負けを認めるからこそ人は成長する

 喫茶店『アヴァンティー』に集まった男三人。

 古川通信のTOBで得た資金の使い道で頭を悩ませていた。


「勝ったには勝ったが……瑠奈は遥か遠くを突っ走っているな」


 負けず嫌いの帝亜栄一だが、乾いた笑いしか出てこない。

 古川通信と四洋電機とポータコンの三社経営統合、『桂華電機連合』のスクープに世間の話題は持ちきりだった。

 この巨大コンピューター企業の総資産は兆単位だ。


「桂華院さんは何処まで行くんだろうね。

 銀行・物流・鉄道に電機。

 本当に巨大財閥に成り果せちゃったよ」


 泉川裕次郎も苦笑するしかない。

 その桂華グループを政治的にバックアップしているのが泉川副総理であり、渕上元総理や岩沢都知事と連携を取りながら、恋住総理と対抗しようとしていた。


「あのTOBで、町下ファンドの代表から連絡が来たぞ。

 『うちで働かないか?』だと。

 お断りしたが」


 後藤光也がコーヒーを飲みながら小説をめくる。

 町下ファンドぐらいならば、こっちの経歴はちゃんと調べているだろう。

 それを含めて、スカウトに来た。

 それだけ評価していると言っていいだろう。


「俺の所には来なかったな」

「僕の所にも」


 帝亜栄一と泉川裕次郎がほぼ同時に答える。

 そこから続けたのは帝亜栄一だった。


「かわりに祖父から叱られたよ。

 『金で遊ぶな』とな」


 職人肌である祖父からすれば、マネーゲームにのめり込もうとしている孫に注意したつもりなのだろう。

 帝亜一族は、創業と同時に物作りにこだわった一族である。


「分からなくはないが、そのマネーゲームの最たるもので桂華院はあれを手に入れたんだが?」

「だから『遊ぶな』なんだろうよ。

 瑠奈と同じ掛け金を用意する場合、帝亜グループ全部を賭けないといけなくなる。

 それをする気にはなれん」


 後藤光也のツッコミに、帝亜栄一がぼやく。

 ある意味、帝亜栄一はここで負けを認めた。

 だが、負けを認めた事と、桂華院瑠奈を諦める事はイコールでは無い。


「で、得た60億だが、それでまた起業しようと思う」

「構わないよ。

 僕らからすればあぶく銭だ。

 膨れるにせよ、無くなるにせよ、栄一くんに任せるよ」

「ああ。

 とはいえ、経営の手伝いはするがな。

 で、帝亜は何を起業する?」


 二人の確認に帝亜栄一は一枚の経済記事をテーブルに置く。


「『桂華金融ホールディングスが勘定系システム開発を凍結』……狙いはこれか?」

「ああ。

 瑠奈の仕事を奪う形になるが、勘定系システムエンジニアを集める人材派遣業だ。

 で、集める人材は、米国だ」

「なるほど。

 ITバブルが大崩壊している米国ならば、その手のエンジニアは安く確保できるけど、桂華院さんならそれぐらい考えているんじゃないの?」


 二人の確認に帝亜栄一は自信満々に言い切る。


「多分そこまで手が回らんだろう。

 あれは、瑠奈にとっても大博打だった。

 そうでもなければ、桂華金融ホールディングスの勘定系システムという自分の資金源のインフラ投資を後回しにするなんてありえないだろう?」


 出ている情報から正解を導き出したあたり帝亜栄一は賢いのだが、実際は瑠奈と桂華グループ内部の足並みの乱れなんて彼らに分かるわけもなく。

 それでも正解故に、彼らはまた成功の片道切符を手に入れる。


「勘定系システムの投資は、莫大な予算と人員を食う。

 米国で人材を確保できるメリットは、向こうの人間をネット経由で仕事させることで、日本時間の夜にも人間を確保できる所だ。

 桂華金融ホールディングスのシステム開発は、バックアップの構築とそれから銀行・証券・保険でシステムをまとめて、最後統合するという段階を踏んでる。

 バックアップとその管理を狙って、人材派遣とその業務管理。

 これが今回の起業のコンセプトだ」


「で、仕事が取れたら、それを元に融資を得て、サーバーを確保する。

 このサーバーを軸に金融機関のバックアップラインを構築して、金融機関に契約を掛けてゆく訳だね?」


「うまくいかなくても桂華院に売っぱらえば、借金無しで手仕舞いはできる訳だ。

 だが、帝亜よ。

 向こうの人間にこちらのシステム開発はできるのか?」


「できなくても、代替できる場所に人を送ればそこの日本人の人員を別の部署に回せる。

 そのあたりは光也の方が詳しいだろう」


 この面子で一番コンピュータに詳しい後藤光也が顎に手を当てて考える。

 日進月歩のハイテク情報をチェックしていたからこそ、それを口にした。


