです。注意しましょう」


 おどけた口調で神戸教授が言うと講堂内に笑いが広がる。

 というか、このジョークで笑える中学生……人のことは言えないが。


「議員の場合、金以外のものを渡すケースもあります。

 人。つまり、選挙において会社の従業員を投票に行かせるとかですね。

 これも色々あるので今回は省きますが、買収でかけるならば数千万から一億ですかね。

 今回はきりよくライバル会社と議員に合わせて一億お金を渡したとしましょう」


 30億-1億=29億という式がホワイトボードに書かれる。

 そして、この金額をかけてもまだ元が取れることを意味している。


「じゃあ、ライバル会社にお金を渡さない場合、ライバル会社もこの再開発案件が欲しいならば入札時に金額を下げてきます。

 ライバル会社も同じく費用を除いたら三割の利益があると仮定すると、ライバル会社が九十九憶の金額を出したら百億で出したこっちが負けるのです。

 そして、ライバル会社に勝つために九十八憶の金額を出して落札したら、三割の利益だから二十八億円。

 二億の損が発生する事になります。

 こうなると、一億を裏工作にかけて取りに行くのが合理的に見えるでしょう?」


 これ、九十八億の三割だから……いや、話はそこではないから黙っておこう。

 私が察したのを見て神戸教授が目で笑った。

 こういう所は、この人凄いのだろうなと素直に感心する。


「多くの人間は聖人君子ではありません。

 おいしいものを食べたい、美男美女にちやほやされたい、良い老後の生活を送りたい。

 そのためにはお金が必要なのです。

 そして、そういう欲を基本的に資本主義は否定できません。

 資本主義というのは、そういう人の欲をエネルギーとして発展してきたという歴史があります。

 かといって、ルールがなければ金持ちしか勝てない世界になってしまう。

 それは、我々の世界である民主主義にとって好ましくありません。

 あなた達はそういうバランスをとりながら、法を守りながらそのギリギリの線をついてくる人間や、アウトとなる線を超えてくる人間を相手にしなければならない。

 それを忘れないでください」


 一礼して話を終わる神戸教授に私以下講堂全員から惜しげもない拍手が贈られる。

 この授業本当に面白かったので、次回以降をお願いしたのは言うまでもない。




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流行に乗っかって話を作るスタイル

Twitterで議員歳費を削る話が出てそれについて呟いたのだが、せっかくなので話にしてみた。



『テロール教授の怪しい授業』カルロ・ゼン (原著), 石田 点 (著) (モーニング KC)

 これを見て、このゼミ入りたいとおもったので神戸教授にさせる事に。

 中学生に受けさせていい授業ではないというのは言ったらいけない。



カルテル (by wiki)

 企業・事業者が独占目的で行う、価格・生産計画・販売地域等の協定。

 特に官公庁などが行う売買・請負契約などの入札制度における事前協定は談合という。

 談合は悪と叩かれるのだが、その背景にこんな流れがある訳で。

 これを悪と一概に言えないあたりも神戸教授に近く語らせる予定。

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