初等部卒業式

 寒さも和らぎ、桜が咲き誇るこの季節。

 ついに私達は帝都学習館学園初等部を卒業する。


「卒業おめでとうございます。

 瑠奈お姉さま」


 学校にやって来た私に花束を手渡したのは妹分の天音澪さんだった。

 その花束をもらいながら笑顔で返事をする。


「一年なんてあっという間よ。

 待っているわ」


「はい!」


「もてる女は辛いわね。

 瑠奈さん」


「そっちもね。

 明日香さん」


 なお、花束の量は私より明日香さんの方が多い。

 同級生だけでなく下級生にも慕われた面倒見のよい先輩の地位を明日香さんは確立していた。

 そんな花束の香りに釣られるように蛍さんが歩いてくるのだが、今日ばかりは姿を見せてニコニコしていたり。

 花束を肩に掲げて教室に入ると、私の方を見ていた栄一くんに一言。


「総代がんばってね」

「お前、絶対に押し付けたろ」

「実際、私は万年四位ですから♪」


 偉そうに言ってのけると、万年二位と万年三位がつっこむ。


「桂華院は点は取れているが最後の真剣さが足りんのだ。

 だからイージーミスで点をこぼす」


「桂華院さんは色々やっていたからね。

 試験に集中できなかった分をハンデにもらって勝たせてもらったようなものさ」


 なお、この四人の成績は学園史上空前の僅差成績となっており、秋から少し体調を崩した私の点数が歴代の総代の点数と言えばいいだろうか。

 誰を総代にするかで職員室と理事会は最後まで揉めていたらしい。

 それでも、結局は栄一くんとなった。

 それを私は祝福する。


「改めて言うけど、おめでとう。総代」

「勝ちは勝ちだ。

 誇らせてもらうが、いつになったら瑠奈を超えて行けるのやら」


 花束を机に置いて私が呟く。

 本当の桂華院瑠奈はこの瞬間どうだったのだろうかなんて考えながら。


「何をもって越えるかという所ね。

 実際、背はみんなの方が追い越しちゃったし」


 身長はここから男女逆転してゆく。

 これも勝利といえば勝利である。


「せっかくだから聞いてみたいわね。

 みんな私の何を超えたいと思うの?」


 私の質問の後、しばらくして最初に口を開いたのは裕次郎くんだった。


「僕の場合は簡単だね。

 桂華院さんが父と付き合っているような関係を僕とも築けたらいいと思う」


 分かりやすいし、私を越えるというより裕次郎くんは私と裕次郎くんのお父さん、つまり泉川副総理を越えたいと言う訳だ。

 とはいえ、裕次郎くんの場合、地盤を継ぐとなるとお兄さんを追い出す形になるのではと考えているのがバレたのか、裕次郎くんはその辺りも口にした。


「兄は桂華院さんのおかげで参議院議員をやっているからね。

 もちろん、父の地盤をと考えてるけど、足場を作るために北海道に移住するかもって言っているんだよ」


 たしかに、彼の当選の基盤は父親の地盤以外に北海道経済界の支援があった。

 それでも移住云々の話が出るという事は、与党立憲政友党の北海道支部が荒れている事を意味する。

 去年からの与野党のスキャンダル合戦で、与党大物議員が議員辞職に追い込まれて揺れているからな。あそこ。


「そうなると、父の地盤が空くんだ。

 姉さんたちの旦那さんが狙うかもしれないけど、そこで選挙に落ちたら必然的に僕に回ってくるしね。

 最悪のケースは考えておくべきだよ」


「何?

 私と付き合うのは最悪のケースって言うわけ?」


「桂華院さんは市議や県議で付き合える格じゃないって事」


 冗談で流しているけど、裕次郎くんは父親を越える為に上の姉二人の旦那さんたちとも戦う事も視野に入れているらしい。

 何か返そうとして、今度は光也くんが宣言する。


「俺は桂華院が目的ではない。

 俺が越えるべきなのは帝亜だ」


「俺?」


 自覚がなかったらしい栄一くんに光也くんは宣戦布告する。

 その目が真剣だからこそ、皆息を呑む。


「いずれ帝大に入り、官僚になる事が決まっている俺は、成績こそが全てだからな。

 越えられなかった帝亜を越えなければならん」


 ある意味納得する理由に栄一くんを含めた私達三人が頷く。

 そこに裕次郎くんが意地悪な質問を投げてみる。


「じゃあ、勉学の時間を増やして、今までの時間を見直すの?」


「それができればいいんだが、それで官僚として大成せんのは分かっているからな。

 皆と同じ時間を過ごした上で、帝亜を越える」


 この四人の中で、一番将来が広がっているのが実は光也くんだ。

 『TIGバックアップシステム』の技術役員として最先端のIT技術を吸収し続けており、シリコンバレーからもオファーが来ているのを知っていたからだ。

 それでも彼はまだ官僚を目指しているらしい。


「まぁ、頑張れ。

 裕次郎や光也には負けん!」


 男三人盛り上がっている所を話を振った私が水を差す。


「ねぇねぇ。私は?」


 実に楽しそうにどんな答えが出てくるのか楽しみにしていた私に、栄一くんは少し目を閉じて考えた後に、私の手を取って言った。



「現状、越えるのは無理だから、味方に付けようと思う。

 だから瑠奈。

 結婚しないか?」



 さて、ちょっとこの場所を思い出してほしい。

 今は帝都学習館学園の卒業式という事で教室にいる訳で、今の栄一くんのお言葉を教室にいる生徒全員が聞いてしまったわけで。

 名案だろってドヤ顔かましている栄一くんの為に、私は一度深呼吸をしてその言葉を叩き付けた。



「栄一くんの、ばかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 




────────────────────────────────


与党大物議員の辞職

 外相との泥沼の争いの果てに両方とも議員辞職に追い込まれ、それを野党から追求していた野党議員まで辞めるという何それコントという状況に。

 なお、お兄さんが狙っているのは参院北海道選挙区か北海道2区か8区。

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