桂華院瑠奈の休日

 日曜日。

 ごく普通の休日の朝9時に私は起こされる。


「お嬢様。

 朝ですよ。起きてください。

 いったいいつまで本を読んでいたんですか?」


 一条絵梨花の声に、ベッドに寝ていた私は目を覚ます。


「……おはようございます?」

「おはようございます。

 お嬢様。

 シャワーを浴びてきてください。

 朝食はそのあとです」

「ふぁい……」


 シャワーを浴びて着替えた後、髪を一条絵梨花に梳かしてもらって朝食を取る。

 朝食を取る際には必ず一人ではなくメイドが誰か一緒に食べる。

 一人で食べる食事というのは味気ないものだからだ。


「おはようございます。

 お嬢様」


「おはよう。

 今日は亜紀さんとエヴァさんね。

 いただきます」


 今日の朝食のメニューは和食で、目玉焼きと鮭の切り身と、ご飯とお味噌汁。

 漬物と納豆オプション付き。

 さすがにエヴァは納豆をパスしている。


「今日の予定ですが、午前中はフリーで。

 昼食後、声学の先生が来られるのが、13時から15時。

 ショッピングをと仰っていましたから、15時から18時までスケジュールを押さえております。

 夕食は19時を考えておりますが、銀座で食べられる場合は、17時までに決めていただけると助かります」


 納豆に大根おろしを入れて、醤油をかけてかき混ぜる私は時任亜紀さんの声を上の空で聞く。

 納豆をかき混ぜるので一心不乱になっているからだ。

 それに彼女が気付いてジト目になる。


「お嬢様?」

「ちゃんと聞いています。

 家のことで、処理しないといけないのがあったら、午前中に片付けるので持ってきて頂戴」

「かしこまりました。

 来客の予定はございませんが、アポイントを取りたいお方が多くいらっしゃいますので、そのリストをお持ちいたします」


 窓から東京の風景を眺める。

 暖房が適度に効いているので分からないが、冬の東京の青空は気持ちいい。

 もちろん寒いのだが。

 ふむ。


「午前中は、走ろうかなぁ?」


 私のつぶやきに亜紀さんが反応する。

 ご飯を食べながらそれでいて対応に淀みがない。


「午後の声学をキャンセルしないならば、皇居一周はきついかと」

「だよね。

 竹橋から千鳥ヶ淵を通って九段下に帰るコースにするわ。

 誰か付けて頂戴」

「アニーシャさんとメイド二人を付けます」


 そしてとろとろの納豆をご飯の上に載せてぱくり。

 きれいに食べ終わった私は感謝の気持ちを込めて手を合わせた。


「ご馳走様でした」


 軽いランニングの後またシャワーを浴びて、昼食を取る。

 今度はサンドイッチにグレープジュース。

 それにりんごにヨーグルトがかかったものがデザートとして出ていた。

 声楽の先生の授業を受けながら、欧州の音楽事情を聞く。

 この手の音楽は欧州が本場なのだが、その欧州でもさらに学ぶ場所が違うのだ。

 芸術の都パリ、音楽の都ウィーン、永遠の都ローマの他に、欧州の中心ゆえに多くの音楽人が集まるベルリンや、ロシアの復興にともない有名人をかき集めていると聞く、サンクトペテルブルク等も候補に入るだろう。


「君の場合、正統派を学ぶべきだろうが、だとしたらウィーンになるだろうね。

 ただ、君の歌うオペラの傾向から考えると、パリかローマというのも捨てがたい。

 どっちにしろ、推薦状を書いて届ければ、どこの学校でも君を迎え入れるよ」


 そう言って声学の先生は嘆く。

 今の時点で私は日本における有数のコロラトゥーラ・ソプラノとして知られているだけに、その道が選ばれない事を理解した上で惜しいと言っているのだ。

 その賞賛に私は毎回苦笑する事でしか返事ができなかった。


 銀座でのお買い物だが、買いたいものがあって来た訳ではない。

 帝西百貨店を抱えているから、ほしいものはそっちから買えばいい。

 それとは別にウィンドウショッピングをしたいお年頃なのだ。

 おしゃれをして、メイドの一条絵梨花と橘由香に護衛を連れてのぶら歩きである。

 寒いが、それ以上に流行を知ることができて楽しい。


「あの子誰だ?

 どこかで見たような気が……?」

「桂華院瑠奈!?

 かわいい♪」

「付いているメイドもかわいいよな」


 さすがに客層がいい事もあって、話題にはするが近寄っては来ない。

 特注品の銀時計を開けて時間を確かめながら、今日の夕食を考える。


「今日の夕食って何だっけ?」

「コック長の和辻さんからは、ホタテ貝と伊勢えびのポワレと伺っています。

 オードブルはオリーブオイルのトマトサラダ、デザートは梨のソルべだそうです」


 私の質問に橘由香が返事をする。

 さすがにコース料理が食べられる胃袋ではないので、量は少なめに設定されている。

 おなかに手を当てて考える。

 今日の私の気分は何だろう?

 それを考えて結論付ける。


「帰りましょうか。

 夕食楽しみにしているわよ♪」


 夕食後お風呂にゆっくりつかり、宿題と予習復習を終えて、読みかけの本を閉じて、私の休日は終わる。

 おやすみなさい……zzz




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瑠奈が読んでいた本

  『キノの旅』時雨沢恵一 電撃文庫

 読んであこがれた結果、原付で遠出をした思い出が。


納豆

 感想にあったので登場。

 最近は、納豆にもずくやめかぶをかけて混ぜて食べるのがお気に入り。

 これをほかほかごはんにかけるとおいしいのだ。


銀座

 せっかくだからと出してみたが、帝西百貨店は銀座に店舗が無い事が発覚。

 有楽町の総合百貨店は多分撤退しているし、瑠奈は基本新宿で買い物をしている事が確定。

 

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