お嬢様の無駄遣い その1

 人間あぶく銭があるのならバーッと使いたいものである。

 という事で、バーッと使うことにした。


「IBem社のPC事業を買うわ」


「せめて決定する前に言ってくれませんかね……」


 桂華電機連合本社。

 そのCEO室でジト目でカリンがぼやくが、私は気にしない。

 何しろ銭はあるのだ。


「カリン言っていたじゃない。

 このままだと規模で負けるって。

 じゃあ、規模を拡大させないと」


 どうせ売られるのは分かっているのだ。

 だったら横取りしてしまおう。


「実は、こっそりとアンジェラに探らせていたのよ。

 13億ドルならOKだって」


「……相手も吹っ掛けましたね。

 規模の拡大を急ぐなら悪くない買い物ですが……」


「何よ?言い淀んで?」


「お嬢様。

 お買い物なされて放置している会社とかありますよね?

 ゲーム会社とか」


 ぽん。

 本当に忘れていたのでカリンに実に間抜けな顔を晒す私。

 カリンは頭に手を置いてぼやく。


「その会社。

 『ヒャッハー!これでまたハード作れるぜぃ!!』と大はしゃぎだったのを、私とアンジェラがくぎを刺しに行ったのですが。

 あれ、放置し続けるなら、こっちに寄こしてください」


 え?運営するの?

 救済して飼い殺しというある意味正しい無駄使い予定だったのだが、カリンはため息をつく。


「何のために事業再編をしたと思っているのですか?

 あの会社だけ浮いているんですよ。

 ソフトウェア回りの資産や、ゲームセンターという消費者と触れ合えるプラットホームは魅力ですので、こっちに送られるのを想定してチームを組んでいたのですよ。

 ですが、待てど暮らせどお嬢様は何も言わないですし、こうしてやって来たと思ったら全く違う企業を買収するなんて言い出しますし」


 いや、あれ趣味だしなんて言える訳もなく。

 さらに続くカリンの愚痴は止まらない。


「それに、ミスター岡崎と組んで、ロシアの通信衛星事業に手を出しているみたいですね。

 あれも放置するならこっちに回してください」


「いや、あれも基本無駄遣い……」


「お嬢様。

 経営者たるもの、『無駄遣い』は敵です!

 売るにせよ、使えるようにするにせよ、決断は早い方がいいのです!!」


「……はい」


 言えない。

 まさか、ゲームの悪役見て二千億円ぶっ込んだなんて言えない……

 なお、この件はロシアの政治案件にもなっているから、モスクワとワシントンの間でかなりの政治力学に晒されるのだがそれも言えるわけでもなく……


「……失礼。

 ……ええ。お嬢様ならこちらにいるけど?」


 そう言って、カリンはかかってきた携帯電話を私に渡す。

 相手はアンジェラだった。


「もしもし?

 今、IBem社のPC事業について話して……え?

 他にも買ってくれって声が?」


 アンジェラの説明をまとめるとこんな感じになる。

 米国ITバブルの崩壊でダメージを受けた米国IT企業群は、経営資金の確保をウォール街のファンドに依存していた。

 そのファンド連中が先日日銀砲で焼き鳥にされた結果、手持ちの資金に不安がささやかれてリストラに入っているという。

 そんな中、何も知らずにお買い物と鴨が葱と鍋を背負ってやって来たのだからみんな全力で行く訳で。


「カリンが元居た会社か。

 リストラとその後のごたごたで苦しんでいるみたいだけど、どうする?」


「あの会社が持っていた特許は魅力です。

 リストラも進んでいるみたいだし、元居た場所です。

 立て直して見せますわ」


「……だって。

 アンジェラ。

 買収交渉に入ってちょうだい。

 ……え?まだあるの?」


 次に出てきたのは、米国名門企業の一つであるMローズ社である。

 イリジウム携帯の失敗で創業家一族が退いた結果、立て直しに奔走していたのである。


「丸ごとは独占禁止法から厳しいですけど、かなり美味しい所は食べられると思いますよ?」


 北米IT事業の推進とリストラは、現在の米政府の貸しを考えれば悪い話ではない。

 同時に、まだ大企業病が抜けきれずに意思決定が遅い旧古川通信を焚き付けることにもなるだろう。


「おっけー。

 買っちゃいましょう。

 あぶく銭はあります。

 遠慮なく使い切りますか」


 電話を切ってカリンににっこり。


「という訳で、これだけ大きくしてみました♪」


「おーけー。

 やってやろうじゃないの」


 カリンって逆境に燃える人間らしい。

 そんな事を思っていたら、岡崎から電話が入る。


「お嬢様。

 この間無駄遣いするって、RPGソフトウェアメーカー二社の合併に関与するって言ってましたよね?

 向こうが食い付いてきたので、具体的な金額を出したいんですけど」


 あ。

 カリンの目がジト目になっている。

 とはいえ、ここで電話が切れる訳もなく。


「あ、あー。

 たしかソフトウェア出版部門のお家騒動や、コンビニソフト販売会社の清算や映画の失敗とかで経営が危うい会社の合併話にこっちが金を出す話だったわね。

 私としては、ゲームやコミックがちゃんと出続けるのならば放置……」


 ぽん。

 カリンの手が私の肩に置かれる。

 結構力が強い。

 そのまま私の携帯がカリンに取られた。

 笑顔でとても明るい声で。

 目の前にいた私には分かった。

 これ激怒しているって。


「ハイ!

 ミスター岡崎。

 その話、初耳なんで私にも聞かせてもらっていいかしら?」


 結果、私の無駄遣いの総額を知って、カリンの説教が深夜まで続いた。

 桂華電機連合はこれ以後、合併とリストラで超修羅場に突入するのだが、それは別の話。

 このお話でのお嬢様の無駄遣い総額200億ドル。




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IBem社のPC事業

 中国企業に12億5000万ドルで買収されるのは2004年。


カリンが元居た会社

 2002年株価が最低で55セントまで下がるというほんとにヤバイ状況に。

 ただ、ここが押さえている特許はかなり魅力だったりする。


Mローズ社

 今回のお買い物の目玉。

 独占禁止法との絡みがあるからどこまで食わせるか迷うが、とりあえずこのタイミングが最高のチャンスだった。

 もっとも、ここから成長できるかどうかはまた別の話なのだが。


RPGソフトウェアメーカー合併劇

 この時期、ゲーム業界は曲がり角にさしかかる。

 セガのハード撤退に伴って、マイクロソフトがXboxを日本で出したのが2002年である。

 

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