成田空港郊外テロ事件 裏

「どうなっている!

 テロ組織は九段下に来るんじゃなかったのか!?」


 九段下交番で小野健一警部が電話向こうの前藤管理官に怒鳴る。

 向こうも混乱しているのが分かる。

 米国情報機関経由で桂華院瑠奈の殺害と九段下ビルへの襲撃が警告され、全ては彼女を逃がすための欺瞞だった。

 問題なのは、その仕掛けに絡んでいる複数の犯罪組織の糸である。


「そっちは粗方捕まえた。

 成田のやつは別件だ」


「別件!?

 何処だ?」


「ロシアンマフィア。

 こっちの方がやばい」


 ソ連崩壊後から勢力を拡大させた彼らは、英国と日本を足場にアンダーグラウンドなワールドビジネスを展開。

 今や、犯罪組織への武器供給と麻薬運搬の分野で世界的に大きなシェアを誇り、マネーロンダリングの三割は彼らが絡んでいると言われている。


「米国経由で知らされた襲撃計画は、今、世間を騒がせているイスラム過激派に所属するロシア国籍を持つ輩が樺太経由で密入国して、本土に上がって九段下へ襲撃するというやつだった。

 大規模なものではなく数人規模の自爆テロで、イラクの戦いにおいてアイドルとして大統領を支援していた彼女を殺すことでこの国を戦争から離脱させたいというのがその意図だ。

 それを察知して、奴らのアジトである都内ボートハウスを急襲、これを鎮圧し逮捕した。

 他にいるかもしれんからまだ気は抜くなよ。

 ここまではいい」


 一度ここで前藤管理官は言葉を切る。

 そこから、現在の成田の状況に繋がる話になってゆく。


「問題はこの国の本土で武装を整えるのはテロの警戒もあって難しい。

 そこで、武器の調達をロシアンマフィアに頼んだ。

 今、成田空港郊外で発生しているのはそいつらの武器庫の一つだ」


「武器庫の一つ?」


 聞き捨てならない言葉に小野警部が怪訝そうな声を出す。

 前藤管理官は指示を飛ばしながら、話を続ける。


「……令状を用意して、他の所にもガサを入れろ!

 こうなった以上、一気に踏み込むぞ!!

 すまん。

 何処まで話したか?

 そうだ。

 武器庫の話だ。

 北日本併合後、ロシアンマフィアが樺太や北海道を基盤に勢力を拡大させてきたのは知っているだろう?

