お嬢様のいやがらせ その4

 いやがらせをするポイントは『勝ちにこだわらなくていい』というのがある。

 こちらが『勝つ』事ではなく、相手の『足を引っ張る』事がいやがらせの本分である。

 という訳で、相手の足を思いっきり引っ張るいやがらせをする事にした。


「あ。

 いらっしゃっていたのですね。

 御機嫌よう。おじ様」


「やぁ。

 ひ孫の顔が見たくてね。

 仕事の合間にやって来たという訳だよ」


 帝都岩崎銀行頭取である岩崎弥四郎氏と私の会見は、実家である桂華院公爵家で行われた。

 もちろん、冒頭のあいさつは枕で、二人とも真顔で本題に入る。


「五和尾三銀行食べませんか?」

「……君の所の一条君が仕掛けているから、てっきり君が食べると思っていたよ」

「食べてもいいんですけどね、今食べると総理と武永大臣に睨まれるんですよ。

 だから、うちが株式上場するまではおとなしくしていますよ」


 実にわざとらしく肩をすくめて、橘由香が差し出したグレープジュースをチューチュー。

 なお、私も岩崎頭取も全く目が笑っていない。

 こういう話ができる実に都合の良い場所がここ桂華院公爵家本家である。

 閨閥バンザイ。


「つまり、君の所が出した五和尾三銀行絡みの無担保コールを売ると?」

「あれは元々そういう仕掛けですよ」


 1.5%ものプレミアムが付いた金利を今の五和尾三銀行が払える訳がない。

 それでも、このプレミアム金利さえ呑めば無担保無制限という条件で桂華金融ホールディングスが差し出した手に、五和尾三銀行は飛び付かざるを得なかった。

 運が悪いというか自業自得というか、大口の不良債権を粉飾していた事が金融庁にバレたので、その穴埋めに追われていたのだ。

 その額はおよそ二千億円におよぶ。

 で、その二千億円の貸付が今回の話の種である。


「という訳で、うちの無担保コール二千億円で買いませんか?」

「それを盾に、帝都岩崎銀行が合併を迫るか……」

「不良債権処理が不安でしたら、そちらに私が第三者割当増資をしてもかまいませんよ」


 私の言葉に、銀行家としての岩崎頭取が私を睨む。

 エビで鯛を釣るという諺がある。

 差し当たって、五和尾三銀行というエビで帝都岩崎銀行という鯛を釣ろうという風に見えるのがこの仕掛けのポイントなのだ。

 自分が勝ちを考えてなくて良い場合は相手の足を引っ張る事だけを考えればいいから、こういう『勝ち手』を容赦なく捨てられるのが素敵。


「まぁ、しませんけどね♪」


 実にわざとらしく肩をすくめる私だが、岩崎頭取は私への警戒感を隠さない。

 この手の取引は最初に高く吹っ掛けて、次に低めの本命を投げるのがポイント。

 私は橘由香に目配せをして、岩崎頭取に日樺石油開発の資料と裏帳簿を見せる。

 岩崎財閥は政府と共にある。

 樺太の闇を一番知っている財閥はここしかない。


「経済産業省の幹部がうちに接触してきて、石油開発公団民営化の一環として日樺石油開発をうちで引き取らないかと持ち掛けてきました。

 で、調べてみたら、あそこ二兆円近い含み損があるじゃありませんか。

 こんなの押し付けられるぐらいならば、そちらに花を持たせますよ」


 日樺石油開発のメインバンクは樺太銀行だが、樺太開発に政府と共に絡み続けてきた岩崎財閥が裏で債務保証を行っていた。

 問題は、その岩崎財閥にも黙って日樺石油開発は不良債権を隠していた事で、これが炸裂したら樺太銀行はもちろん帝都岩崎銀行もただでは済まない。

 岩崎頭取はやっと私の意図に気付く。


「なるほどな。

 桂華ルールをうちが使っても問題はないな」


 前例主義国家日本。

 桂華ルールというあいまいな官民合作の不良債権処理は、そのあいまいさ故に他の銀行が適用しても問題はない。

 そして、ここでの桂華ルール適用の最大のポイントは、ルールにのっとって不良債権を整理回収機構に送れるという点。

 五和尾三銀行は不良債権隠しで金融庁からおとり潰しに等しい激烈な処分が下るのはほぼ確定している。

 それをされたら銀行業務どころではないので、あわてて合併先を探しているという訳だ。

 五和尾三銀行救済合併にかこつけて、樺太がらみの不良債権を全部整理回収機構に送り込んでしまえ。

 金が足りないのならば、私が第三者割当増資で幾らでも注いでやる。

 こう私が言っているという事に岩崎頭取は気付いて額の汗をハンカチで拭った。


「わかった。

 この話に乗ろう」


 知らずに樺太絡みの不良債権が炸裂したら、大被害を受けるのは岩崎財閥である。

 これを避ける為に、私は岩崎財閥に貸しを作った。

 もちろん、その貸しの取り立ては別の所で行う訳で。

 日樺石油開発は不良債権として整理回収機構に送られる上に、役員総退陣とやらかした人間への刑事訴追がおまけに付いて来る。

 法的整理と、それに伴う責任の可視化。

 パンドラの箱を、言い逃れできない所で第三者の立場から開けてやる。これこそ私ができる最高のいやがらせである。


「しかし、五和尾三銀行については納得したが、穂波銀行についてはどうするつもりなのかい?

 かつての危機の時ではないが、最後に残ってしまうと売り浴びせられるが?」


「そっちも色々と手を回しているのでご安心を。

 二回目ですから、いろいろ覚えていますのよ」


 年相応の笑顔を作ったつもりなのだが、鏡に映った私の笑みに橘由香がドン引きした顔が見えた。

 あれ?

 そんな笑みを浮かべたつもりはなかったのだが……




『経済産業省が民営化を決めた石油開発公団の処遇に頭を悩ませている。

 2001年12月に恋住政権下で特殊法人等整理合理化計画に伴い民営化されることが決まったものの、保有する日樺石油開発の経営不安が原因で計画が進んでいないのだ。

 一部週刊誌の報道によると、日樺石油開発は巨額の石油開発費用で二兆円近い負債を抱えており、その救済に赤松商事傘下の湾岸石油開発との合併を画策していた。

 湾岸石油開発はこの巨額の負債を理由に日樺石油開発との合併を渋っており、調整が難航している。

 経済産業省幹部は匿名の取材に応じ、「湾岸石油開発と日樺石油開発の合併は和製メジャー設立の第一歩となる。必要ならば民営化する予定の石油開発公団そのものまで含めた組織の再編を……」』




────────────────────────────────


 この話を書く際に、この監査でUFJ銀行を潰し『半沢直樹』のモデルの一人になったお方が亡くなったことを知る。

 ご冥福をお祈りします。


 https://biz-journal.jp/2019/12/post_132396_2.html


 なお、このお話ではお嬢様が頑張ったので、赤字額が半減している。

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