お嬢様の無駄遣い その3

 久しぶりに両親の墓参りに行こうと思ったのは、まぁお盆だったという事もある。

 飛行機で酒田にというのが基本なのだが、運悪く向こうの天候が悪かったとかでじゃあ新幹線でとなった。

 新庄駅からは車でという訳だ。

 上野駅に行ってそこから新幹線へ。

 せっかくだから、付いて来る橘に新常磐鉄道の話を聞く。


「たしか、上野駅に乗り入れさせるのだっけ?」


「特急ですな。

 ここの頭端式ホームに余裕があるので、筑波から上野への特急を走らせようと」


 東日本帝国鉄道とこの新常磐鉄道は、東京駅地下ホームに繋がるようになっているのだが、隣接する北千住駅でも繋がるようになっている。

 これは、東京駅地下の横須賀線の列車を常磐線方面に逃がせることを意味しており、それに合わせた駅施設の改良工事には東日本帝国鉄道も金と人を出している。

 上野駅への特急はそのお礼という側面もあるのだ。


「上野駅はうちの寝台特急が走っているのよね。

 寝台で行けばよかったかしら?」


「残念ながら、酒田の方に寝台列車は走らせていませんな。

 今は移動時間短縮と格安の方こそ大事なので。

 格安航空会社などがもてはやされるのは時代の流れでしょう」


「むー」


 浪漫は何時の時代にも現実に勝てない。

 そんな事を思いながら、私たちは山形新幹線に乗ったのだった。

 お盆の新幹線、席を取るのも苦労するのだが、それも醍醐味である。

 グリーン車に私と橘が座る、なお護衛も数人がバラバラに座っていたり。

 上野駅を新幹線が出てのんびりと走る。

 のんびりという言い方は間違っているような気がするのだが、とはいえ特急列車ぐらいのスピードだなとは思った。


「騒音問題でスピードが出せないそうです」


 なるほど。

 そんなやりとりをしていたら赤羽駅近辺を通過。

 ここから、新宿新幹線が分岐する事になっている。


「東北・上越・秋田・山形・長野の新幹線は全て東京を目指しています。

 その結果、東京駅では捌けないのです。

 新宿新幹線の究極的な目的は、新宿駅という別終点を提示してこれらの新幹線の目的地を二分させて東京駅のホーム許容量を緩和する事にあります」


 路線というよりホームで儲けるというのが、四国新幹線からの桂華鉄道の基本戦略となっている。

 そういう意味では、新宿新幹線もその延長という訳だ。

 せっかくだから、ついでに聞いてみた。


「赤羽から大宮まで複々線にするって選択はないの?」


「先ほどの話とも絡みますが、複々線にしても高速が出せないと意味がないんです。

 新宿駅で二面四線、池袋駅で二面四線、赤羽駅は中央退避の二面二線のホームができるので、最悪十編成の新幹線を受け入れる事ができます。

 それに……」


 橘はそこで言葉を止める。

 首をかしげる私に、言葉を選んでこう言ったのである。


「ここより先に、お嬢様が無駄遣いをしたくなる場所がありますので」


 橘の言葉は帰りの福島駅にて現実のものになる。


(何で、福島駅前で止まっているのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!)


 いつもならここで叫ぶところだが、お盆の新幹線というのは基本超満員である。

 という事は、グリーン車といえども私の事を知っている乗客も当然いる訳で。

 笑顔は絶やさず、手は紙のおしぼりが三つほど『ぶちっ!』と千切れているがそこまでは見られていない。


『現在、遅延によって、東北・秋田・山形新幹線のダイヤが大幅に乱れています……』


 動かない。

 動かない。

 う・ご・か・な・い。

 満員電車の遅延ほどストレスを感じるものはない。

 最悪、福島駅から車で帰るかとも思ったが、これがお嬢様の無駄遣いの理由になるでしょうという橘の言葉に従って、今回はその顛末を味わう事にする。


「福島駅は東北新幹線と山形新幹線の分岐点なのですが、下りホームで分割併合作業を行う訳です。

 このようにダイヤが乱れると、山形新幹線の為に繋がる上り東北新幹線が福島駅下りホームに入り、それ待ちの為に東北新幹線下り線もさらに遅延を拡大し……」


「おーけーわかった」


 要するに連絡線が上り方面にもあれば解決する問題なのだ。

 墓参りついでに地元経済界の皆様とも挨拶がてらに陳情をやっていたのを思い出す。

 その際に言われたのがこの福島駅改良だったりするのだが、これは味わってみないと分からない。

 付いて来た護衛の一人が申し訳なさそうな報告を私の耳に入れた。


「お嬢様!自販機及び売店のお弁当が全部売り切れです!!

 一度外に出て買ってきます!」



 ぷっつん。



 ためらうことなく、福島駅改良工事に全額金をぶち込む事を決意し、翌日その書類にサインを書いた。

 何で翌日かというと、新幹線が遅れに遅れた結果、家に着いたのが24時を超えていたからである。

 特に、大宮から上野までまったく進まないったらありゃしない……

 その日の新幹線、ダイヤは終日乱れに乱れていたという。


 なお、金を出すならこっちにもぶち込もうという訳で、新板谷トンネルにもぶち込むことにした。

 とにかく福島の遅延要因を潰せる限り潰しておかないと、青森延伸及び北海道新幹線にまで遅延が波及するのだ。

 お嬢様の無駄遣い。

 およそ二千億円。




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遅延

 飛行機だとまだ我慢できるのだが、列車の遅延はどうしてあんなにイライラするのだろうか?

 特に、駅以外に急停車した時のあの無力感は味わってみないと分からない。

 私はかつて帰省でこれに巻き込まれ、小倉近くだったから『おろしてくれー。西鉄バスで帰るからぁぁぁ』と心の中で怨嗟を吐きながらソニックの復旧を待つ羽目に。

 なお、特急王国JR九州は特急優先で復旧するので、普通は平気で2時間おくれとかをやってくれる。


福島駅改良工事

 調べていたら、福島駅改良工事のプレスリリースが見つかったので、じゃあという訳で。


新板谷トンネル

 このあたりはフル規格で作らなかった弊害というやつで、山形新幹線方式での建設が進まない一因ではないかとも思ったり。

 長崎新幹線の問題で、九州ではこの秋田・山形新幹線方式の検討がされているのだけど、JR側が嫌がっているのもわかるんだよなぁ。

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