Fille du duc corps de ballet act0 その2
岡崎祐一の行動調査には、当たり前だがCIAの東アジア部門が動く。
それは、他の同業者の存在を確認すると共に、彼らにもCIAが動く事を教えることになった。
「岡崎が横浜で中華を食べに行く店のあの娘のデータは?」
米国大使館のCIA用オフィスにてエヴァ・シャロンが情報を求める。
そこに書かれていた事をユーリヤ・モロトヴァが読み上げた。
「劉鈴音。
樺太華僑の大物の娘ですね。
元々、岡崎が行っている店は香港華僑のネットワークの一つで、彼女もそのネットワークの系列です。
付き合いはそこそこあるみたいで、年の離れた兄と妹みたいだと従業員が漏らしているのを盗聴できました」
この辺り、米国は覇権国家であるがゆえに情報の入手は容易だが、情報解釈には劣るという点をさらけ出していた。
華僑の大物の娘がどうして接触しているか?
それ以前に、岡崎はどうして華僑のネットワークと繋がっているのかが見えていないからだ。
「で、同業者の情報は?」
「イリーナ・ベロソヴァ。
留学生として来日し、現在は岡崎祐一が横浜に行く際に使うコンビニの店員として働いているという設定です。
彼女は月に一度ロシア大使館に顔を出し、コンビニにも在籍していますが、出勤日数は週一あるかないかという所ですね」
「で、その出勤日は彼が横浜に行く時でしょう?」
エヴァの確認にユーリアは薄く笑って肯定する。
人は自然と行動をルーチン化する。
そういう無意識のルーチンこそ一番狙われやすいのだ。
「あと、我々を探っている探偵を確認しました。
どうも桂華グループの依頼で、お嬢様の関係者に悪い虫が付いていないかチェックしているみたいで」
「我々が悪い虫に見えたか。
向こうも一応警戒はしているみたいね」
状況は整理できた。
ここからはどうやって、岡崎に近付くかである。
もちろん、相手の足を引っ張りながら。
「横須賀米軍の関係者の娘ってのが一番楽な設定ですね」
動くユーリアは口に出しながらストーリーを紡ぐ。
そこからはよくあるお決まりのパターンに沿わせる。
「誰かに襲われて、たまたま居た岡崎に助けを求めて……
定番ですが、そこから先は会話と体でどうとでもなります。
同業者への妨害ですが、外国系マフィアの抗争にかこつけて、意地悪をする程度で」
政商と呼ばれるほど日本政府にがっつり食い込んでいる桂華グループの場合、あまり悪さをすると日本政府からの抗議という必殺技を食らう羽目になる。
というか、お嬢様の耳に届いてお嬢様が報復を決意した場合何をやられるか怖いというのが本音だった。
少なくとも二人は、お嬢様こと桂華院瑠奈と岡崎が組んで米国市場を大暴落させた挙句に数百億ドルの荒稼ぎをした事を忘れてはいなかった。
「『我々が手を付けたから引け』程度の意地悪ね」
「この国のことわざではないけど、『藪をつついて蛇を出す』のはやめようと」
で、そんな彼らにとって自制したストーリーがこれである。
「横浜で中華系マフィアとロシア系マフィアの抗争が勃発して、たまたま中華街のお店が襲われる。
その報復でロシア系への嫌がらせが発生し、コンビニ前で私が嫌がらせにあった所を岡崎に助けてもらうと」
「その途中でちゃんとコンビニにダメージを与えておくのも忘れないでね。
あと、申請用の作戦名だけどどうする?」
エヴァの付け足しにユーリアは頷いたが、言葉は出ない。
作戦名というのは全部ばれるようなものだといろいろ不都合があるのだ。
かといって、まったく関係ないものから付けると今度は作戦関係者が覚えないという本末転倒が待っている。
無言のままユーリアが両手を上げて任せたと言ったので、エヴァはそういえばお嬢様がこの間見ててげらげら笑っていた映画の人形の名前を付ける事にした。
「じゃあ、作戦名は『ボーパルバニー』で」
こうして、ハニトラ作戦は実行に移された。
そして、作戦名『ボーパルバニー』は大失敗に終わる。
神奈川県警から連絡が入ったエヴァとアニーシャ・エゴロワが頭を抱えながら加賀町警察署に向かうと、会議室では関係者の空気は最悪に近かった。
視線を合わせようとしないユーリアとイリーナ・ベロソヴァ。
自分は第三者ですとばかりに澄ましている劉鈴音。
笑みを隠そうとしない岡崎と眺めていたら、エヴァの前に今回の警察側の責任者が現れる。
「外事課の前藤と申します。
別名をどこぞのお嬢様係ともいうのですが。それ以上の説明はいります?」
