我田引鉄 その代償
桂華鉄道本社の仮ビルは秋葉原駅近くに用意されている。
これは、桂華鉄道が力点を置いているのが建設途中の新常盤鉄道であるという事が理由なのだが、いずれ本社は新宿に移るだろうと内外で囁かれていた。
もちろん、その理由は二兆円もの資金を投じて現在も工事中である新宿新幹線だ。
「失礼します。社長。
桂華ホテルコンシェルジュの長森香織様をお連れしました」
「ありがとう。
とりあえず楽にしてください」
「では、お言葉に甘えまして」
社長室秘書がお茶を置くと、この場には桂華鉄道社長である三木原和昭と長森香織の二人だけになる。
互いにお茶には手を付けずに、先に三木原和昭が口を開いた。
「今日、ここにお呼びしたのは、貴方を桂華ホテルの執行役員にという内示を伝えるためです。
また、桂華鉄道ホールディングス全体のサービス向上を意図した桂華鉄道ホールディングスのコンシェルジュに就いてもらいたいと思いまして」
子会社の一介のコンシェルジュが子会社役員の下である執行役員に就くだけでなく、親会社でも役が与えられるという大抜擢の内示。
もちろん裏がない訳がない。
「三木原社長。
理由をお聞きしても?」
「桂華グループの事業再編に伴う、メイド部門の重複問題の解消というのが表向きです」
数年でその身体を膨らませるだけ膨らませた桂華グループは、メイド部門だけでも重複があり、軋轢が生じつつあった。
まず、桂華院家に属するメイドたち。桂華院本家で働くメイドの他に、桂華院瑠奈のメイド長である斉藤佳子や時任亜紀、桂直美や橘由香や一条絵里香はここに属している。
本家は置いておくとして、世が世ならお嬢様の直臣というやつだ。
そして、そのお嬢様を守る護衛メイドたちは北樺警備保障の所属であり、側近団の所属はここだったりする。
その北樺警備保障は桂華商会の子会社だ。
更に、桂華商会には桂華メイドサービスというメイド派遣業があったりする。
そして桂華ホテルだが、コンシェルジュ部門にメイドが居る他、九段下桂華タワーのメイド喫茶
『ヴェスナー』は桂華ホテルの所属になっていた。
「今までうまくやっていたのですから、そのままでよいのでは?」
「これからもうまく行くのならばね。
でも、そうも言ってられないみたいなんだ」
そう言って、三木原和昭はテーブルの上に経済紙を乗せる。
その特集は、『水膨れの桂華グループ』と書かれていた。
「無視できるかもしれないが、いらぬ腹は探られたくないし、わざわざマスコミに取材のネタを提供する事もないだろう。
という訳で、ある程度の形の整理をと思っています」
理路整然と理由を言う三木原和昭に長森香織はすっと言葉を促す。
人を相手にする仕事をしている以上、聞き上手にならねばコンシェルジュは務まらない。
「では、裏の理由は?」
「社内政治です」
そして二人とも失笑する。
コンシェルジュを大抜擢するのも、それをわざわざ呼んで内示を告げるのも社内政治、詰まる所テーブルに置かれた経済紙の言う通りの『水膨れ』そのものなのだから。
「知っての通り、私は桂華グループの出身ではありません。
その事で、快く思っていない人も多くてね。
その調整の駒として貴方を選びました」
「またずいぶんストレートに言いますね?」
「誠実には誠実をもって。
わざわざ敵に回す事もないでしょう?」
少し間を置いて三木原和昭は続きを語る。
その視線は、桂華グループの社章である『月に桜』に向けられていた。
「この社章。
『月に桜』ですか。お嬢様がこれを一番最初に与えた会社は桂華ホテルなんですよ。
だからこそ、お嬢様を頂点とする桂華グループの中で、旧大蔵省の植民地だった桂華金融ホールディングスにおいて、桂華ホテルはお嬢様の創業から共にあった本家本元という意識が強かったりします。
鉄道・帝西百貨店・ホテルが一つとなる桂華鉄道ホールディングス内部でさや当てが行われている現在、ホテル側に配慮をという理由です」
お嬢様こと桂華院瑠奈のビジネスの中枢はムーンライトファンドな訳だが、これは害が彼女に届かないように組織を意図的に作っていなかった上に、桂華グループ組織再編において桂華資源開発と名前を変えて桂華商会の子会社に収まってしまった。
日本企業において、収益や貢献よりも創業とか年月がマウントを取るのはよくある事で、それは急膨張したというか急膨張したからこそ桂華グループ内部で大きく物を言うようになっていた。
おまけに、彼女の住んでいる九段下桂華タワーは桂華ホテルの所有であり、メイドたちは日常的に彼女に接していた。
そこのメイドたちに絡める位置に居るのが長森香織である。
「後は情けない話ですが、鉄道部門も一枚岩ではないのでね。
鉄道・ホテル・百貨店の三すくみで揉めた時にホテル側に助力をという下心もあったりする訳です」
「またずいぶん内情を話しますね?」
「そりゃあ、鉄道ですから。
『我田引鉄』なんて言葉が生まれるぐらい鉄道と政治は切っても切りはなせないものですよ。
私は東日本帝国鉄道の出身ですが、次の社長は西日本帝国鉄道から出さざるを得ないのです。
だから、貴方を通じてお嬢様の動向を常に把握したいという訳です」
新常盤鉄道に新宿新幹線と桂華院瑠奈は東日本帝国鉄道に莫大な投資をしていたのだが、西日本帝国鉄道にも四国新幹線や新大阪駅ホームやなにわ筋鉄道で莫大な投資をしていた。
ついでに東海帝国鉄道にも名古屋圏を中心に投資を行っている。
つまり、あのお嬢様の動向で数千億から兆もの巨大投資が動くのだ。
その動向を見れるメイド、そこに絡める長森香織なら執行役員に大抜擢してもお釣りが来るというものである。
「わかりました。
こちらとしても拒否するつもりはありません」
長森香織は了承ついでに少しばかりのいたずらをする。
お嬢様がそれについてぼやいていたのを知っていたからだ。
「ですが、お嬢様の意向が三木原社長に伝わる事もお忘れないように。
具体的に言うと、『九段下駅から気楽に臨時列車が動かせない』ってぼやいてますけど」
元スジ屋である三木原和昭は苦笑して視線を逸らすことで返事とした。
物理的に不可能な現状、地下鉄東西線工事に金をぶち込みかねないと察したからに他ならない。
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これ、帝西百貨店が写真家先生を社外取締役にしたのと同じ理由である
我田引鉄
元ネタは四字熟語の『我田引水』から。
こういう時に大百科
https://dic.nicovideo.jp/a/%E6%88%91%E7%94%B0%E5%BC%95%E9%89%84#:~:text=%E6%88%91%E7%94%B0%E5%BC%95%E9%89%84%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%80%81%E9%89%84%E9%81%93%E8%B7%AF%E7%B7%9A%E3%81%AE%E6%95%B7%E8%A8%AD%E3%81%AB%E3%81%82%E3%81%9F%E3%81%A3%E3%81%A6,%E6%8F%B6%E6%8F%84%E3%81%97%E3%81%9F%E8%A8%80%E8%91%89%E3%81%A7%E3%81%82%E3%82%8B%E3%80%82
桂華院家というものがある種の会社組織みたいになっているのはポイント。
これも華族特権というか、『家』が残っている残滓なんだよなぁ。
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