茶番劇の舞台裏

「で、一条CEO。

 瑠奈が気付くと思うかい?」


「さあ?

 この仕掛け作ったのがうちの連中でアンジェラ秘書も噛んでいるなんて、お嬢様には言えませんよ。

 気付くかもしれませんが、気付いたら嫌でも理解してしまうでしょうね。

 あのお方は」


 瑠奈が来る前、会議室隣の役員室で一条進CEOと桂華院仲麻呂取締役の二人がため息をつく。

 このTOBの壮大なる茶番劇、そのお膳立てをしたのが実はアンジェラ秘書まで入れたこの三人だったのである。

 一条が嘆く。


「まぁ、帝国電話の面子を潰したのだから、何かしらの報復はあると思っていたが……システム開発に圧力を掛けるとは思っていなかった……」


 銀行というのは日々遠距離でお金のやり取りをしており、その処理をコンピューターに任せるようになっていた。

 これを勘定系システムという。

 合併に次ぐ合併で、重複複雑化するシステムを整理し経営効率を高めるためにも、全部門にまたがる勘定系システムの開発を目指してその発注をという矢先、そのシステム発注企業が次々とキャンセルの示唆を言ってきだしたのだ。

 なお、この勘定系システム開発企業の一つが古川通信である。

 そして、示し合わせたように日系システム企業がこのキャンセルに呼応しただけでなく、外資系システム企業までも『現地協力会社の確保がおぼつかない』という理由で手を引くという始末。

 帝国電話の激烈な報復に、一条と仲麻呂は即座に帝国電話との手打ちに入る。

 帝国電話との秘密裏の接触を重ねた結果、向こうが出してきた条件は唯一つ。


「あのお嬢様を大人しくさせておけ」


という訳で、お嬢様にそれとなく挫折を味わわせながら帝国電話との落とし所を探ったのが今回のTOBである。

 町下ファンドとアイアン・パートナーズは帝国電話が用意したみたいだが、古川通信買収失敗という演出をする為に足尾財閥のメインバンクである新田銀行支援というカバーストーリーまで作っての念の入れよう。

 更に新宿新幹線への投資と四洋電機防衛まで目を向けさせて、撤退の判断まで引き出した一条・仲麻呂・アンジェラの苦労が目に浮かぶ。


「米国システム企業が良くこっちの悪巧みに乗ってくれたもんだ」

「そっちはアンジェラ秘書経由で米国が圧力を掛けたとか。

 少なくとも、あのお嬢様を大事に育てたいのは向こうも同じでしょうからね」


 一条が安物の煙草を口に咥えるが火はつけない。

 娘の『タバコ臭いのはヤ!』という攻撃を受けて現在禁煙中である。

 一方の仲麻呂は最初から煙草に手を出さない。

 葉巻を嗜む程度だが、禁煙している人間の前でそれを取り出さないぐらいの配慮は心得ている。


「アンジェラ秘書がぼやいていましたよ。

 『あのお嬢様は可能性があり過ぎる。このままだと独裁者にすら成りかねない』と」


 瑠奈が気にしていない事だが、今の米国共和党政府と結びつきを強めたら、政権交代時に強烈な報復を食らう。

 しかも、野党である米国民主党は、近年対日政策はきつめであり、アンジェラはその民主党政権時の元産業スパイである。

 いずれ来る米国からの牽制を一番理解していた。


「ロシアが危惧したのもそこだろう。

 あの国は『君臨すれども統治せず』なんて言ってられない専制国家が本質だ。

 瑠奈が国を興してみろ。

 必ずロシア内部で誰かが呼応して内部が割れる。

 そして瑠奈が勝った時、日露にまたがる巨大専制帝国が出来ていたなんて悪夢を世界が許容できるものか」


 2001年は世界秩序に対するターニングポイントとして記憶されるだろう。

 非対称戦争という相手の見えない世界規模のゲリラ戦の果てに何が待っているのか?