「結構です。
一応お嬢様のお側に仕えているので。
説明していただけますよね?」
「こちらもです。
面倒ごとはまとめて片付けましょう」
なお、やってきたエヴァとアニーシャも視線を合わそうともしない。
ユーリアとイリーナのように。
「話は簡単なものでして。
どこかの組織が相手組織の邪魔をする程度にアンダーグラウンドの組織に金を流した。
で、その組織筋が悪かったんでしょうな。
代金の二重取りを企んだ」
前藤の言葉に仲良く頭を抱えるエヴァとアニーシャ。
この手の物事は計画通りにうまく行く事の方が少なく、大体は関係者の右斜め下の行動から失敗につながることが多い。これはそんな話。
劉鈴音は声を上げずに腹を抱えて笑っているのだが、だれも止めようとしない。
「で、それが中華街の連中にばれて、馬鹿がコンビニに逃げ込んで騒ぎを起こし、それが組織の事前行動と合致したためにユーリアさんとイリーナさんが巻き込まれ、やってきたのが白馬の騎士ならぬ白黒のパトカーだったと。
これ以上の説明いります?」
「……」
「……」
沈黙を確認した前藤は淡々と手続きを進める。
もちろん手を動かしながらチクチク嫌味を言うのも忘れない。
「どうせこの一件、外交案件かお嬢様案件としてもみ消されるのでしょうけど、神奈川県警はカンカンで、私は横浜くんだりまで呼び出された訳でして。
動くなとは業界的に言えませんけど、もう少し隠す努力はやってくれませんかねぇ……」
という訳で、内心オコな公安前藤を前にして洗いざらい吐かされたエヴァとアニーシャの二人。
しょげ返るユーリアとイリーナ、大爆笑する劉鈴音と岡崎。
という訳で、もう一人の当事者である岡崎が裁定をする事になった。
「仕方ないですね。
こんな話、お嬢様の耳に入ったらどうしようもないので貸しにします」
エヴァとアニーシャの額に汗が浮かんだが、この場を丸く収められるのは岡崎しかいなかったのも事実である。
「俺へのハニトラを名目に、お嬢様の側近団のテストをしていた。
そういうことにしておきましょう。
こうなった事で、ユーリアちゃんとイリーナちゃんだっけ?
裏切れないでしょう」
笑顔で言ってのけた岡崎の凄みに、その二人がびくりと震える。
エヴァとアニーシャはそれを耐えて見せたのだが、NOといえる訳もなかった。
「岡崎にハニトラですってぇ!
あはははははははははははははは……馬っ鹿じゃないの!」
その夜、そうやってカバーされた物語を岡崎・エヴァ・アニーシャが報告し、案の定桂華院瑠奈は大爆笑してそれ以上つっこんでは来なかったのである。
「劉さん。
聞きたかったことがあるのだけど?」
「私も」
「もっと気楽にしていいですよ。
今日から同じお嬢様の側近団の仲間じゃないですか」
桂華院瑠奈と側近団の初顔合わせの席。
ユーリアとイリーナの二人は苦々しい顔で劉鈴音に尋ねる。
「なんであの一件、あんたは無関係なのにここに入ったんだ?」
「簡単な事ですわ。
あの人、香港で名を売ってから、取り込めって指示を受けていたんですよ。
2000年に」
香港で売った名前が香港華僑に聞こえ、取り込むならば同国内扱いである樺太華僑が動く訳で。
華僑の国を超えるというか、国を信用できない血縁・縁故社会を米露諜報機関は見誤っていた。
で、はるか前から罠を張っていた華僑たちの前に、米露が見事に網にかかった訳で。
岡崎は取引とばかりに劉鈴音をお嬢様側近団に投げ捨て……もとい送り込んだ。
「まさか……」
「ああやって岡崎さんを定期的に店に招いたのは……」
「彼がマカオで美味いって言った鶏料理、しっかり習得していますのよ。私」
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Q なんでこんなタイトル?
A プリンシパルがオペラのトップの意味があるから、『お嬢様のモブ』みたいな意味を出したかった。
で、一番の下っ端があの言葉で、元が仏語だからと公爵令嬢部分も仏語にして私も読めなくなったと。
ボーパルバニー
ニコニコ大百科をペタリ。
ボーパルバニー - ニコ百 https://dic.nicovideo.jp/id/4829025 #nicopedia
ふざけ切っているけど、時代考証はガチなんだよ。
というか、こういうのをBBCでやるというのがいろいろと……
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