VSスカベンジャー ROUND4

「お嬢様。

 お呼びに与り参上しましたが……何です?それ?」


 手にはレンタルビデオショップから借りたビデオ。

 後ろの橘由香の持つお盆にはグレープジュースとポップコーン。

 これから行く部屋には大画面TVが鎮座していた。


「ちょっと古い映画よ。

 よかったら一緒に見ない?」


 やってきた岡崎祐一を誘ってビデオ鑑賞。

 ウォール街の人間模様を描いた映画である。


「しっかしこの俳優かっこいいわねぇ」


「何でこの映画なんです?

 俺が呼ばれたのはスカベンジャーがらみだろうとはわかっていますが……」


 そんな話をしながらも二人とも視線はTVから離れない。

 実際、このウォール街の大物がかっこいいのだ。


「現実よりこういうのはイメージを見たいのよね。

 当たらずとも遠からずで方向性だけは間違えないようにという感じで」

「そういう前提で間違いを減らしてゆくお嬢様の手法は嫌いじゃないですよ」

「ありがと」


 という訳で、映画を見ながら本題に入る。

 知れば知るほど、彼らの思考が分かりやすく、かつ複雑で迷宮に入ったような感じを覚える。


「で、スカベンジャーたちですが、たしかに日樺石油開発の債権を漁っていますね。

 ただ、これ、お嬢様に恩を売るためらしいですよ」


「恩?

 喧嘩売っているようにしか見えないけど?」


 ちょっと声にとげの出た私に岡崎は苦笑する。

 説明されるとたしかにその通りの盲点。


「ほら。

 うちの湾岸石油開発は日樺石油開発と合併して桂華資源開発になる予定じゃないですか。

 ここで、日樺石油開発で債券がらみの訴訟リスクが出ると、合併が流れると」


「やっぱり私に喧嘩売ってない?」


「いいえ。

 彼らからすれば、二兆円ドブに捨てるのを阻止してお嬢様に恩を売ったんですよ。これ」


 あー。

 その見方は盲点だった。

 彼らにとっては二兆円という現金が目的であって、その金の出所が日本政府なのか岩崎財閥なのか私なのかは別に構わないという訳だ。

 ぽんと手を叩く私に岡崎がつっこむ。


「スカベンジャー連中も今お嬢様に喧嘩を売って、焼き鳥になっている連中の二の舞なんて食らいたくないですよ。

 調べた結果、本当に奴ら善意と利害でお嬢様に恩を売っているつもりなんですよ。これ」


「……まじ?」

「まじです」


 このタイミングで映画では大物投資家が欲についての演説をぶっていた。

 なお、この映画の大物投資家、その富の築き方はバリバリ違法のインサイダーだったりする。

 それを私は否定できない。

 前世知識という究極のインサイダーで富を築いた私には。


「お嬢様って、基本世界を変えるという結果が大事であって、その過程でできた桂華グループについてはなくなっても構わないってスタンスでしょ?」


「……あれ?

 それ、言ったっけ?」

「言わなくても、橘さんと一条さんあたりは察していますよ。

 一条さんは俺にぶっとい釘刺してきましたし」

「ご愁傷さま」


 すました顔をしているが、内心なんでバレたとドキドキである。

 そんな私を察しているのか察していないのかわからない岡崎は、ポップコーンを食べながら続ける。


「お嬢様が全部を失ってもいいと思えるような本当の賭けまでは俺は付合いますのでご安心を」

「何よその言い方?」

「お嬢様、今までの博打は六四もしくは七三の勝算で打っていたでしょう?」


 手からぽろりとポップコーンがこぼれた。

 落ちたポップコーンをそのままごみ箱に投げた岡崎は、煙草を吸おうとして橘由香にとがめられてココアシガレットを咥える。


「なんでそう思ったの?」

「まぁ、俺も似たような人種だと思っているので」


 ライターを出して火をつけようとしてココアシガレットに気付いてまたポケットに戻す岡崎。

 だが、目の鋭さからそれが場を和ませる意図的なものという事が分かってしまう。


「本当に全部を賭けるには、お嬢様身辺整理していないでしょう?

 お嬢様は聡いからその意味は言わなくてもいいですよね。

 俺の場合、お嬢様に全賭けしているので、そりゃあ身奇麗に。

 俺ぐらいの賭け札ならまぁ捨ててもらってもいいのですが、お嬢様の手に握られている賭け札は数十万。家族まで入れたら百万を超える札です。

 それを全部捨てて賭ける博打というのは、一生に一度打てるかどうかでしょう。

 打つならば、覚えておいてください」


 いつの間にか映画はクライマックスに。

 ある意味正しい結末。

 悪い事をした人はちゃんと報いを受け、映画はスタッフロールに移る。


「話をそらすけど、金の力って偉大よね。

 現実はこうならないし」


「不逮捕特権がありますからね。

 ちなみに、スカベンジャーたちが最終的にお嬢様に望むことって何だと思います?」


「金じゃないの?」


「否定はしませんが、基本彼らもお嬢様の味方になりたいのですよ。

 ただ、この映画よろしくウォール街の論理でお嬢様をお助けしようと」


「それで北樺太に国を作ろうって?

 私にはわからないわよ」


 映画が終わって立ち上がった私に岡崎はやれやれと肩をすくめた。

 その仕草、さっきの映画の大物投資家のあれだろう。


「タックスヘイブンとローヘイブン。

 それ以外にありますか?」


 つまり、奴らも恋住総理に喧嘩を売るのか。

 奴らも長くないなとジト目で残ったグレープジュースを飲みほしたのだった。




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見ていた映画

『ウォール街』1987年。

 この映画のマイケル・ダグラスが本当にかっこいいのだ。

 なお、あこがれた連中の成れの果てがリーマンの引き金を……


スカベンジャーがやりたいお嬢様の国

 タックスヘイブンとしても有名で、スイスよりもやばい筋の金が眠っているという噂も。

 ぶっちゃけると、マネーロンダリングシステムをお嬢様の不逮捕特権の下で再構成して日米露のブラックマネーを洗濯するだけで年間数十億ドルが自動的にお嬢様の懐に。

 なお、これを本気で善意で言っているのがスカベンジャーたちである。

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