帝都学習館学園七不思議 音楽堂の鏡台 その1

「七不思議?

 あーあー聞きたくない」


 それはお泊り会として、明日香ちゃんや蛍ちゃんや澪ちゃんを呼んで九段下の私の部屋で一緒に寝た時の事。

 枕で耳を押さえてあーあー聞きたくないポーズを取っているのだが、こういう時怖がる人が無視されるのはあるあるな訳で。


「あるんだ?

 やっぱり帝都学習館学園ぐらいになると、そんなものの一つや二つはあるとは思っていたのだけどね」


 明日香ちゃんが実家から持ってきたオレンジジュースを飲みながら促すと、そんな話を振ってくれた澪ちゃんが楽しそうに続きを口にした。


「ええ。

 全部は私も知らないのですけど、帝都学習館学園の音楽堂の鏡台がその七不思議の一つなのだそうで。

 その鏡台で不安を言えば、その不安を鏡の向こうの人が取り除いてくれるとか」


 へー。

 ここまでならいい話である。

 そして、七不思議なんていうのだから、そこで終わる訳がない。


「で、その話、何を持ってゆくの?」


 明日香ちゃんの楽しそうな声に、澪ちゃんは軽くため息をついて苦笑する。

 わざわざ怖がりの私が居るのに、そんなガチで怖いものを言うつもりもなかったのだろう。


「それが分からないんですよ。

 しかも音楽堂の鏡台はたくさんあるからどれがそれなのか分からずに、願い事を言う生徒が結構いて生徒会案件になりつつあるんです。

 そんなデマに惑わされないでくださいって告知する感じに」


 女の子はオカルトやホラーは大好きである。

 私もホラーは苦手だが、転生者なんていうオカルト案件の人間なので否定できる訳もなく。


「あー。

 初等部でそんな話が出るなら、中等部でも議題に上がるわね。

 ありがとう。

 それとなく、中等部生徒会執行部に一言入れておくわ」


 そんな他愛のない話のはずだったのだ。

 みんなで寝るという時に、隣にいた蛍ちゃんの一言が私に届かなければ。


「辻願い」


「……蛍ちゃん何か言った?」


 私の質問に蛍ちゃんは小さな寝息で返事をした。




「辻ってのは交差点の事なんだけど、日本では境界の別語でもあるわ。

 道端にお地蔵様とかお社とか置かれている所があるけど、あれは古くは境目の役割があったという訳」


 こういう時のためにこいつを飼っていると言わんばかりに神奈水樹に話を聞きに行くと、ちゃんと言語化してくれるので素敵。

 蛍ちゃん相手だと、しゃべらずにいつの間にか解決していそうではあるのだが、私的には解決未解決以前に背景と納得が欲しかったのである。


「鏡はずばり異界の象徴ね。

 古くから、鏡に映る世界は私たちの世界と違うと言われていたわ。

 不安を言えば、その不安が解消される。

 これ、『願い』って言葉に置き換えられるでしょ?

 そんな向こう側に何の対策もなしに願いをするなんて、私からすれば自殺行為にしか見えないけどね」


 そんなにやばかったのか。この案件。

 自然と私の額に汗が浮き出る。

 わざわざ神奈水樹にアポを取って、放課後の学生食堂に出向いて相談して正解だといえよう。

 今回私に付いて来ている橘由香が胡散臭そうな目で神奈水樹を睨む。


「お嬢様。

 神奈さんのお言葉を信じると?」


「信じるかどうかは別として、生徒会案件になりつつあるのよ。

 組織は書類と説明が大事。

 それを開法院さんに求められるのかしら?」


「……」


 視線を逸らす橘由香。

 ジェスチャーだけでコミュニケーションを取る蛍ちゃんに官僚的書類を作成をしろというのが無理なのは彼女も理解しているのだろう。


「で、桂華院さんはこのお話の落とし所をどのように?」


 実に挑発的な笑みで神奈水樹が確認する。

 考えてみれば、彼女に出会ってから初めての彼女の専門的な仕事である。

 これが占い師神奈水樹と言わんばかりに、私たちは彼女の言葉に踊る。


「そうね。

 完全な解決を求めるほど私は傲慢じゃないわ。

 けど、こういう噂をばらまいた人間がこの学校内に居る。

 そこまでは人の領分でしょう?」


 ぱん。

 神奈水樹が手を叩く。

 その間に手に握られたのはタロットカード。

 ただ、一枚だけ彼女は選び、そのカードを私に向けてめくった。


「『皇帝』正位置。

 こういう話のくせに中々面白いカードが出てきたわね。

 とりあえず、これ以上は悪化はしない案件だけど、それを説明する云々についてはまた改めてお支払いを」


「おーけー。

 幾らほしい?

 私、今ちょっとお金持ちなのよ♪」


「お嬢様のお好きな金額を。

 神奈の占いは、基本お客様の言い値しかもらっていませんので」


 そして、私たちは同じように笑った。




「お久しぶり。桂華院さん」

「お久しぶり。栗森さん。

 元気にしてた?」

「ええ。

 私はこんなに元気!」


 食堂から出た私たちに初等部の友人の一人である栗森志津香さんが声を掛ける。

 中等部に入ってクラスが別になってから、こんなに明るく輝いていただろうか?

 数人の友達グループを作って、その中で一際輝いて見えた。


「またね。

 今度、ゆっくりお話ししまょう♪」


「ええ。

 また話しましょうね」


 そして、すれ違った栗森志津香さんが見えなくなると、その場にいた神奈水樹が私の耳に囁く。

 聞き捨てならない一言を。


「彼女、憑かれているわよ」


と。




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元ネタ

 辻神

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BE%BB%E7%A5%9E

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