 華族階級である仲麻呂は、その階級から見える歴史にうすら寒さを覚えざるを得ない。

 民族自決という考えがサラエボの一発の銃声を呼び、古き欧州を二度の世界大戦が完膚なきまでに壊したが、その二度目の世界大戦に出てきたのは独裁者だった。

 この手の非対称の攻撃に対して上から押さえ付ける形での秩序構築というのはよくある話で、その象徴として瑠奈が祭り上げられるのはまだいい。

 問題なのは、専制という実権を握って彼女が己の体を血で染める場合だ。

 何でも出来てしまうという事は、歯止めが無い事だ。

 腐ってもロシアは核保有国。

 彼女がその核ボタンを握って撃つだけならまだしも、彼女の側にいるだろう男性によって彼女がどう変わるのかが分からない。

 彼女の未来の可能性の一つに血塗られた選択肢がある以上、三人は瑠奈を『確実に幸せな良い人生を』歩ませるという事で結束していた。

 それは、彼女と日本と世界の未来を制限することを理解した上で。


「時代は変わった。

 瑠奈もそれを察しているでしょうが、それが瑠奈自身に関わることだという事に未だ気付いてない」


 仲麻呂のぼやきに一条が苦笑する。

 彼はそんな瑠奈の側の男子達の経済情報までしっかりと把握していた。


「お嬢様のご友人達は事業を売却して、古川通信の株を買っていたみたいですね。

 今回のTOBに応じたならば、60億ほどの利益を得る事ができるでしょう」


 それは凄い事なのだ。

 小学生で60億という資金というものは。

 だが、一条の主はその小学生で兆の金を動かし、日本トップ3に入る企業に単身喧嘩を売ってしまったお嬢様だった。


「向こうの強引な要請で香港で欧州貴族と引き合わせたよ。

 今の瑠奈の格からすればそれぐらいしか嫁ぎ先が無いだろうからね。

 瑠奈が幸せな人生を送るためにも、瑠奈は何処かで己を落とさないといけない」


 仲麻呂の言葉には嬉しさ半分、哀れみ半分の中途半端さがあった。

 欧州貴族と嫁がせても、待っているのは対ロシア関係だ。

 EUの膨張にロシアは警戒を隠しておらず、そこに瑠奈が嫁ごうものなら確実に揉める。

 じゃあ、ロシア国内の有力者相手にといかない所にこの問題のややこしさがあった。

 今のロシア指導部はソ連時代のエリート教育を受けた連中であり、ソ連というのはロシア帝国を殺してできた国家であり、その正当性を主張するために皇帝一家殺しまでした国家である。

 たとえ、それを瑠奈が許しても、国外に逃れた、虐げられた連中は絶対に忘れない。

 瑠奈の身柄を旗印に元共産党エリートに対する報復をするのは目に見えていた。


「鳥かごの鳥か」

「それでもその鳥かごが外から鳥自身を守っていると教えてあげるべきです。

 あの光景を覚えていますか?

 9月11日のあの九段下桂華タワーでスポットライトを浴びていたあの時お嬢様は世界を背負われていた。

 まだ小学生なのにその責任は重たく、その失敗があのビル崩壊の光景なのだとしたら、我々大人は何をしていたと歴史から断罪されるでしょうな」


 仲麻呂と一条は互いにため息をつく。

 それでも、会議が始まって瑠奈の『携帯で天下とったる』宣言で帝国電話に真っ向から喧嘩を売る気満々と知った一同が真っ青になったのだが、ひとまず古川通信については撤退してくれてほっとした矢先、米国の情勢がこの茶番劇を別ステージに押し上げる。

 それは、米国で激しく巻き起こっていたあるパソコンメーカーの買収劇であり、その買収反対派が『それを買うならジャパンのフルカワを買うべきだ』と主張しだしたのである。

 茶番劇が本当の殴り合いに切り替わった瞬間である。




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勘定系システム

 なお、桂華銀行のシステム的にはIBM系ベースに富士通と日立がお邪魔する感じ。

 桂華証券の発注等のシステムが日立系で、中小の寄せ集めだった保険・損保系はもうめちゃくちゃ。

 チェイテピラミッド姫路城状態のシステムを全部まとめて綺麗にしましょうというのが今回の狙いだった。

 なお、本音はサクラダ・ファミリアな修羅場っている某銀行のシステムに人員が吸い取られており、こっちまで人が回せないとお断りの名目にされた模様。

 某銀行悪夢のシステム障害は2002年4月。


米国パソコンメーカー

 米国二位のパソコンメーカー買収に創業家が反対し、女性CEOとの間で委任状争奪戦にまでなった元はプリンターで有名な会社。

 現実では最終的には合併に成功したが、この女性CEOは解任される。

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