「彼らには開発基盤、つまりライブラリ、フレームワーク、データベース、セキュリティ系の開発をやって貰うのがいいかもしれん。

 最近、ようやくJavaが使い物になってきて、今までCOBOLが主流だった基幹系システムのオープン化が大々的に始まろうとしている。

 2000年に公開鍵暗号の特許が切れたおかげで、金融取引のようなセキュアなデータのITによる取り扱いにも問題がなくなってきている。

 今のうちに中枢部分を握っておけるというのは大きな強みになる。

 その成果を元に実際の業務モデルに落とし込んだ開発を、国内のベンダに任せてしまえばいい」


 次いで泉川裕次郎が口を挟む。

 交渉系スキルが高い彼は、それゆえに交渉時に感じた事を素直に口にした。


「西海岸じゃなくて、東海岸の人間を優先的に確保できないかい?

 時差で東京17時なら西海岸で00時、ニューヨークで朝の3時、この差を使って、東京にあるバックアップサーバーのミラーサーバーを西海岸と東海岸に作り、サーバー管理のバックアップを行うんだ。

 東京で21時まで頑張ればニューヨークなら朝の8時。

 ニューヨーク支部に管理を引き継いで家に帰せる。

 あるいは、ニューヨーク支部を2時間早く出社してもらえば、残業を19時までにして引き継ぎができる。

 こちらの人間の負担が一気に減ると思うよ」


 帝亜栄一の考えに泉川裕次郎がそれを拡張し、後藤光也が最悪のケースまで口に出す。

 後藤光也が帝亜栄一に念を押す形で確認をとる。


「だが、いいのか?

 これ、桂華院の協力前提だが?」


 それに帝亜栄一は、コーラを一気飲みして言い切った。


「ああ。

 勝ち負けを考えても瑠奈には追いつけん。

 何か別の所で男を磨く。

 それについてはまだ思い付いていないんだがな」


「だね」

「だな」


 そこで三人共黙り込む。

 そんな空気を読むわけ無く、その話題の主である桂華院瑠奈が入ってくる。


「おまたせ♪

 男三人で何を話していたの?」

「お前を使った金儲けの手段」

「なにそれ?

 聞かせなさいよ♪」


 ケーキを注文してスイーツ顔だった桂華院瑠奈の顔が、みるみる変わってゆく。

 具体的に言うと、目に『¥』が映っているというか。


「ねぇ。

 それ私も半分お金出すから、春までにサーバーまで用意できない?」

「状況次第だと思うが、やっぱり勘定系システムまで手は回っていなかったか」

「そりゃあ、みんなも知っている通り、ちょっと大博打を致しまして。

 あちこち手が回っていないのよ」

「やっぱりな。

 とはいえ、一から作るからその時間は無いぞ」

「え?

 東海岸の潰れかけのIT企業買うって話じゃないの?

 向こうITバブル崩壊してるから、安値で買えるわよ」

「あ!?

 その手があったか!!!」


 買収をさんざんしてきた桂華院瑠奈と起業を考えていた帝亜栄一の違いがここで露呈する。

 そして、彼女がここまで事業を大きくした理由を帝亜栄一ははっきりと理解した。

 『金で時間を買う』という彼女の手法を。


「おまたせしました。

 ご注文のケーキでございます」


 ウェイトレスがケーキを持ってきたので、スイーツ顔に戻った桂華院瑠奈に帝亜栄一が突っ込む。

 聞きたくはないが、確認しないといけない彼女の勝ちのリターンをだ。


「結局、いくら儲けたんだよ?」

「うーん。

 多分兆単位?」



 桂華院瑠奈の融資まで入れて東海岸のIT企業を買った『TIGバックアップシステム』だが、想定していた桂華金融ホールディングスではなく、この年の春に大規模システム障害を引き起こした穂波銀行が超お得意様になるなんてこの時の男子三人は知る由もなかった。

 この会社の初年度の決算は、売上高425億円、純利益105億円という高収益企業として三人の成功に新たな一ページを刻むことになる。




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今回の小説

 『氷菓』 米澤穂信 角川スニーカー文庫

 光也くんは多分折木奉太郎タイプが理想。

 現実は……


穂波銀行システム障害

 サグラダ・ファミリアのスタートなのだが、これでバックアップと人員用意していたらそりゃ言い値で食いつくだろう。こいつら。

 なお、これが引き金で穂波銀行は金融庁からお説教を受けた上に、信用失墜からあやうく破綻にまで追い込まれた。



 この話はなろうの感想にて、二行緑さんとブーイング737さんのネタを使わせていただきました。

 ありがとうございます。

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