VS ハゲタカ ROUND4

 状況は理解した。

 次は、それに合わせた対処である。

 まずは一条から穏健なプランが提示される。


「一番安牌な策は無視する事ですね。

 今回のTOB、良く言って配慮が、悪く言えば凄く日本的なので、無視してしまえばそれで事足ります」


 帝国電話の狙いは私が潰した面子の報復。

 ついでに古川通信の救済という所だろう。

 このTOB、ポイントは私達が悪役であるという点につきる。

 経営に介入し社長を追放した結果、その上が出張ってきたという形になっているからだ。

 敵対的TOBに見せかけて、古川通信から見ると私達に対する防衛という側面がどうしてもクローズアップされる。

 町下ファンドが買った株も多分最終的には帝国電話が買い取る算段がついているとみた。

 そのくせ、四洋電機との業務提携についてはまだ白紙にしていない所が実に日本的だ。

 業務提携からの合併にこちらが舵を切った際に帝国電話が出てくる腹積もりで、四洋との業務提携が実を結ぶならばその巨体で四洋を食べてしまえばいいという両天秤を掛けているのだろう。


「向こうもサインを出していますしね。

 新田銀行の救済をこちらが宣言すれば、少なくとも振り下ろそうとした手を降ろしてはくれるでしょう」


 私がものの試しに尋ねる。


「全面戦争を決意した場合は?」

「こっちが負けます」


 一条の声に淀みはない。

 このあたりの読みができるので、私は危険な橋を渡らずに分かることができるのだ。


「お嬢様は今年、買い物を少しし過ぎました。

 おそらく全面戦争になった場合、資金が足りなくなります」


 無尽蔵に思えるムーンライトファンドにも欠点があり、このファンドの稼ぎが海外という所が厄介なのだ。

 ムーンライトファンドの利益は米ドルであり、そのドルで原油をはじめとする資源を買って日本に送り、日本国内で資源を売って円に現金化するというプロセスをとっている。

 もちろん、急場を凌ぐために桂華銀行から借金をしてもいいが、今年はそれをするのもちと無理があった。


「新宿新幹線。

 あれが大きすぎましたな」


 一条の淡々とした声に私は声も出せずに天井を見上げる。

 新幹線事業は今年新宿新幹線の認可が通ったことで、鉄道事業単体で総額三兆円もの巨額投資をしていた。

 巨額投資は一括支払いのほうが割引が効くので、この支払いはやむを得ないものとは言え、これが無かったらこのTOBに対応できる現金が手元にあったのだが。

 おまけに新田銀行を救済すればほぼ日本円は枯渇する計算になる。

 資産はあるのに、現金化が追いつかないのだ。


「新田銀行救済を後回しにしたら?」

「世論と金融庁から総攻撃を受けますな。

 我々が好き勝手できたのは、結果が世のため人のためとなっていたからです」


 この手のは意外に無視できない。

 株券の持ち主は人だからだ。


「無理かー」

「無理です」


 私の嘆き声に容赦なくとどめを刺す一条。

 私も己の過去に無いこの事例をニュートラルに構えようと心掛けていたからこそ、帝国電話との全面対決は回避するという一条の方針に賛同した。

 納得はしていないが。


「じゃあ、古川通信との関係は白紙化の可能性を考えてオシマイでいいの?」

「いえ。

 少なくとも、TOBに合わせてお嬢様の守りを固める必要があります」

「守り?」


 アンジェラの横槍に私は首をかしげるが、アンジェラはモニターを動かして桂華グループ企業のある会社の株式チャートを出す。


「四洋電機です。

 古川通信が囮なら、ハゲタカの本命はこちらです」


 四洋電機は損失飛ばしの発覚から創業者一族を追放して、その穴埋めを桂華金融ホールディングスが第三者割当増資で補った事から、こちらの持ち株は37%だった。


「帝国電話が金を出して、古川通信を救済。

 これだけではハゲタカは満足しません。

 古川通信と四洋電機の業務提携は彼らも知っているでしょうから、合併を考えた場合四洋を抑えた方が安く合併会社の株を握れる可能性があります」


 過半数越えまでたかが14%。

 されど14%。

 TOBというのはそれを可能にする札束の殴り合いなのだ。


「一条CEOのおっしゃる通り、今のお嬢様のお財布にはそれほど資金は残っていませんが、新田銀行を救済しても、四洋電機の14%の株式を買うことができないほど残っていない訳では無いはずです。

 先に四洋電機に自社株買いをさせて、持株比率を高めてしまいましょう」


 四洋電機は電池と小型液晶の大当たりがあったとはいえ、白物家電などで莫大な赤字を出していた。

 そのため、リストラはいやでもしないといけない状況にあり、古川通信との業務提携はその切り札でもあったのだ。

 ここで仲麻呂お兄様が口を挟む。


「つまり、四洋電機を瑠奈はどうしたいのかい?

 全てはそれで答えが出るはずだよ」


 私はポケットからPHSを取り出してテーブルに置く。

 それを見ている皆の前で、今後のプランを語った。


「これには多くの金と物が注がれて更に進化してゆくでしょう。

 私はそれをシリコンバレーで見ています。

 あとは、それを作れる技術と設備だけなんです。

 四洋と古川はその中核になり得るのです」


 小型液晶と電池は抑えた。

 古川通信とくっ付けたら、完成機に対してある程度のシェアが取れる。

 もちろん、そのまま胡座をかいたらガラパゴス化でしてやられるが、それさえ気を付けて今ならば世界のデファクトスタンダードを握れる可能性がある。

 だからこそ、私は言う。


「これで、世界を抑えるわ」


 そして、そこから日本を変えてみせる。

 今回は手出しはできないが、私は静かに巻き返しを誓った。



────────────────────────────────


 もちろんこのお嬢様90年台後半に買い漁ったりんごの会社の株は未だ手元に持っている。


自社株買い

 企業が発行している株式を自らの資金を使って市場から買い戻す事。

 これで株が上がりやすくなって買収対策になる。

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