お嬢様のいやがらせ その3

 一兆ドル。

 実は、この額を集めるだけならそれほど難しくはない。

 レバレッジを掛けた金額が一兆ドルになればいい訳で、どうせ他の金主もレバレッジを掛けた金をこっちに貸してくれるだろうからだ。


……なお、その結果大損失を出して皆が致命傷を受けたのがリーマンショックというのだけど……


 ごほん。

 話を戻そう。

 レバレッジ25倍で想定するならば、確保するのは400億ドル。

 あれ?

 これ手持ちの資金でどーとでもなるな。

 ムーンライトファンドの主要収入源が米国IT企業だったりロシア産原油だから、手持ち資金はドルのほうが多かったりするのだ。

 安全考えてレバレッジ20倍でも500億ドルだから、まぁいいか。よそから借りることが大事なのだ、この仕掛は。


「遊びに来ました!」


 立憲政友党本部。

 いやがらせの準備が整ったので、私はそこの食堂に居る。

 私も日本国民なので、ちゃんと手続きを踏めばこうやって入れるのである。

 党本部付きの記者連中もこの食堂を利用しているのでパシャパシャとカメラの音がうるさいが、気にしてはいけない。


「これを楽しみにしていたのよ♪」


 カレー。

 ここの名物らしい。

 選挙時になるとカツカレーの注文が激増するそうだが、もちろん『勝つ』のゲン担ぎである。


「おや。

 珍しいお客さんだ。

 隣、いいかね?」


「どうぞ。

 泉川副総理」


 おい。フラッシュは我慢しろよ。

 一応食事しているんだからさぁ。

 他の客に迷惑……関係者しか居ないか。ここは。


「私はカツカレーをもらおうか」


 その一言で記者連中に緊張が走る。

 副総理がこの時期にゲン担ぎをする意味を察しない人間が党本部付き記者に居るわけがない。

 こういう三文芝居もできないと政治なんてのはやってられない。

 ただ、この芝居に特化した連中である政治役者がどんどん増えてくるのもこのあたり。

 彼らも悪とは言い切れない。民意に最適化しただけなのだから。


「おいしいですね!これ!」

「だろう。

 ここでカレーを食い合って天下国家を論じ、足の引っ張りあいの手打ちを何度もしたものだ。

 立憲政友党が未だ与党としていられるのは、この本部があるおかげだと私は思っているよ」


 そんな話をしながら芝居もそろそろ佳境に入る。

 そのためにわざわざこんな三文芝居を演じているのだから。


「選挙が近い」

「子供の戯言として聞いていただけると嬉しいのですが、私は全力で副総理を応援します」


 なお、この手の生臭を昔の企業人と政治家は料亭でやっていた。

 こんな場所で芝居じみたことをする理由?

