お嬢様の無駄遣い その2
人間、あぶく銭があるのならバーッと使いたいものである。
という事で、バーッと使うことにした。
「第二青函トンネル掘るわよ!」
「そうですか」
……ノリ悪いなぁ。
三木原和昭桂華鉄道新社長は。
ちょっとしたお嬢様ジョークだから、つっこんでほしいのだが。
「それよりも、鉄道を二種事業者として全国規模で営業するという方針についての説明をしていただけると助かるのですが?」
「簡単な話よ。
並行在来線問題」
「あれですか」
その問題が本格的に顕在化したのは、東北新幹線の八戸延伸からである。
これによって東北本線の一部が第三セクターに切り離されたのだが、その経営は稼ぎ頭の特急などを失って厳しいと言わざるを得なかった。
「うちは北海道に縁があってね。
上野-青森間の夜行も走らせているでしょう?
今後全国各地で起きるだろうこの問題の受け皿を用意しておこうかなという訳」
「だから、長野の第三セクターにも経営支援をしている訳ですね?」
「地方で支え切れるものじゃないからね。鉄道は。
都会で稼いだ金を地方に還元するという形でフォローしないと、地方は一気に寂れるわよ」
なお、観光鉄道として横川と軽井沢の間の廃線を活用しようと企んでいる。
スキー系の夜行は朝着いたらスキー場、滑った後に会社に直行というプランを用意してみたり。
この辺り荷物宅配を抱えるドッグエキスプレスを抱えるうちの強みである。
「あと、政府が構造改革特区構想ってやつで旗を振っていたでしょう?
あれに
帝国貨物鉄道が第三種鉄道事業者を握っていない第三セクターと組んで、地方交通機関の維持を名目に社会還元をアピールする予定」
こういう事ができるのは、都市部に稼げる路線を握っているからだ。
その路線をあぶく銭に託つけて遂に買い取ったのである。
帝都湾岸鉄道りんかい線と埼玉の第三セクター埼玉縦貫地下鉄道の買収。
りんかい線と東日本帝国鉄道との相互乗り入れの開始。
羽田空港アクセス鉄道建設開始である。
「新宿新幹線やなにわ筋線の費用の目処が立ったからといって、次々と事業を進めることについては投げられる身としていろいろと言いたいことがあるのですが」
「その分経営には口を出さないから好き勝手してちょうだいな。
赤字を出さないならば、基本黙っているので。
あと、先の話になるけど、青森駅と函館駅の改修工事にお金を出して新幹線対応仕様にします。
多分、この二駅は新幹線止まらないから、末端部の建設はこっちが出しておくわ」
北に延びる新幹線の最終目標は札幌である。
そのため、速達性を考えるとこの二駅は外れる事になる。
都市の衰退を招くので、その末端部を自費で作ってしまおうという訳だ。
「もしかして、第二青函トンネルって本気だったんですか?」
三木原社長の呆れ声に、私は何をいまさらという顔で言い放った。
単位は気にしてはいけない。
「だって、たった四千億円でしょう?」
成田空港。
その格納庫の一つに私はやってきていた。
世界的な仕手戦の余波は高額な買い物に打撃を与えて、宙に浮くことが多々ある。
そんなものを安く買い叩いたのである。
ビジネスジェット。
それもレンタルとかでない、私所有の専属機である。
ついに私もここまで来たかとなんとなく感慨深くなったり。
「……でかっ!」
「そりゃデカいですよ。
だって、こいつ747ですし」
同時多発テロによる航空需要の落ち込みはひどく、その回復はいまだ途上にあった。
それでも飛行機は製造され続けるのだが、航空会社にその受け取りの余力はなく。
そんな宙に浮いた一機を岡崎がかっさらってきたという。
「あれ?
うちビジネスジェットとか持っていなかったっけ?」
「AIRHOで運用していますね。
あいつは、737-700タイプで、レンタル前提ですからね。
持ち主特権で桂華グループは優先的に使わせてもらっていますが、空いていない時があるんですよ」
「なるほど」
なお、成田のテロ事件ではアンジェラが丁度使っていた。
そういう時に私が使えないのが問題として上がったのだろう。
「BBJ747。
飛行機が双発機に進む中、四発機はどんどん引退するか貨物化という方向に進んでいて、こいつがほどよく浮いていたんですよ。
北米向けの航空貨物の強化で四発貨物機を買ったおまけというやつです」
AIRHOは東京と北海道及び樺太を結ぶLCCとして特化している。
今回やってきた北米向け貨物云々は、桂華グループ物流会社であるドッグエキスプレスの業務拡大の為の購入である。
太平洋を超える北米航路の貨物となると四発機になる訳で、そのお買い物をという話までは聞いていたのだが、まさかおまけがついてくるとは思わなかったのだ。
「おまけ?」
確認を取る私の質問に岡崎が実にイイ顔をする。
因果応報とはよく言ったものだ。
「これの前の持ち主、あの仕手戦で没落したらしく、こいつを手放したらしいんですよ。
だったら、お嬢様が引き取るのが筋というものでしょう?」
また強引な理屈を。
とはいえ、こいつがあるなら破滅時に関空まで逃げなくてもいいなと思ったのは内緒だ。
機内に入るとがらんどうの一階部分に豪華絢爛な二階部分。
元が747なので、私のスペースなんて二階席で十分である。
残りは貨物部分として改造し、貨物機として使う腹らしい。
「お嬢様が使って飛び回るほど忙しくはないので、これも一応レンタルで貸す予定です。
大事なのは、こいつを入れることで首都圏内に一機が予備機として居るという事ですね」
つまり、成田空港テロ未遂事件の逃亡対策も兼ねているのだ。
後で知ったが、あの時はアンジェラが乗ってきた機体で私を新千歳に運ぶ予定だった。
結果、その飛行機が来なかったので私は空港で待ちぼうけの上にあの顛末である。
だから、着いたら即座に飛び立てるようにという配慮なのだろう。
「置くのは成田よね?
羽田に逃げる事になったらどうするの?」
「そっちに運ぶというのが一つですが、そこまで切羽詰まることはないという判断です。
それぞれの空港の近くにホテルを買って、西船橋駅の近くにセーフハウスを用意したでしょう?
それに、羽田側なら海路で横須賀基地に逃げ込んでもらえば、身の安全は確保できるでしょうし」
「身の安全って……私の逃亡をどのレベルの危機で想定しているのよ?」
ジト目でつっこむ私に、岡崎は意地の悪い笑みを浮かべる。
こういう時に、その歴史を知らない私はその顔を理解できない。
「そりゃ、歴史的に最もたちの悪いケースを想定するに決まっているじゃないですか。
第二次2.26事件です」
ああ。なるほど。
つまり、そういう動きを岡崎は警戒し、それを他の人間も納得していると。
この話でのお嬢様の無駄遣い、一兆三千億円。
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第二青函トンネル
https://trafficnews.jp/post/66348
こういうデータがあるという事で。
多分膨らむだろうから今回は個々の金額は出していない。
まぁ、一兆三千億円もぶちこめばなんとかなるだろうというざる勘定である。
青森駅と函館駅
札幌直通で最も割を食らった駅。
特に函館は泣いていいと思う。
747
こいつをプライベートジェットにして使っている奴がいるというのを、私は『叶恭子・トリオリズム』(叶恭子 小学館 2006年)で知った。
なんつーか、考え方から生活までここまで違うかとカルチャーショックを受けた思い出が。
神奈水樹の方向性の一つの源流が実はこの叶姉妹だったりする。
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