ソルトレイクシティ五輪開会式待合室にて
2002年2月。
米国ソルトレイクシティで冬季オリンピックが開かれた。
9.11同時多発テロの後という事もあって、この五輪は徹底的に政治に利用された五輪である。
それは私もその中に含まれるという事で。
ここでは、ゼネラル・エネルギー・オンラインとWCI社の疑惑で叩かれる大統領を徹底的に擁護したのである。
「米国の皆さん。
私は極東からやって来ました。
あの悲しいテロに我が国も標的となっていた事を私は知って、なんとか同盟国である米国の皆様を励まそうとわざわざ学校を休んでやってまいりました。
あ、学校を休んだの所は消しておいてくださいね♪」
オリンピックの政治利用はリスクが伴い、やっぱり批判が出る。
その為、目を付けたのは公式イベントではなくそれに合わせて行われる民間チャリティーイベントの方であり、五輪組織委員長に筋を通した上でその手のイベントに私は徹底的に出まくって日米友好を説いて回ったのである。
しかもわざわざ一旦ニューヨークに飛んで、グラウンド・ゼロに献花をした上でのソルトレイクシティ入りである。
それを米国のメディアは徹底的に報道し続け、世界に発信し続けた。公爵令嬢にしてロマノフ帝家のプリンセスにしてアメリカ経済を現在進行形で救っている巨大ファンドの持ち主というブランドを徹底的に利用した。どれもアメリカ人が憧れるものだからね!
その裏で、外交官がオリンピックの応援と称してこのソルトレイクシティに集まり、まったく別のことを話し合ってゆく。
その話題は、アフガンが一段落ついた後の次についてである。
「やっぱり米国はやる気だ」
「それは分かっている。
問題はいつやるかだ」
「今年は中間選挙があるからな。
あまり早すぎると、大統領の父上の二の舞になる」
「かと言って、時間を掛けると相手に準備時間を与えるぞ。
あの『悪の連帯』発言で、次はお前だというのを公式に宣言しているようなものだからな」
実に生臭い話が続くが、その生臭い話をビジネスに替えているのも私である。
私が慈善活動に勤しむ最中、アンジェラ以下数人にぶっ叩かれた岡崎が日本人らしい笑みの下、商売に励んでいた。
「バーレーンの米軍基地に隣接する区画に、巨大物流コンビナートを建設中です。
港湾施設に巨大倉庫群、滑走路に居住施設、発電所に真水生成プラントまで付けたこのコンビナートはPMCの警護の元、十数万の労働者のロジスティクスを担うことをお約束します。目玉は風力発電とそれを利用して作られる真水です。バーレーンの年間降水量は年間80ミリ台ですからね。カリフォルニア州に送るはずだったプラントを持って行きました。
既に、我々赤松商事中東部門は、このバーレーンからウズベキスタンに掛けてのネットワークを構築しており……」
ビリオネアを蹴り、一部の人々に猛烈に嫌われた彼だが、それでもその優秀な業績と私の判断で彼は執行役員に任命されて、とても楽しそうに仕事をしている。
なお、そんな彼の出世を危惧する連中に私が言った一言で皆は諦めたらしい。
「あれ、何処に行っても多分好き勝手に動くわよ。
私の下で飼い殺さないと、もっとろくでもないことをするに決まっているわ」
そのろくでもないことをやったお前が言うかと皆の顔が言っているが、そこは私悪役令嬢ですからと黙殺する。
そんな岡崎のビジネスパートナー達は皆背筋がしっかりしているスーツ姿の方々ばっかりである。
このプロジェクトは100億ドルの巨費が投じられたが、バミューダ島に作られたペーパーカンパニーのPMCが1.25倍の値段で落札し完成後の施設とネットワークを全譲渡する事が内定した。
もちろん、そのPMCは来たる日にその施設とネットワークを星条旗の軍隊の為に使うのは言うまでもない。
「あー疲れた」
「そりゃそうでしょう。
お嬢様は今や米国メディアの寵児でございますから。
自業自得でもありますけれども」
「それは言わないでください。
一応反省しているんですから」
秘書のアンジェラの嫌味を聞き流しながら、私は五輪会場の待合室でグレープジュースをグビグビ。
あくまで民間人の立場で日米の民間交流という立場を崩さずに、汚いお話は全部岡崎とアンジェラ任せという感じの今回の米国訪問。
五輪委員長推薦のイベントに片っ端から出まくりながらも政治的発言は完全に避けて一定の距離を取りつつ、この開会式終了後に買収したポータコンの視察をする予定である。
我ながら、小五でする仕事ではないななんて思ったらふいにドアが開いて、警護のシークレットサービスと共に大統領がひょっこりと部屋に入ってくる。
アンジェラが慌てて立ち上がって敬礼する。
「だっ、大統領閣下!?」
「ああ。
気にしないでくれ。
どうも部屋を間違えたらしい。
安全を確保するため少しの時間ここに居て構わないかな?
