恋住劇場の敵役として

神戸教授の天才学 その1

 土曜日の午後。

 ある私立大学に私は一条絵梨花と共に来ていた。

 この大学は彼女の母校である。


「こっちですよ。

 神戸教授はここの教室で授業をやっているはずですよ。

 あの人の天才社会学は土曜の午後にやるんで、社会人でも受講しやすいんですよ」


 そんな事を言いながら一条絵梨花はドアを開けて私達は教室内に入る。

 ちょうど授業が始まった所で、場違い極まりない小学生とメイドの入室に学生たちが少しざわつくが、それ以上の事はしてこなかった。

 教壇に立っていた神戸教授は私達の姿を見ても何も言わずに授業を続ける。


「まず天才とは何を以て天才というのか?

 その定義を考えてみましょう。

 そうですね……そこのメイドさん、答えてみてください。

 彼女は、このゼミの卒業生ですよ」


 一斉に集まった視線を気にせず、マイペースに一条絵梨花は立ち上がってその質問に答えた。


「たしか猿の群れで最初に立ち上がった猿、もしくは火を使った最初の人……だったかな?」


「はい。正解。

 彼女はこの後会う予定だったのですが、はやく着いたみたいですね」


「あはは。

 それでお嬢様が授業を見てみたいとおっしゃいまして」


「というわけです。

 かわいいお嬢さんに居眠りなんて見られないように皆さん気をつけてくださいね」


 神戸教授のジョークに教室内に笑いが起こり、収まったのをみてまた授業を続ける。

 彼の授業は面白くてユーモアも楽しいのだが、その授業内容の本質はシビアで容赦がないものである。


「人間という生き物は社会的生物、つまり群れて生活する事で労働を分業化して発展してきました。

 その発展の最初のきっかけをつくった人間をこの授業では天才と定義しています。

 では、質問です。

 そのような天才はどうして日本では出てこないのでしょうか?」


 首をひねる一同だが、そのあたりを覚えていた一条絵梨花がこそっと私に耳打ちしてくれた。


「天才が出る余裕がこの国には無い事と、天才が最後までそのきっかけを発展させる事が無いからですわ。

 お嬢様」


 彼女の耳打ちと同じことを神戸教授は言って、黒板にそれを書いてゆく。


「天才が出る余裕ですが、これは自然環境的なものと社会環境的なものに分かれます。

 この国は、地震雷火事親父と災害がとにかく多い。

 まぁ、親父は失墜したかもしれませんが、災害に対する対処は個人より組織のほうが強い。

 その為、天才が最初のきっかけを起こせないというのがあります」


 天才のきっかけは文字通り出る杭だ。

 この国は近世に入っても災害によって歴史が歪められた過去がある。

 そういう中で、天才がそのきっかけを行う事ができないというのは目からウロコだった。


「社会環境的なものはもっと簡単で『出る杭は打たれる』というやつですね。

 最初に挙げた自然環境が人の社会化を進め、天才の出にくい環境を作り出しているという訳です。

 このあたり面白いのが、きっかけさえあれば、そのきっかけを発展させて社会に還元するのは秀才、つまり努力ができる凡人の方が優秀なんです。

 そのため、この国では天才は中々評価されません。

 悲しいことですね」


 ちなみに、この社会天才学の人気が高いのは、単位が簡単に取れるというのと、受講者で真面目に講義を受けた人間の出世率が結構良いという事があげられる。

 そんな近年稀に見る出世頭の一人が、懐かしそうに授業を聞いている一条絵梨花である。

 なお、彼女の成績は中の上ぐらいだとか。


「じゃあ、次はそんな天才を世界各国はどう育成しているか、そのあたりを説明して行きたいと思いますが、ちょっと時間が足りませんね。

 来週に回します。

 今日はここまでにしましょうか」


 学生達がばらばらに教室を出てゆく。

 大体学生が出ていったのを見計らって、私と一条絵梨花は神戸教授の所に出向く。


「神戸教授。

 お久しぶりです」


「一条くんもメイド姿が板に付いてきたじゃないか。

 お嬢様。

 来ていただいてありがとうこざいます」


「こちらこそ、桂華院家の依頼を受けてくださりありがとうこざいます。

 面白い授業も聞けましたし」


 私がここに来た理由は、桂華院家の依頼としてである。

 私がやらかした世界規模の仕手戦で、おしかりを受けたはいいが、清麻呂義父様も仲麻呂お兄様も私という異質を測りかねていたので、それをメイド長の斉藤佳子さんから聞いた一条絵梨花がこの提案をしたのである。


「だったら、神戸教授に相談してみたらどうですか?

 あの人は天才を研究しているみたいですから、お嬢様についてなにかアドバイスできるかもしれませんよ」


 で、この話が通ったのだから、いかに桂華院家では私を測りかねているか分かろうというもの。

 私も聞かされて苦笑と共に受け入れるしか無かったのである。


「じゃあ、とりあえず私のゼミ室で話を聞くとしましょう。

 その後で、大学のカフェテリアでお茶でもどうかな?」


 神戸教授はテレビ映りの良いスマイルを向けて手を差し出してくれたので、私はその手を握って笑顔を作った。


「ええ。喜んで」




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大学の食堂

 一般開放をしている所が結構あり、最近は学生向けに洒落たカフェテリアもあったりする

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