 私がまだ料亭に一人で入れないからだよ。

 酒が出るからなぁ。あの手の店は。

 マスコミの前というフルオープンで弾(現金)提供の約束をしたのだ。

 つまり、解散が近いだけでなく、泉川派が離反してもその支援を桂華グループがするとも受け取られるやりとり。

 何人か食堂から走って出てゆく。

 新聞社のデスクに電話を掛けに行ったのだろう。

 そんな周りを気にすることなく淡々とカレーを食べる二人。

 美味しいものを残すなんてもったいないし。


「ごちそうさまでした」

「また遊びに来ると良い。

 いつでも歓迎するよ」


 この芝居のポイントは選挙前に泉川派が資金面で苦労をしなくなったという所。

 つまり、その後の解散総選挙でキャスティングボートが握れるならば、与党でも野党でも就けるというのを見せ付けたことにある。

 もちろん、私は泉川副総理を焚き付けて、政界再編を仕掛けるつもりはない。

 だが、そういう事ができるというのを見せておくことの大事さは理解しているつもりだった。


「ちょっとお耳を……」


 泉川副総理の秘書がそのまま彼に耳打ちする。

 それを聞いた彼の目が細くなるのを私は目の当たりにする。


「もう少し、ここに居てもらっていいかな。

 総裁がここに来るらしい」


 ざわめく記者連中。

 動揺する議員秘書や党職員たち。

 というか議員本人の姿もちらほら。

 やっぱりあの人すげーわ。

 お膝元で政治三文芝居をやったら、飛び入りで主役掻っ攫ってゆくんだから。

 だからあの人と戦いたくはないのだけど。

 そんな事を思いつつ、党本部だから総理ではなく総裁呼びなんだなと、どうでもいい所でちょっと感心したのだった。




 恋住総理がやってきたのは、泉川副総理の秘書が耳打ちしてから十分ぐらい経過してからだった。

 総理の予定ほぼ全部キャンセルしての飛び入りだから、内閣官房今頃修羅場だろうなぁ……。

 そんな事を考えているとも知らず、いつものようにTV写りの良い彼の頭が私に向けて下がる。


「桂華院くん。

 危ない目に合わせてすまなかった」


 これだよ。

 多分成田の件のわびだろう。

 国家戦略によって私がテロの標的になったという事実があるとはいえ、私がイラク戦にガッツリ関与していたのは知る人間ならば知っている事実である。

 その上で、私と恋住総理との間に確執があると知っているこの場の連中の前で、彼は頭を下げた。

 さらりと入っているTVカメラの前で。

 今日のトップニュースとして、この国の視聴者兼有権者の前で。

 こういう事をやれる天性の勘と役者ぶりがあるから、日本国民はこの最高の政治ショーに酔ったのだ。


「頭を上げてください。総理。

 私は、この国の人間です。

 この国の民意を尊重します」


 私は手を恋住総理に差し出す。

 総理はその手を握る。

 カメラのフラッシュが真っ白になるぐらいたかれた。

 そのまま総理は泉川副総理の方に向けて告げた。


「国家存亡の秋に米国との太いコネがある泉川さんにはまだ働いてほしい。

 どうか、次も副総理として内閣の重しになっていただけないだろうか?」


 ここで言うか。それを。

 私は震え、その震えが握っていた恋住総理にも伝わるだろう。

 断れば泉川派離反確定だが、謀反のダーティーイメージがこちらに付いてしまう。

 かといって、ここで頷いてしまえば、今までと同様に恋住政権内に取り込まれ続けることになる。

 何より狡猾なのが、この時点で私が口を挟めないようにした点。

 今までのように『子供』の私に向き合うのではなく、『大人』の泉川副総理に切っ先を向けたのだ。

 泉川副総理は、政治家泉川辰ノ助として、総理に手を差し出す。


「私は既に上がった人間だよ。

 それに、政界再編なんて生臭いことより、ここのカツカレーが好きなんだ。

 離党したらここのカツカレーが食べられなくなるじゃないか」


 恋住総理は私の手を握ったまま、泉川副総理の手を握る。

 フラッシュが眩しい。カメラの音がうるさい。

 それでも、この瞬間、与党立憲政友党の最大の懸念事項が消えることになった。

 数日後。

 内閣改造リストに泉川副総理はその名前を載せることになる。




────────────────────────────────


 「恋住総理美化しずぎじゃね?」とも思うが、あの人それぐらいしそうだから困る。

 後々の評価は置いておくとして、あの時代の当事者の一人としてあの時のあの劇場に酔ったし楽しかった。

 それを書けたらと思っている。


一兆ドル

 オススメされた『ドル崩壊』(三橋貴明 彩図社)を読んでいるのだが、リーマン時のデリバティブ総額が596兆ドル。

 つまり6京円だそうな。

 ほら。ライト版(まるで某VTUBERの清楚みたいなのりで)。


党本部

 これ、『自民党が与党たりえたのはこの党本部があったからだ』という記事を読んだからなのだが、そのソース確認をしたいのだが何処で読んだか忘れたんだよなぁ。

 知っている人教えてください。

 なお、このソース探しでここのカレーとランチタイム一般開放されている事を知る。


カレー

 本当に美味いらしく、離党した鳩山邦夫さんや海部俊樹さんなどが懐かしがったというエピソードを見つける。

 今度東京に行った時に食べいこうかな。


内閣改造

 第1次小泉内閣 (第2次改造)

 そこの財務大臣は要チェックだ。

 ついに日銀砲の砲手がついたぞ……

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