Fille du duc corps de ballet act0 その1

 米国大使館会議室。


「企業買収によって事業を急拡大させてきた桂華グループはその内部が固まっておりません。

 そのため、中にどんな人間が居るのか?

 さらに、どういう人間が潜り込んでいるのかが分からない状態になっております。

 これに対して、桂華グループを実際に差配している橘隆二桂華鉄道社長は、米露の監視を受け入れる事で内部を固める……というよりも彼のお嬢様である桂華院瑠奈を守ろうとしています」


 窓のない会議室に居るのは五人。

 米国大使に、今回の工作の立案者である米国から来た東アジア部長。

 作戦の説明をする情報分析官はエヴァ・シャロンとユーリヤ・モロトヴァで、もちろんスーツ姿だ。

 情報分析官の言葉に、米国大使が確認の質問をする。


「という事は、橘氏にとって事業よりもお嬢様の身の安全が優先されるという事か?」


「その通りです。

 少なくとも、桂華院家内部においては、桂華グループと桂華院瑠奈のどちらかを取れと言うならば、間違いなく桂華院瑠奈の方を取るでしょう」


 情報分析官の言葉にエヴァ・シャロンが乗る。

 アンジェラが桂華金融ホールディングスという表の顔に飛んだ事で、彼女がこんな所に来る羽目になっているのだが、上役を相手に嫌そうな顔をできる訳もなく。


「問題なのは、その公爵令嬢たる桂華院瑠奈様ご自身がその事に気付いていない、いえ、気付いていないふりをし続けているという事です。

 あのお嬢様は今や、米露にとって監視対象であると同時に護衛対象になり果てました。

 それは、彼女が率いる巨大コンツェルンである桂華グループ内部に我々のような連中を受け入れる事を意味します」


 東アジア部長がため息をつく。

 そこからは東西冷戦から続く伝統芸みたいなものだからだ。


「そして待っているのはお仲間作りと相手の足の引っ張り合いか……」


 米国は桂華院瑠奈の秘書にアンジェラ・サリバンを送り込むという大成功を収めたのだが、それでも古川通信を巡るお嬢様の逆襲を阻止できなかった。

 監視体制の強化もしなければならないのだが、今度は肥大化した組織に人間が追い付かず、桂華金融ホールディングスにアンジェラを栄転させるという人事にCIAは歓迎しつつも頭を抱えたのである。


「元々中堅財閥だった桂華院公爵家は、その側近や忠臣を桂華院家当主である桂華院仲麻呂に集中させていました。彼の奥方である桂華院桜子は、この国最大の財閥であり樺太統治に経済面で多大な関与をしている岩崎財閥の縁者で、桂華院家は岩崎財閥と繋がっている者を多く受け入れています。

 その縁もあってか、桂華院瑠奈の側近団形成においては樺太出身者が多く登用されました。

 旧北日本政府諜報機関やそこから繋がった旧KGBが桂華グループ内部で一定の派閥勢力を誇っているのはこうした背景があります」


 エヴァ・シャロンの報告は桂華グループの内情を暴露したものであるが、その暴露とて当のお嬢様と執事からすれば『フルオープンしかないでしょう』でしかない情報である。

 なお、企業絡みの諜報活動は、これを仕入れるのに相応の時間と金が掛かるのは言うまでもない。


「おそらくは、というか間違いなくロシアの連中も我々と同じことをしているでしょう。

 桂華グループ内部への浸透。

 そして、相手への妨害は、桂華院家及び桂華院瑠奈公爵令嬢が嫌な顔をしない程度で継続しなければなりません」


 こうして、この場に居るユーリヤ・モロトヴァに作戦が伝えられる。

 彼女は作戦を聞いて、さして興味もない口調で感想を述べた。


「ハニトラですか。

 使い古された手ですが、確実ではありますね」


 テーブルの上には、桂華院瑠奈を頂点とする桂華グループを差配する幾人かの写真付きレポートが置かれていた。

 橘隆二桂華鉄道社長、一条進桂華金融ホールディングスCEO、藤堂長吉赤松商事社長の三人は妻子持ちである上に、下手にハニトラを仕掛ければお嬢様の逆鱗に触れかねない事を危惧して対象から外された。

 新しく桂華グループ傘下に入る桂華電機連合はカリン・ビオラCEOが米国でヘッドハントを行っており、それに合わせて協力者を桂華電機連合に送り込む事が決まっていた。

 となると、対象は一人しかいない。


「岡崎祐一赤松商事執行役員。

 ムーンライトファンドの実質的なボスである彼は、お嬢様を唆して我が国に多大な損害を与えた人物であると同時に、この国のアフガン戦及びイラク戦に向けて外す事の出来ないキーパーソンの一人でもある。

 あのお嬢様の暴走がイラク戦に向けての資金集めであったのが分かった以上、彼は絶対に取り込まなければならない」


 東アジア部長が断固とした声で告げる。

 それに米国大使が付け加えた。


「同じことをロシアの連中も考えているだろうな」


 それ以上は言わなくても分かるだろうという顔で大使は口を閉じる。

 諜報は密接に政治が絡むからこそ、上に行けば行くほど政治的人間にならざるを得ない。

 『妨害』や『排除』というダーティーな言葉を米国大使が言わなかったという事は、それも含めて作戦を遂行しろと言っているようなものである。

 情報解析官が作戦の概要を説明する。


「この国の協力者に現在対象の交友関係を洗わせています。

 データが揃った時点で作戦を遂行してください。

 また、調査段階でロシアの関与が認められた場合、その妨害と排除については作戦遂行者の判断に任せます」


 エヴァ・シャロンとユーリヤ・モロトヴァは立ち上がって敬礼する事で、その命令を受諾した。




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なおタイトルは私も読めない


こんなのを書き出したのは、もちろん『プリンセス・プリンシパル』を見たからである。

これを書いている時は五話まで見ている。

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