ポータコン本社訪問

「ようこそいらっしゃいました。

 CEOにお嬢様」


 米国テキサス州にあるポータコン本社。

 せっかく米国に来たのだからとカリンCEOと共に本社訪問である。

 技術について色々説明を聞きながら、今後の戦略などの説明を受ける。


「9/1の合併に向けて、準備を進めております。 

 特に生産体制と物流網の再編には時間が……」


「ちょっといいかしら?

 この生産体制と物流網の再編だけど、具体的には……」


 カリン・ビオラは私の見る前でどんどん細かなことを質問してゆく。

 彼女がここまで来た秘訣として私に語ってくれたのは、


「分からないことを認める。

 そして分かっている人に聞く」


だそうだ。

 まさにそれを私の見ている前でしていた。

 その結果、問題点が私にも見えてくる。


「西海岸便の到着が先に発注しているこちらより、古川通信の方が速いのはどうしてなんですか?」

「東南アジアで生産した商品を一度香港で集積させて便を出しているからで、古川は集積拠点が横浜港で……」

「これは一本化できないんですか?」


 なるほど。

 こうやるのか。

 カリン・ビオラCEOは現時点ではこのポータコンの会長兼CEOでしかない。

 全体の指揮を取るのは、今年の9/1からである。

 けど、そこからでは遅いと、彼女は米国と日本を往復して、出来る限り現場に足を運んでいた。


「向こうと調整して善処を……」

「向こうの発注する貨物便に余裕があるのは、既に確認済みです。

 こちらの生産台数と発注状況は把握しております。

 ついでに言うと、私はこの会社のCEOで、隣りにいるお嬢様はこの会社唯一の株主様です。

 さて、何か質問はありますか?」


 なるほど。

 これが世界トップクラスのCEOか。

 けど、この手法は敵を作るなぁ。

 そんな事を思いながら、この会議をじっと眺めていた。




「いかがですか?

 こういう経営会議の場所は?」


「あまり良く分かりませんでしたが、それでもCEOが望んでいる事が実行できたのかなということぐらいは分かります」


 ポータコンを出てホテルのディナー。

 最高級ゆえに食事も最高級ではあるのだが、こういう時に思うのだ。

 ご飯と味噌汁が食べたいと。


「あまりこの手法は良くはないのですが、とにかく中を固めないと秋に古川と四洋の人間に舐められますから。

 最低でもポータコンは掌握する必要がありました」


 今回の合併はかなり特殊な形態をとっている。

 古川通信と四洋電機がまず合併し、その合併会社にポータコンを買収させるという形になっている。

 それでも古川通信の規模が大きい事もあって、保有株式は三割ちょっとになる予定である。


 古川通信+四洋電機の合併会社-------ポータコン (この合併会社の子会社)

                         ---合併会社の子会社群


 いずれは三者統合という形になるとは思うが、序盤ではどうしても古川通信の方が強くなってしまう。

 つまり、他の株主や経営陣が一体となって抵抗したら彼女を守れない。


「という事は、帝国電話とも一戦する可能性はあると?」

「むしろ、古川通信の経営陣が、彼らを頼りに抵抗すると思います」


 この手の合併である事だが、確実に経営陣が割れるのだ。

 まず、それぞれの元企業で派閥化が始まり、今度は経営陣の方針、確実に行われるリストラで反対派が形成される。

 とはいえ、こちらの勝ち目が無いわけではない。


「お嬢様は四洋電機を掌握しています。

 そして、ポータコンは秋までに掌握します。

 そうなれば、彼らも言うことを聞くでしょう」


 最初が肝心。

 特に彼女は女だからと舐められながらもガラスの壁を突破した最初の世代である。

 だからこそ、彼女の言葉には重みがある。


「変化を恐れない。

 味方を、特にキーパーソンを味方に付ける。

 分からないことは聞く。

 それだけでも、失敗する可能性は大いに減ります」


 それでも彼女は現実には失脚した。

 それが会社を経営するという事なのだろう。


「取締役会はどうする?

 味方が欲しいなら、何人か送るけど?」


 とはいえ、三割を握る大株主だから合併会社にある程度の取締役を送るのは可能だ。

 カリンは少し考えて、私の質問に答える。


「私を含めて三人で結構です。

 あとの二人は改めてリストを提示します」


「少ないわね。

 それでいいの?」


「少なくしているんです。

 多数派を握って攻めると反撃されると裏切り者が出ます。

 古川と四洋の経営陣のスタンスは理解しているので、まずは下手に出ます。

 攻めるのは、実績を積んでからです」


 カリンの言葉に淀みはない。

 少なくとも彼女はベストを尽くそうとしていた。


「ついでにお聞きしますが、お嬢様。

 お嬢様が直轄にしている携帯事業ですが、ここがお嬢様のコア事業ですね」


「ええ。

 これで、世界を狙うんだから」


 沈黙が場を支配する。

 アメリカの経営は資本の効率化を良い事と教えている。

 

「今の所、携帯事業は世界と戦っていけると思います。

 ですが、世界を狙うならば、まだ規模が足りません」


 私のコア事業を把握したという事は、彼女は感付いている。

 本気で携帯事業で世界を取るならばこの規模では足りないだけでなく、通信キャリアまで押さえる必要があると。

 それには、途方もない資金が必要になるという事まで。


「……ええ。

 分かっているわよ」


 その後、食事をそこそこに私達は腹を割って話し合った。

 そして彼女の経営改革はポータコンについては矢継早に行われた。

 事業部門の再編と物流部門の統廃合。

 首切りは行わなかったが、人員の配置転換は大規模に行われた。




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スピンアウト

 子会社を独立させたり売却させること。

 勝てる事業に集中する為に、米国企業ではよく行われる。

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