大ハード中 表

 成田空港にて足止め。

 それも列車内で足止めというのは、快適に過ごせるラグジュアリークラスと言えども、イライラするものである。

 しかも、それがテロと来たものだからいつ終わるか分からない。


「はい。

 こちらは籠城現場です。

 散発的に銃撃音が続き、警察側が応戦しています。

 分かっているだけでも警察側に負傷者が数人出ており、周辺住民の避難と合わせて……」


「こちら成田空港です。

 空港の閉鎖だけでなくテロという事で利用客は不安そうな顔で再開を待っています。

 安全が確保された道路から臨時のバスが出ていますが、籠城現場近くを通るため、帝国鉄道及び私鉄の双方が止まっており……」


「警察庁は、この事件に対して広域機動隊の投入を決定。

 都内各所の警備を強化すると共に、改正警備業法により都内の警備会社を指揮下に入れる命令を発動しました。

 送られる機動隊は……」


「官邸は総理をトップとする対策本部を設置し、事態の解決に全力を挙げると官房長官のコメントが発表されました。

 また、米国大使館からは、『同盟国の危機に対応する準備がある』という声明が発表されています。

 在日米軍基地から、テロ対策部隊の編成に入ったという未確認情報が……」


「この件で防衛庁は習志野の部隊に非常招集が掛かったとの報告が……」


「現在の警察の武装で彼らテロリストに対抗できるのか?

 自動小銃や対戦車ロケット弾まで持っているという未確認情報もある」

「じゃあ、かつて存在した帝都警の二の舞を演じさせるつもりですか?

 第二次2.26事件みたいになったら、国際社会に対する我が国の信用は失墜するぞ!」

「それ以前に、現状テロ組織を鎮圧できていない警察の火力を問題とするべきです!

 長野の事件と違い、人質も居ないのに手間取っているのは、彼らが自動小銃で武装しているからに他なりません!

 今こそ、対テロ対策の特別部隊の編制が必要なのです!」

「警察は対テロ対策部隊を持っています!

 この程度のテロならば、十分対処可能です」


 TVの全てがこの事件を映していた。

 橘からの連絡でこの銃撃戦がテロではなく事件であるというのは理解しているのだが、そんな情報はテレビの画面に映るロシア人らしい男たちが自動小銃を乱射する姿の前には無力である。

 警察側は人質も居ない事もあって、相手を消耗させて叩くつもりなのだろう。

 つまり、しばらくは電車の中に監禁確定である。


「今入った情報です。

 今回のテロに対してイスラム過激派が犯行声明を発表しました。

 今回のテロは米国と関係が深く戦争を扇動した桂華院瑠奈公爵令嬢を狙ったものであり、その桂華院瑠奈公爵令嬢は現在所用で成田空港に来ていた……」


「誰だ!この情報を流した馬鹿は!!!」


 たまらず夏目警部が叫ぶ。

 最悪の情報漏洩にエヴァ以下メイド連中の顔色が真っ青である。

 よりにもよって、テロリストの目的が正当化されてしまった。

 これで、この事件はテロに格上げされる。


「流したのは、欧州の王室ハンターのパパラッチですね。

 こっちのスケジュールを追っ掛けて、成田に向かったのがバレたんでしょう。

 あと、掲示板の鉄道スレにお嬢様が乗った列車が時間と共にUPされています。

 専用列車が九段下から出たのはマニアなら分かるから、その乗客はお嬢様で決まりと。

 欧州のメディアがパパラッチから情報を買って報道に踏み切り、それをきっかけに報道協定を無視して各社が追随と。

 ……これ、報道協定破りにパパラッチを利用した国内メディアの線ないですか?」


 ノートパソコンで情報を収集していた野月美咲があきれ顔でぼやく。

 彼らにとっては、スターが事件に巻き込まれたというニュース性が大事であって、そのスターの安否は大事ではないという訳だ。

 そして、こうなったからにはその先に待っている事態が容易に想像できた。


「全部の出入り口を封鎖しなさい!

 入ってくる馬鹿が居たら容赦なく捕まえる事!!」


「マスコミ連中が入り口に押し寄せています!

 お嬢様へのインタビューをだそうで……」


「空港利用客がこっちに押し寄せてきます!

 ここは安全なんだから避難させてくれと……」


 最悪だ。

 不安が方向性を持って押し寄せて来やがった。

 記者連中を押し返すだけならどうとでもなったのに、テロへの不安が安全地帯にいるだろう私というアイコンを得たことでシェルターであるここVIPホームに殺到しようとしていた。

 押し問答の混乱の果てに記者連中の前で民間人に怪我とかさせてみろ。

 最悪の絵面をクーデター側に与えかねない。

 PHSが鳴る。

 見ると、栄一くんからだった。


「もしもし?」

「瑠奈。無事か?」

「今の所はね。

 心配してくれて、ありがとう」


 挨拶だけだが落ち着いてゆく私が居た。

 そんな落ち着きも、次の台詞で吹き飛ぶのだが。


「俺も今成田に来ているんだ」

「っ!?

