映画監督の演技指導

「多分君は、映画に出る出ないに関わらず、女優として生きてゆくのだろうな」


 TVの取材で映画監督と共演した時の話。

 映画監督はそんな事を楽屋の私に言ってのけた。


「それが悪いって訳じゃない。

 女は生まれながらにして女優とはよく言ったもんだ。

 だが、お嬢様は何にでも成り果ててしまう。

 周りの連中がハラハラしていたのを知っていたかい?」


「煽り続けた監督がそれを言うのですか?」


 ジト目で抗議するが、この映画監督まったく堪えない。

 これはあの写真家の先生と同類の人間である。


「そりゃそうだ。

 俺は映画監督だからな。

 作品のために、女優に最高の、それ以上の演技を求めて何が悪い!」


 堂々と胸を張るものだから、こっちは怒るどころか苦笑する始末。

 控えていたメイドのエヴァのジト目すら気にしていないのだから、本当に凄い。


「せっかくだから聞いておくか。

 お嬢様。

 君は何に成り果てるつもりだ?」


「成り『果てる』とは言い方に棘がありますね」


 私の抗議に映画監督はまったく気にする様子もない。

 これがアンジェラあたりだったらヒステリーを起こして追い払っているのかもしれないが、そのアンジェラは桂華金融ホールディングス傘下の桂華証券の取締役に就任するので、私の秘書から外れる準備中だ。

 後を継ぐのはこのエヴァであり、一条絵梨花であり、中等部から一緒に学校に通うことになる橘由香だったりする。

 彼女たちは、この傍若無人の映画監督を追い払うより、私の枠の中に入れることを選んだらしい。


「そう言いたくもなるさ。

 お嬢様。

 世の人間の多くは、きっと何者にも成れない。

 それを大人といってごまかしているのだからな。

 だが、君は、君の未来は、何かになってきっと名を残すことになるだろう」


 こういう言い方をするこの監督の顔は今までで一番真剣だった。

 後で、この人のドキュメンタリー番組を見たが、こんな顔をしている時の監督は俳優に演技指導をしている時の顔と気づくのだが、今の私は監督の真剣さに呑まれる。


「一つのことを極めれば偉人と称される。

 二つのことを極めれば天が与えた天才と讃えられる。

 三つ以上のことを極めると人はどう思うか知っているか?」


 そこで監督は言葉を区切り、ゆっくりと諭すようにその続きを口にした。



「悪魔に魂を売ったと恐れられるんだよ」



 成り上がりとは言え華族、桂華院公爵家の令嬢でロシア皇族ロマノフ家の血を引く華麗なる一族に連なり。

 政商桂華グループの実質的な支配者として日々日本経済と世界経済に影響を与え。

 日米両政府に太いパイプを持ち、ロシアでは未だ待望論が出る人気を誇る。

 文武両道かつ容姿端麗で、コロラトゥーラソプラノとしては日本でもトップクラス。

 そして今回の女優デビューだ。

 たしかに、悪魔に魂を売ったと言われても仕方ないな。

 実際、私にとっては乙女ゲームの中であるこの生は悪魔との契約なのかもしれない。


「今更ここで普通の人になれるかと言えばそれも難しい。

 お嬢様。

 君は覚悟していたかもしれないが、これからも君は人々に恐れられ祀られるんだよ。

 だからこそ、映画出演の礼として言っておく。

 終わりを考えておきな」


 監督は一旦視線を私からそらす。

 TVの待合室に掛けられている磨かれた鏡に映る私を見て監督はぼやくように呟く。


「映画の定番だが、化物の末路って大体決まっているんだよ。

 一つは人に倒される、一つは人を倒す。

 最後は少し特殊だが、化物から人に戻る。

 そのギミックは『愛』なんだよ」


「お嬢様。

 多分君の末路は、それほど多くはない。

 王として君臨するか、独裁者として民衆に倒されるか……」


 そこで彼は楽しそうに笑う。

 多分ジョークのつもりなのだろう。


「結婚して、化物から女に戻るか」


「セクハラですよ。それ」


「生物学的に男は子供を産めないからな。

 女性の特権を君は持っている事を忘れないように」


 話は終わりなのだろう。

 砕けた口調になって、椅子にもたれ掛かる。


「しかし、何でこんなつまらないインタビューなんてするんだ?

 満員御礼が出続けたからって、公開前にやっただろうに」


「これも仕事ですよ。

 私と共演できるのですから喜んでくださいよ」


「俺はお嬢様を撮りたいのであって、一緒に出たい訳じゃない!

 正直、下手くそが君を撮るぐらいなら、カメラを寄越せと言いたくなる」


 そんな彼がまた映画の話に戻る。

 この人はきっと偉人なのだろうと私はそんな事を思った。


「役者桂華院瑠奈の寿命は長いようで短いのだから。

 時代が選んだ役者を撮る事ができる。

 それは、映画監督なんて名乗っている連中の最高の瞬間なのだから」


「あら。

 私はオードリー・ヘップバーンですか?」


「君相手ならば、ローマの休日もきっと映えるだろうよ」


 TVインタビューの内容は当たり障りのない芸能ニュースとして消費されたが、この待合室の会話はずっと後になって思い出す事になる。

 そして、最後の選択肢を示唆してくれた映画監督に私は長く感謝をする事になるのだが、この人、映像や映画については妥協しないから、さんざん私を振り回して困らせる付き合いとなるのを今の私は知らない。




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きっと何者にも成れない

 『輪るピングドラム』

 私の物語において『少女革命ウテナ』を始めとした幾原邦彦監督作品から影響を受けていたり。

 これ見た時衝撃的だったなぁ。

 映像と展開のド派手さと、地下鉄サリン事件をついに物語化したという事で。

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