神戸教授の天才学 その2
「とりあえず座りなさい。
インスタントで良いならばコーヒーをご馳走しよう」
「あ。それだったら神戸教授。
お店のものを持ってきたので良かったら味わってください」
一条絵梨花が持っていたバスケットからコーヒーセットを用意して準備をしてゆく。
『ヴェスナー』で持ち帰り用に販売しているコーヒー豆をコーヒーミルで砕くとゼミ室内にいい香りが広る。
「こういう香りもいいね。
煙草は構わないかな?」
「部屋の主にまで禁煙を主張するほど傲慢ではありませんよ」
「すまないね。
煙がそちらに行かないようには努力するよ」
ゼミ室。
教授室とも言うが、本棚に整然と並ぶ資料とテーブル、それにタバコの臭い。
その部屋の主はこの部屋において王様である。
ある意味男のロマンなだけに、その部屋はその人の性格まで見えてしまう。
窓際の机には最新鋭のパソコンが備え付けられていた。
そこから見えるのは、質素かつ合理主義。
そして、それを台無しにする自分の筋。
「さてと。
桂華院家からは、お嬢様と話して、その特異性を検証してくれと言ってきたが、私からすれば君の特異性を摘むような事はしたくないんだよ」
あっさりと依頼を放棄しながら神戸教授は結論を言った。
煙草を灰皿に置いて、神戸教授はまっすぐ私を見た。
「桂華院瑠奈くん。
君は『ギフテッド』だよ」
ゲームやライトノベルなどで後に良く使われる言葉であるギフテッド。
それの本来の意味は、『神や天から授かった才能を持つ人』。
神戸教授は立ち上がって、その言葉をホワイトボードに書いて続ける。
「このギフテッド、きちんと定義があるのは知っているかな?」
あるのか。
私は首を横に振ったら、神戸教授は一枚の紙を差し出す。
当たり前のように英語なあたり、私を子供とは見ていない。
「ギフテッドとは、知性、創造性、芸術、リーダシップ、あるいは特定の学術分野において高い潜在能力を示し、また、そうした能力をフルに開発するには通常の学校教育にはない支援や活動を必要とする子供、生徒、若者を意味する……ですか」
米国ではこの基準でギフテッドを選別し、特別な教育を施している事になる。
私のつぶやきに神戸教授は続けてこんな事を言った。
「そう。
君は特別ではあるが、その特別は想定された特別でしかない。
言葉遊びだが、君は普通の天才なんだよ」
その言い回しに私は思わず笑ってしまう。
そのタイミングで一条絵梨花がコーヒーを差し出してくる。
私は、砂糖とミルクマシマシである。
「神戸教授。
砂糖とミルクはお入れになりますか?」
「ブラックでいいよ。
一条くん。
………うまいな。
この後でのカフェテリアはキャンセルした方がいいかな?」
「ちゃんと先輩たちから教えてもらったんですから、ちょっと自信があるんですよ」
一条絵梨花がえへんと胸を張ったのを横目に、神戸教授は話を続ける。
コーヒーカップをおいて、改めて椅子に座った彼は私を見据えて視線を逸らさない。
「桂華院家の人に一応対処方法を教えるけど、それは『この国を出ろ』なんだよ。
君の才能は、この国では狭すぎる」
「どうしてなんですか?」
横から一条絵梨花が口を挟むが、神戸教授は気分を害すること無く、コーヒーカップを片手にその問いに答えた。
「人というのは、天才でいられる時間というのがとても少ないからさ。
精神論にもなるけど、天才が天才である最低限の条件は、『自分が天才である』という思い込みなんだよ。
『十で神童十五で才子二十過ぎればただの人』なんて言葉がある通り、その二十でも天才でいられるほど天上天下唯我独尊である人間はこの国では特に少ないんだよ。
この国は、同族社会であり、国全体が大きな田舎みたいなものだからね。
マイノリティーである天才はどうしても排斥される」
神戸教授の言葉には諦めの色すら見える。
彼は教育者だ。
もしかして、そんな排斥された天才や、排斥を恐れてただの人に成り果てた天才を見てきたのかもしれない。
「君の最大の問題点は何だか分かるかな?」
一応今の話の流れの中にヒントが有ると思って、その問いに私は注意深く答える。
「『ギフテッド』である事ですか?」
「いや。
君が子供であるという事さ」
神戸教授は灰皿に置いていた煙草を吸って、立ち上がって窓を開けた。
外に紫煙を吐き出しながらそのまま言葉を続ける。
「今の君は子供だからこそ、責任は問われない。
そりゃ、犯罪でもしたら罰せられるかもしれないが、それでも子供だからと軽減される。
その罪を被るのは周りの大人だ」
灰皿に煙草を押し付けて今度はコーヒーカップを持つ。
飲むのではなく、コーヒーの香りを楽しみながら続きを口にした。
「君には無限の時間と可能性がある。
何を焦っているのかは知らないけど、そこから何かを決めることだ。
今のままだとなんでも出来るがゆえに、何も残さない者に成り果てるのかもしれないよ」
その言葉に違和感を感じる。
無限の時間と可能性。
前世の私には持ち得なかったもの。
「それこそ、傲慢だと思います」
「お嬢様!?」
私の意見に一条絵梨花がびっくりするが、神戸教授はコーヒーカップを持ったまま私を見続ける。
続けていいらしい。
「私は人より何かできている自覚はありますが、自分が天才であると自惚れていません。
ましてや、自分の可能性に永遠の時間があるだなんても思っていません」
じっと私を見る神戸教授。
空になったコーヒーカップを置いて、私に念を押した。
「つまり、君が天才でいられる時間は、今だと?」
「はい」
私はそれに躊躇うこと無く答えた。
神戸教授の顔が笑顔になる。
「そろそろ時間だね。
今日はこれぐらいにしよう。
また来てくれると嬉しいな」
「はい。
先生の講義は面白いので、またお邪魔させてもらいますね」
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ギフテッドの定義はwikipediaで確認。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AE%E3%83%95%E3%83%86%E3%83%83%E3%83%89
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