帝都学習館学園七不思議 チェーンラブレター その1
帝都学習館学園中等部は近年というか私が入学してからだが、セキュリティーが急激に強化されている。
まぁ、成田空港でのテロ未遂事件なんてあったからそれも当然ではあるのだが、テロ並みに厄介なのがパパラッチの強制取材というやつだったり。
国外追放上等で犯罪すれすれというか完全にアウトな取材をするからこちらの警備陣もピリピリする訳で、私の警護だけでなく学園全体の警備を請け負うことになったのはある意味当然と言えよう。
それは同時に、ある種の学校イベントを撲滅に追いやったのである。
置き手紙
ラブレターでもいいし、果たし状でもいい。
古典的なものだと靴箱やロッカーに嫌がらせというやつなのだが、まずそれができなくなった。
理由は簡単で、監視カメラがついたから。誰がやったかがわかるようになったという訳だ。
もちろん、ロッカー室や教室内にまではカメラはついていないが、その中での犯行は必然的に内部犯という訳で。
プールでの水着写真を撮るために遠距離の高層マンションから狙っていたパパラッチを捕まえたのが、こっちの警備で元北日本軍のスナイパーだったとか……写真が撮れる距離なら狙撃もできるという訳だ。納得。
警備連中がパパラッチを目の敵にする訳が分かった、まぁそんなある日の話である。
「?
神奈さん。それなに?」
「手紙。
あ。触らないでね。危ないから」
放課後、帰ろうかと立ち上がった時に神奈水樹の机からぽろぽろ零れる手紙たち。
そんな落ちた手紙を拾おうとして、神奈水樹が制止して磁石を手紙に。
落ちた手紙はぴたりと磁石にくっ付いた。
「これは剃刀入りね。
昔懐かしい手を……」
落ちている手紙の一つの宛名を見ると、『桂華院瑠奈様へ』となっていた。
よく見ると、神奈水樹宛だけでなく、私宛の手紙もある。
「これ、手に取って開けていい?」
「やめときなさい。
有象無象からの嫉妬が詰まった文章に剃刀のおまけ付き。
読むだけ時間の無駄よ」
さらりと流す神奈水樹だが、橘由香は顔色を変えて待っている側近たちに連絡を取る。
側近経由で警備に今日中には知らされるだろうと察した神奈水樹は、あっさりと背景を口にした。
「ほら。
私は桂華院さんの保護下にいる形になっているけど、桂華院さんとのつながりが弱いでしょ?
で、僻みや嫉妬をぶつけられやすいのよ」
さらりと言いながら、自分あての剃刀レターを開けて、手を切らないように中を出して見せる。
あ。これは恨まれる。
「『……この泥棒猫。
私の彼氏返せ……』自業自得では?」
「否定しないわよ。
ただ、私が好き勝手しているのは桂華院さんの庇護があるからって見られているのもあってね。
桂華院さんにはお世話になっているのも事実だから、この手の嫉妬や恨みあたりも引き受けておこうと思って」
「まったく……私をなんだと思っているのよ?」
私のぼやきに、北樺警備保障の制服を着た警備員を連れて橘由香が入ってきたタイミングで神奈水樹は一言。
「お嬢様でしょう?」
「……たしかに」
ちなみに、今、神奈水樹が持っていた手紙の数は十六通。
神奈水樹宛が十二通。私宛が四通なのだが、三通までが同じ文面だった。
『この手紙と同じ文章で三人に出さないと、あなたの前にすてきな恋人は現れません』
……チェーンメールじゃないかと私が最後の一通を開けようとした所を神奈水樹の手が止める。
かなり強引に、力を込めて。
「それ、開けない方がいいわよ。
そいつがあったから、持って帰って燃やすつもりだったのに」
橘由香と警備員の目がきつくなるが、神奈水樹は一歩も引かない。
そこで察する程度には、私もファンタジーというかオカルトに詳しくなったつもりである。
「もしかして、そっちがらみ?」
「もしかしなくても、そっちがらみ。
この国、呪殺って罪になっていないのよね」
それで察する。
この身はすでにどれだけの恨みと妬みを買ったことか。
それを自覚しているぐらいには、己の置かれた立場を理解しているつもりだ。
そして、そういう立場の人間は、この手の非常識に対処できる人たちを重宝する。
「おーけい。
それについては神奈さんに一任します。
けど、それを一任するに納得できる理由ぐらいはここで話してちょうだいな」
私の為でなく、隣ですっごいきつい目で睨んでいる橘由香と同じく冷たい目で見つめている華月詩織さんのためにというのを察してくれた神奈水樹は、その理由である『呪い』のロジックを語る。
「呪いってのは、逆説的なのよ。
『呪ったから不幸にあった』んじゃなくて『不幸にあったから呪いが発現した』って考え方。
だから、呪いを知る事自体が呪いにかかる条件になるという訳。
今、こうやって説明したことで、桂華院さんに呪いがかかったわけだけど、ここまでの情報なら呪いをコントロールできるわ」
「呪いのコントロール……ですか?」
横で聞いていた華月詩織さんが珍しく口を挟む。
神奈水樹は、その呪いの手紙をひらひらさせながら呪いをコントロールしてゆく。
「今、呪いを詳しく知らないから、適当な不幸で呪いを清算できるのよ。
たとえば、廊下でこけたり、ドアで足の小指を打ったり、ネットゲームのレアドロップが駄目なものだったりとか」
地味にどれも嫌なものを並べるが、神奈水樹の顔は茶化したように見えない。
そして、もう片方の手で剃刀の入った彼女宛の手紙を持って続きを口にする。
「これが彼氏を寝取った私あての呪いだとして、彼氏を寝取った恨みを先のようなもので精算できると思う?」
呪いの重さは恨みの重さともいえる。
神奈水樹の飄々とした一言に納得した私たち三人は何も言うことができなかった。
「じゃあ、また明日」
いつもと変わらずに、神奈水樹は帰る。
なお、そのまま帰らずに男とデートなのだと惚気たので呪われろと思ったのは私だけじゃない。
(ひょこっ)
「「っ!?!」」
出ると思ったわよ。蛍ちゃん。
明らかにこの件は蛍ちゃんの領分だもんなぁと思っていたら、蛍ちゃんがじーっと華月詩織さんの方を眺める。
「な、なんでしょう?
開法院さん?」
顔から汗が噴き出て、声が震えているのですか。華月詩織さん。
そのまま蛍ちゃんが手を差し出したときに、彼女は叫んでしまう。
「わ、私じゃないです!
私にも送られてきたんですから!!」
と。
華月詩織さんの所に送られた手紙は四通。
どれも宛名は『華月詩織様へ』だった。
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今回の元ネタ チェーンメール
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%AB
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