女王陛下?」
「ええ。
こんなレディでよろしければ、お相手して差し上げますわ♪」
この人は色々批判は受けているが、一つだけ批判できない長所を持っていた。
人の話を聞くという事、そして、分からないことがあったら尋ねるという事。
だからこそ、大統領は私に尋ねた。
「一つ聞きたい。
君は世界を動かしたいのかね?」
「いいえ。
動かしたいのではなく変えたいのです」
大統領が興味深そうに私を見る。
頭に「?」が浮かんでいるのが見える顔で実に愛嬌がある。
「何を変えたいのかね?」
「大統領閣下。
変えたいのは私達に下される歴史です。
ベトナムの二の舞に米国を引きずり込んだなんて評価は受けたくないでしょう?」
「うん。
それはそうだ」
楽しそうに笑う大統領を見て、私も吹き出してしまう。
ひとしきり二人で笑った後で、大統領は本心を口にした。
「君のした色々なことで愚痴の一つでも言おうかとも思ったが、ここまで我々に尽くしてくれるとそれよりも疑問が先に出てね。
つい尋ねてみたくなった」
「その色々な事でご迷惑をかけた事をお詫びいたします」
私が頭を下げると大統領は手を振って止めさせる。
頭を上げた私に大統領は私の頭に手を置いて撫でる。
「君が色々と手を尽くしてくれた事は知っている。
防げなかったが、あのテロの情報が無かったら、もっとひどい事が起こっていた事も理解している。
そして私は、物覚えが良くなくてね。
良いことも悪い事も忘れてしまうんだ。
良いことだけはメモに残しておくがね」
そこまで言って、大統領は真顔で尋ねた。
多分、これを彼は聞きたかったのだろう。
「君の目には、我々はいつ開戦しているのかな?」
だからこそ、迷いなく言い切る。
私も、この一言の為にここに来ているのだから。
「来年春。
中間選挙を勝利で乗り切る為に本当の戦争の勝利を使うのはもったいなさ過ぎます。
敗北を許容して、来年春に湾岸戦争規模の大兵力を整えて進撃するべきです」
中間選挙は基本与党が負ける。
その上で無理に勝とうとするならば、何処かで無理をしなければならない。
ゼネラル・エネルギー・オンラインとWCI社の疑惑で叩かれる大統領は中間選挙の敗北を恐れていたし、この時の米軍内部では、経済制裁によるイラク軍の弱体化とハイテク兵器の性能を十二分に活用して、少兵力で勝利を得るという作戦案が練られていた。
それは勝利後の統治において戦力不足を引き起こして、イラク統治の失敗に米国を引きずり込むことになる。
開戦の理由提示による議会の承認と国際社会の根回し、多国籍軍の動員と編成にどんなに急いでもそれぐらいの時間は欲しいのだ。
「だが、議会の敗北でその開戦を認めるかね?」
「認めさせますし中間選挙も敗北を許容範囲内に抑えるように努力します。
幸いまだ株価は戻っておらず経営破たんしかけている企業は多いですから、大統領からの私的な要請で企業救済をしていると発表すると共に、民主党寄りの企業を共和党支持への転向を条件に助けるという方式を取ればだいぶ有利になります」
「しかし、その晴れ舞台に君は立てないよ。
それで構わないのかい?」
米国王道の物量作戦には、事前調整の外交力がどうしても必要になり、当然だが日本も外交で協力してくれたほうがうまくいく。なのに外務省が機能不全を起こしていた日本へ正規の外交チャンネルの回復を非公式に打診したばかりである。
多国籍軍の中核の一つとなるのが、この世界のベトナム戦争や湾岸戦争でも派兵した自衛隊なのだから当然そちらも期待されている。
それは、恋住総理への権限集中を意味する。最上位軍事指揮権は総理にあるのだし、外務省は総理主導で立て直しを図られ総理に従うようになる。財務省は総理の命令で唯々諾々と軍費を用意せざるを得なくなる。私と敵対している総理の権限事項が戦時には急増するのだ。
高値で売れた物流コンビナートとネットワークはその侘びも入っているのかもしれない。
私は、その儲けを米国議会対策に当てる事を大統領の前で約束した。25億ドルの政治献金が約束された瞬間である。残りの100億ドルはアメリカ企業救済という名の選挙運動員確保資金にする。
日本で負けるならば、米国で取り返せば良いのだ。マスコミも恋住総理の政策も、どうしても邪魔になるならアメリカから圧力を掛けてもらえばいいし、アメリカでの活動で目的を達するという手もあるのだ。
「仕方ありませんよ。
世界は、子供が世界を動かすなんて認めないでしょうからね」
このオリンピックは『米国の米国による米国の為の五輪』と批判を受けたが、米国内の愛国心を奮い立たせるのに成功する。
そのプロパガンダに協力した私は、米国のTVモニターの中で次の戦争のために繰り返し繰り返し歌い続けた。
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五輪組織委員長
この大会成功から州知事になって共和党大統領候補にまでなる。
なお、今年の中間選挙で上院議員になって帰ってきた模様。
父上の二の舞
湾岸戦争の勝者として二期目を望んだが、果たせなかった事。
この時は、南部諸州を結構民主党が持っていっていたのでびっくり。
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