 その過程でヤクザ連中と軋轢を繰り返していたやつらは、兵隊崩れを大量に組織化して関東に進出してきた。

 まだ調査中だが、奴らはロシアが本拠なものだから、こっちでもなかなか全容が分からん。

 元々は、そのロシアンマフィアが土壇場でこちらの司法取引に応じてテロリスト共を売った所から始まるんだが、奴らは奴らでテロの計画をしていたらしい。

 で、テロリストもテロリストだ。

 裏切られた報復として、その計画をこちらに漏らした」


 ヘリを用いなかったのは、ロシアンマフィアが用意した武器類にロシア製のRPG-7が持ち込まれていたからである。

 それらが北海道で摘発された事もあって、万一を考えてヘリを避けたというのが真相だった。


「それが、成田か?」


「その通りだ。

 成田空港反対派の連中と繋がっているならまだ掴めたんだが、イスラム過激派とは別口のクライアントが居るらしくあまり確証は持てん。

 はっきり言うが、事、こうなった以上、あのお嬢様は一度桂華院本家に逃げ込ませろ。

 駒が大きすぎて他の動きが混乱しているんだ。

 官邸も米国大使館も、お嬢様の安否に気を揉んでいる」


 テロの標的として避難させたはずが、別のテロの現場に出くわすという不運。

 皮肉にも彼女を逃がす計画では、都内が危ない場合は成田経由で千歳空港に飛び、夕張市に作られた桂華グループのゲーテッド・コミュニティに逃がす手はずだったのである。

 まさか空港がテロ騒ぎで閉鎖するとは想定外以外の何物でもない。


「おい。前藤。

 俺とお前の仲だろうが。

 ロシアの連中が成田で何を企んでいたのか、聞かせろ」


 沈黙の後、確認の脅しを言う。

 それを聞かないのはこの二人の付き合いの長さを物語っていた。


「署長の椅子ふいにするぞ?」


「この交番の主ですら俺には大きすぎる。

 それよりも刑事の勘がそれを聞けと俺に囁くんだよ」


 現場一筋。

 彼はその勘によってここまで来た。

 それを裏切るつもりはなかった。


「あのお嬢様が家から出た表向きの理由だよ。

 ロシアンマフィアの奴ら、成田に降りてくるアンジェラ・サリバン桂華証券取締役の殺害を依頼されていた。

 彼女は、あのお嬢様の貯金箱であるムーンライトファンドにアクセスできる米国側の監視要員だ。

 その彼女を殺せと言ったやつが居る」


 この騒動で彼女が乗っていたビジネスジェットは羽田に緊急着陸した上、米国大使館に逃げ込む事が決まっていた。

 北米部門統括役員である彼女が日本に戻ってきたのも、彼女のボスであるお嬢様に会うため。

 その彼女は樺太絡みのマネーロンダリングについて探っていた。

 この騒動の中心にあの少女、桂華院瑠奈が居る。


「もう一つだ。

 奴らが武器を運び込んでいたのは分かる。

 それを誰に売ろうとしていた?」


 質問ではない確認。

 これはテロではなく事件なのだ。

 銃撃戦が発生しているがつまりはそういう視点で見ないと足元を掬われる。

 けど、花火の大きさに多くの人間がきっとこれを見間違う。

 事件ではなく、テロとして。


「成田という事は空路国際線を用いてという事だ。

 チャイニーズマフィア相手に、麻薬と交換されていた。

 銃撃戦に使われているのもそれだ。

 奴らの倉庫は、武器庫兼麻薬の貯蔵施設でもあったという訳さ」


 東南アジア黄金の三角地帯にて精製された麻薬は、世界的に大きな輸出シェアを占めていたアフガニスタンがジェノサイドで荒廃したことによる供給不足もあって飛ぶように売れ、それがシベリア鉄道経由で欧州に持ち込まれているのだった。

 成田空港はチャイニーズマフィアとロシアンマフィアの取引現場であり、空路米国へという狙いもあったのだろう。

 樺太では、そこでの取引に使われる金を綺麗にするマネーロンダリングが行われている。


「わかった。

 こっちの聞きたいことは聞いた。

 今度酒の席でぐちを聞いてやる」


「その時は高い酒を奢らせてやるからな。

 ……無茶はするなよ」


 小野警部は受話器を置く。

 無言で何も言わずにスピーカーから聞いていた橘隆二と九段下桂華ビルの警備責任者である中島淳が頷く。


「小隊を編成して、桂華院本家の警備に向かいます」


「本家の方には私から連絡します。

 小野警部。

 無理を言って申し訳ありませんでした。

 高い酒はこちらで用意いたしましょう」


 多分前藤管理官もこの二人が近くにいる事を理解して話せる所まで話してくれたのだろう。

 それは、これでこの混乱が終わらないという事を直感的に理解しているからだ。

 二人が去った後も、小野警部はこの部屋から出ない。

 現場一筋の彼の今の仕事は、この交番を九段下桂華タワーを守ることだからだ。


「今日は、長い一日になりそうだな……」


 そんな事を言いながら、彼は煙草を口にした。




────────────────────────────────


ロシアンマフィア

 今回の敵の一つ。

 調べてみたらかなり洒落にならん連中でびっくり。

 『ブラック・ラグーン』のホテルモスクワがまさにこいつら。

 要するに、こういう連中に瑠奈は絡まれた訳である。


RPG-7

 ゲームではない。

 ソマリアでグラックホークが墜落する原因になった対戦車ロケット。

 アンジェラ殺害は着陸時の飛行機を狙うつもりだった模様。

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