 またどうして!?」

「TIGバックアップシステムの東海岸の幹部がこっちに来るんだよ。

 出迎えついでに色々話を聞こうと思ったらこれだ。

 そっちに籠もっていた方が安全ならいいが、成田近くのホテルを押さえた。

 万一の際はそっちに逃げ込んでおけ」

「ちょっと待って」


 一度保留にして、栄一くんの電話越しの提案を話す。

 その上で私は確認を取る。


「列車は出発できないの?」


「無理です!

 テロリストが居る建物から線路が見える位置にあるらしく、もし奴らがRPGなど持っていたら射程内に入るとか……」


 轟音が轟いたのはその時だった。

 振動と共に橘由香が私を倒してかばう。

 車内にいた私たちにも感じたのだ。

 爆発はかなり大きかった。


「何が起こった!?」


「コインロッカーで爆発が起きたそうです!

 現場が混乱して封鎖が維持できません!!」


 かばった橘由香を起こして私は覚悟を決める。

 体は震えているが、声は凛として己が公爵令嬢であるという仮面を信じて、その演技を続ける。


「かまいません。

 避難する人たちを受け入れてください。

 私達は成田のホテルに避難します」


「お嬢様!?」


 エヴァや橘由香や久春内七海の反対の声と視線を押し切るように私は声を強める。

 そういえば、こういうシーンを映画で撮ったな、なんて思いながら。


「記者の人たちには三十分後に記者会見を開くと伝えてください。

 とにかく、現場後方のここで混乱が起きると、現場にまで波及します。

 それは致命的にまずいわ」


 この事件はテロとして処理される。

 その際に『米国の戦争に協力しすぎる』という形で野党から総攻撃を受けるのが見えていた。

 世論を味方に付けておかないと、下手したらこの一件だけで押し込みクーデターの理由になりかねない。

 この場の最上位者である夏目警部とエヴァに私は向き合う。

 ドラマのように凛と強気に押す。

 理と情と上に立つ者の責任をもって。


「夏目警部。エヴァ。

 私は皆様の事を信じます。

 だから、私の仕事をさせてください」


 夏目警部はキャリア警察官僚だ。

 こっちの内部を把握した上で、彼の警護対象が身を晒す政治的意味を理解してしまっていた。

 やけに近い声で許可を出す。 


「分かりました。

 お嬢様の許可が下りた、ホームまで避難者を誘導しろ!

 列車内には入れるなよ!

 入れる人間のボディチェックは念入りに行え!」


「記者クラブを通じて、記者会見のセッティングを行います。

 短い声明と質問は三つまで。

 場所はVIPホームの改札口前で!」


「避難誘導を始めろ。

 まず避難者をホームにまで入れて、次にお嬢様を外に出す。

 爆発の確認はどうなっている?

 退路の設定と掃除は入念にするように!!」


 夏目警部の許可を経てエヴァの声と北雲涼子の声が続く。

 映画だと、多分この次が山になるんだろうな。

 栄一くんとの通話を再開する前に、そんな事を他人事のように思う私が居た。




────────────────────────────────


タイトルで察して欲しい

このタイトル何処かで見たなと思ったら、火浦功先生の本のタイトルだった。


長野の事件

 あさま山荘事件。

 佐々淳行『東大落城』『突入せよ!あさま山荘事件』あたりを読むと、あの時期の現場と会議室の空気がとても良く分かる。

 で、それを解決する為に会議室側の大将を現場に送り込む方式が……ああ。『踊る大捜査線』の管理官制度このあたりに源流があるのか。

 トリビアだが、日本の機動隊の対暴徒戦術は当時の香港警察から技術を教えてもらっていた。


警察のテロ対策部隊

 SATとSIT。

 この世界では警察軍として帝都警があり、それが第二次2.26事件と共に解体されている訳で。

 ダッカ事件を何処に挟むかなぁ?

 これらの部隊が再設置された際に、そのあたりを考慮した結果有機的な動きができないという日本的構造欠陥にぶち当たるというそんな感じ。

 あやふや設定だが、また後で決める予定。


習志野

 自衛隊習志野第1空挺団。

 第二次2.26事件で治安出動し、鎮圧の切り札となったという設定。

 こいつらに待機命令が出ている時点で、官邸がこのテロ事件の鎮圧に自衛隊を使うことを視野に入れているというこだわり。

 もちろん、警察は面白くない訳で。

 ほーら。日本組織特有の縄張り争いが。が。


マスコミ

 このあたりはタイトルにもあるが『ダイ・ハード2』のオマージュ。

 報道協定破りに海外のマスコミを利用し、パパラッチから大衆紙やケーブルメディアにリークし、そこの報道を転載する事で報道協定を無実化するテクニック。

 これ、後々大問題になるのだが、この時期のマスコミにそれを指摘する者も注意する者も居ない我が世の春状態だった。

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