神戸教授の天才学 その3
政治家などが秘密の会合を持つ場合、最近では料亭より会員制クラブの方が使われている。
高級ホテルに備え付けられている事が多いから、若い議員や大臣には料亭より行きやすいらしい。
そんな会員制クラブに呼び出された神戸教授は、呼び出した武永大臣を見付けて声を掛ける。
「済まない大臣。
TVの収録が遅れてね」
「構わないさ。
とりあえず再会を祝して乾杯といこうじゃないか」
そして話が本題に入るまでに、琥珀色の液体が数杯グラスから消えた。
武永大臣がさらりと目線で合図すると、彼に付いていた護衛と秘書が一礼して離れる。
「で、私を呼び出したのは、あのお嬢様の事か?
さすがに守秘義務があるからあまり多くは話せないぞ」
「それでもだ。
彼女が敵に回りかねないからこそ、知っておきたいんだ」
酔いで少し語気を強めながら武永大臣はそれを口にした。
彼でも、あのお嬢様を敵に回すのを恐れているのかと神戸教授は少し意外な顔をするが、武永大臣は気付かない。
「近く、国会が開かれるが、その前に内閣改造が行われる。
その最重要政策課題が、不良債権の完全処理と、時価会計の導入。
そして、合併した金融機関の上場推進だ」
全て、あのお嬢様を敵に回す政策である。
不良債権処理のメインは、解体途中のスーパー太永を除けばゼネコン業界が中心になるし、時価会計はお嬢様の番頭の一人で桂華金融ホールディングスCEOでもある一条経済財政諮問委員会民間委員が強硬に反対していた分野であり、最後の一つは露骨に桂華金融ホールディングスを指していた。
そのあまりに強硬な政策方針に、神戸教授も酔いが醒めざるをえない。
「それは……」
「分かっている。
だからこそ少しでも聞きたいんだ。
今や世界は、あのお嬢様に振り回されている。
総理は、少なくともそれを許すつもりはないらしい」
実際、恋住政権は高い支持率に支えられていたが、外交は外務省のスキャンダルと幹事長とのバトルで後手に回り、経済は秋から年末にかけての米国ITバブル完全崩壊でダメージを受けていた。
それでも、高い支持率に支えられていたのは、外交は泉川副総理を軸に米国と非公式のラインが構築され、経済の方は下がったとは言え、株価が17500円台で、更に新宿新幹線を始めとした民間投資が堅調な為だ。
それらの仕掛けを構築している中心に、かのお嬢様が居る。
神戸教授が真顔になるのもある意味当然と言えよう。
「『改革なくして成長なし』。
この言葉をスローガンに総理は色々な所に喧嘩を売るつもりだ」
「正気か!?」
武永大臣の呟きに神戸教授がこう漏らしても仕方がないだろう。
だからこそ、武永大臣は改めて酒を煽る。
「米国からの要請で、外務省の機能不全はこれ以上看過できないと非公式に通告してきた。
そして『悪の連帯』発言。
彼らはやる気だ」
それがイラクである事を察しないほどこの二人は馬鹿ではない。
完全な戦時体制への移行。
その障害となるのが、あのお嬢様だった。
だからこそ、武永大臣は決定的な理由を口に出す。
「戦時にトップが二人なんて体制は悪夢でしかない。
トップダウンの体制に構築しないと次の戦争で敗者に回りかねん。
それに……」
この時だけは武永大臣は目を柔らかくして苦笑する。
それが本心なのか酒のせいなのか分からないように。
「総理は彼女にこれ以上血を浴びせたくはないらしい。
彼女はまだ守られる歳だ」
「私は彼女に、この国を出て行けと言ったよ。
この国は彼女の才能を殺すからな」
「殺すだけならまだいいさ。
彼女は不当に評価される。
少なくとも、米国ならば、それもなくなるだろうさ」
移民社会で、多文化共生社会で、完全実力社会である米国は、その人間を測る基準が『金』しか無い。
かの国のトップエリート達は金が欲しいから稼いでいるという側面もあるだろうが、金が彼らの社会的地位を保証しているという事実をよく知っているからこそ、貪欲に強欲に金を稼ぎ続けるのだ。
生活のためだけではない。
それが彼らの存在意義であり強迫観念なのだ。
『私はお金持ちだ。
だから私は成功者で偉大だ。
だから私は幸せでなければならない』
この三段論法しか万人に納得されない国。米国。
その理念は冷戦終結とグローバル化によって世界各地に輸出されていた。
「これが欧州だったら、話は別になる。
青い血のせいで、この国以上に鳥籠の中に押し込められるだろう。
米国は、少なくとも金を稼ぐという一点で評価を下す所があるから、この国より住みやすいだろう。
あのお嬢様、フロリダをはじめゲーテッド・コミュニティを米国に保有・運営している。
彼女はその気があれば逃げ出せるんだよ。
それは忘れてはいけない」
神戸教授の言葉に武永大臣はただ頷いた。
神戸教授は少なくとも、あのお嬢様がこの日本という国に拘っていると見抜いた最初の人間となった。
だが、それが武永大臣経由で恋住総理に伝わる意味を、完全には理解していなかった。
数日後。
内閣改造が発表され、幹事長が交代という衝撃が永田町に走る。
それだけではなく、泉川副総理に外相を任せて外務省の正常化を依頼。
それに合わせて、外務委員長の辞任と外務官僚の処分及び更迭が行われて喧嘩両成敗とマスコミでは発表された。
この改造は明らかに不評で、支持率は急落したが、それでも恋住政権は改革の推進を宣言。
泉川派の柳谷金融担当大臣が外れ、武永経済財政担当大臣が金融担当大臣を兼務し不良債権処理の終結を目指すため公的資金の投入を辞さないことをメディアに力強く語り、野党だけでなく党内の抵抗勢力を相手に全力を尽くすことをTVでアピールすることになった。
そんな中、華族系の外務省大使や公使は基本お咎め無し。
逮捕者まで出した外務省内で不逮捕特権を使って逃げ切りを図ったのだ。
枢密院も彼らを春の人事に合わせて穏便に交代させる事で禊を済ませようと考えていたので、マスコミから吹き出る特権階級という批判の声にうろたえるようになる。
その批判される華族達の中には桂華院瑠奈という特段に輝くスターがあった。
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会員制クラブ
もう一つ側面があって、高級ホテルに設置されているから逢引……げふんげふん。
何で奴らは金を求めるのか?
それが成功者の証だから。
トランプ大統領は数度破産した人間だが、そこからカムバックし大統領に上り詰めたのは彼が成功したお金持ちであるという事を理解しないとその背景が分からない。
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