子供って大人って

 大学の授業のレポートを持ってきたついでに、神戸教授のゼミ室に寄る。

 行くことは伝えていたので、久しぶりに神戸教授と話をする事ができた。

 どうやら、桂華グループのごたごたは彼も知っていたらしい。


「持てる兵で天下を治められるはずなのに、織田信長は明智光秀に討たれた。

 ローマのすべてを握っていたはずなのに、カエサルはブルータスに刺された。

 これをどう考えるかい?」


「世の中に絶対はない?」


「その捉え方もいいが、今の君の為にこんな言葉を用意してみよう。

 『どんなことにも理由が存在する』とね」


 メイド姿の一条絵梨花が私たちに紅茶を入れる。

 その紅茶を堪能した後、神戸教授は言葉を続けた。


「君の支配する桂華グループは組織として致命的な欠陥が存在している。

 何だか分かるかい?」


「頂点にいる私に組織を支配する権限が何もないという事」


「正解」


 つまる所、チートだろうが忠誠心がある部下を持とうが大金を持ってようが、組織が組織として機能する為にはその組織に属していないといけない訳で。

 このクーデター騒ぎの根本的原因である組織の所属。

 実は公的な身分となると栄一くんたちと立ち上げたTIGバックアップシステム、つまり桂華電機連合の傘下にある子会社の副社長でしかないのが問題なのだ。

 我が桂華グループは、権限がない私の指示の元で橘や一条や藤堂たちが動かしている、といういびつな構成で成功し続けたからこそゆがみが発生していた。


「あれ?

 お嬢様、ムーンライトファンドを所有しているんじゃないですか?」


 横で聞いていた一条絵梨花の質問に私が答える。

 その時はこれが最善だったのだ。


「持っているけど、お金の引き出し、それも数千億単位の現金なんて子供が扱わせて貰えると思う?

 保護者という形で橘や一条が引き出していたのよ。

 何よりも、ムーンライトファンドという『組織』は公的には存在していません」


「え!?

 じゃあ、九段下のビルににいる人たちは何なんです!?」


「だから、桂華金融ホールディングスや桂華商会資源管理部からの出向社員。

 あの人たち、まだちゃんと元の会社の籍が残っているのよ」


 私の説明を神戸教授が補足する。

 この人、経営組織論もやっているらしい。

 天才と組織の関係が元々の研究テーマだそうな。


「何かやらかした時に君に害が及ぶのを避けるためだね。

 事実、それはうまくいったし、今も有効に作用している。

 いや、効きすぎていると言うべきかな?」


 組織改編と恋住総理との政争で一敗地に塗れた結果、私に害が無いようにという防御機構が過剰反応している。

 このクーデター騒ぎはそういう見方も出来なくはないのだ。


「その解決策は簡単だ。

 君がそれらを束ねる職に就いてしまえばいい。

 ただし……」


「権利には責任が伴う。

 こうやって教授とお話する時間なんて無くなるでしょうね」


 あまりに巨大になりすぎた桂華グループの全てを束ねる。

 そうすれば誰にも文句は言われなくなるが、同時に全ての責任を背負うことになる。

 それに取られる時間はあまりにも膨大だ。 


「そう。

 人はそれを『大人になる』と称する訳だ」


 神戸教授が楽しそうに言うので、私はふと尋ねてみたくなった。

 子供ではあるが、魂は大人である私という存在にとって、子供と大人の違いを。


「大人って何なのでしょうか?」


「中々難しい質問だ。

 君は世界を動かせるし、その責任も取れるのは知っている。

 けど、君を子供として認定しているのは、社会であり法律なのだよ。

 社会と法律。

 それが君を縛っているものの正体だ」


 私の質問に神戸教授が楽しそうに答える。

 実際楽しいのだろう。

 煙草に火をつけて吸わずに灰皿において、言葉を続ける。


「君がどれだけの事を成したとしても、世の多くの大人たちが君の言葉を真に受けるとは思えない。

 だって見た目が子供だからね。

 きっとこう言うに決まっている。

 『馬鹿な事言っていないで、おとなしく学校に行け』とね。

 その時には、人生経験が足りないなんてしたり顔で言うかもしれないな。

 自分ができなかった事を未来の君たちに解決されるのが嫌だ、という理由があるのかもしれないよ」


 この人は天才に憧れているのだろうなとふと思った。

 その天才が社会を法律を変えてくれるのを期待してるのだろう。

 その天才が自分ではないことを自覚した上で。


「そうやって社会は回り、法律はそれを整えてゆく。

 どうするかい?

 君が本当に望むなら、社会を、法律をぶっ壊すことができるかもしれないよ」


 神戸教授は言外に言っている。

 それをぶっ壊して大人になれと。

 そうすれば、社会と法律は、世界は私の思うがままだと。


「大人になったら責任が付いて回るじゃないですか」


「そりゃそうだ。

 大人が大人たりえるのはその責任を取るというか、取らされる所にあるのだから」


 責任を取るという事は決断を迫られるという事だ。

 大企業の巨大プロジェクトの成否によっては、その会社の命運すら左右する。

 私の決断に、桂華グループ十数万人、その家族も入れれば百万人ぐらいの人生を背負うことになる。

 それが大人になるという事。


「今までとあまり変わらないと思うのですけど?」


「とんでもない。

 すべての決断を迫られ、すべての責任を背負うんだ。

 歴史は、そういう人間の事を独裁者と呼ぶがね」


 神戸教授が真顔になる。

 その顔を見て私も一条絵梨花も身を引き締める。


「桂華院くん。

 君はまだ子供だ。

 少なくとも、社会と法律はそう君を定義付けている。

 だから総理は君を子供として叱った。

 間違っている方向に進む子供を叱るのは大人の義務だからね」


「私の何が間違ったのでしょう?」


「勘違いしてはいけない。

 君自身の選択に間違いは今の所はないだろう。

 権力の毒が回った未来は知らないけどね。

 間違っているのは、君自身の立ち位置だ」


「立ち位置」


 神戸教授はあっさりと私の核心に迫る。

 総理が私の核心を見抜いたように。

 それが大人なのだろうなと私はその時思った。


「だって君、自分の幸せを全く考えていないだろう?

 結構君と話しているけど、君から自分自身の夢や幸せや将来なんて聞いたことがないよ。

 そりゃそうだ。

 少なくとも、君は桂華グループを背負っていると自覚し、責任を取れるように身の回りを常に綺麗に維持していたのだから」


 神戸教授は諭す。

 彼が信じている真逆の言葉を使って。

 それが大人であると私に伝える為に。


「桂華院くん。

 この国は、今の世界は、多数の大人たちが試行錯誤を繰り返して、少しずつ前進させてきたものの集大成だ。

 君一人の力で世界は変えられるだろうが、それは君が世界の犠牲になるという事でもある。

 桂華院くん。

 あえて言うよ。

 君は、君の幸せを求めてもいいんだ。

 世界より、歴史より、君の側に立つ人を選んでもいいんだ。

 君は子供なのだから。

 大人になって、子供の理不尽が襲ってきた時の魔法の言葉を教えてあげよう。

 『あきらめろ。大人たちもそれを受け入れてきた』ってね」


 その優しさを受け取りたい私が居た。

 それを受け取ってしまったら、未来の破滅を神戸教授の魔法の言葉と共に受け入れざるを得ない私が居て、私は首を縦に振ることができない。


「天才過ぎるというのも難儀なものだね。

 先が見えるから、その魔法の言葉を拒否するか」


 神戸教授は、そう言って苦笑するだけだった。




「あれ?

 瑠奈もこっちに来ていたのか」


「栄一くんも来ていたの?

 そういえば、同じ授業受けていたわね」


 神戸教授のゼミ室から退室後、他のレポートを提出する為にレポートボックスの所に行くと栄一くんと出会う。

 背の高い男女の間で明らかに背が低い二人が話す違和感たるや。

 しかも、この二人が持っているレポートは、この大学の学生たちが苦労する授業のレポートである。


「時間あるか?

 ちょっとこちらのカフェテリアに行ってみたいと思うんだが、一人じゃ少し……な」


「しょうがないわねぇ。

 ここのデザートのパフェで手を打ってあげるわ」


「俺の奢りなのか!?」


 そんなやり取りを楽しいと思ってしまう私がいた。

 栄一くんたちと一緒に大人になりたいと思ってしまう私がいた。

 だからこそ、このクーデターに後手に回っていると自覚してしまう私がいた。




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タイトル

 熊谷幸子の曲から。

 アルバム『Good Morning Funny Girl』に収録。

 で、書くために確認したら逆に覚えていた事が発覚。


馬鹿な事言っていないで、おとなしく学校に行け

 ジェレミー・クラークソンがグレタ・トゥンベリに答える https://togetter.com/li/1411391 より。

 あまりに見事な大人の優しさと最後のジョークに私はもうメロメロである。

 世界を変えられるだろう瑠奈にも多分彼はこれを言う。

 前の挿入話、ガンダム種のラクスの事を書いたが、キラやアスランやラクスやカガリに必要だったのは彼みたいな大人だったんだろうなぁ……


 なお、気づいている人はいるだろうけど、このお叱り、なろう転生チート完全否定であるwwwww

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