VS ハゲタカ ROUND3
古川通信の件で茅場町にある桂華金融ホールディングス本社に出向くと、案の定というかマスコミが待っていたので地下駐車場から入る。
向こうも商売なので、車に向かってマイクを突き出してくる姿は結構怖い。
「古川通信のTOBについて何か一言」
「対抗策は取られるのでしょうか?」
「古川通信を桂華グループに入れるという話がありますが何か仰ってくださいよ!」
という訳で地下駐車場に到着。
そのまま会議室の一つに直行する。
ホワイトボードには古川通信のTOBの記事が貼り付けられ、数台のパソコンモニターが市場の動向を映している。
中に居るのは数人だが、その数人で今後の方針を決める最重要会議である。
「お待ちしておりました。お嬢様」
「こっちは来たくて来たわけじゃないけどね」
一条の挨拶に軽く皮肉を返して私はお兄様に抱き付く。
こういう事ができるのも子供の特権というやつである。
「お兄様。
お久しぶりです」
「ああ。
こんな所で会わないといけないのがもったいないよ。
夕食は桜子さんも含めて一緒に食べないかい?」
「ええ。
おじゃま虫でないのでしたら」
桂華金融ホールディングス取締役の一人である仲麻呂お兄様の立場は結構特殊だ。
合併に次ぐ合併で図体があまりにも大きくなりすぎていたこの金融機関において、元製薬会社出身という事で動ける力も伝も無い所からのスタートである。
お兄様自身のスタッフも有能ではあるが、この異業種に慣れるまでの時間はまだ経っていない。ありがたい事に私の邪魔をせずに置物として振る舞っていた。
それだけでもこの人は馬鹿ではない。
「状況説明をお願い」
私は椅子に座って一条に状況説明を求める。
中央のモニターに古川通信の株価が表示された。
「古川通信はITバブル時に買い銘柄として推奨されていた事もあって、株価は4000円弱で推移。
ITバブルの崩壊と共に価格は下がり続け、同時多発テロとこの間起こったゼネラル・エネルギー・オンラインのチャプター11の申請で、一時は2000円を切っていました。
今回のTOBに伴い、株価は2000円台を戻し上昇中です。
なお、町下ファンドのTOB価格は当時の価格1950円におよそ25%のプレミアムをのせた2438円です」
つまり、今現在古川通信の株を買ってそれを町下ファンドに売れば利益が出る訳で、市場は買い一色となっていた。
ここまでは分かる。
「で、このTOBは成功するの?」
「分からないというのが正直な感想です。
足尾財閥のメインバンクの一つだった地銀大手の新田銀行が、バブル崩壊後の不良債権処理に追われて経営危機が囁かれています。
その救済で足尾財閥はかなりの株を市場に売却しているのです。
どれぐらい株が向こうに流れるかこっちも判断が付きかねる所で……」
日本の企業グループは親子上場というのをよくやる。
元々資金調達手段である株式上場だが日本では名を売る行為でもあり、上場時に子会社の株の過半数は握って半分を売る事で資金を確保する手だ。
うちも帝西百貨店でやって数千億円の資金を回収している。
だが、これをしだすと苦しい時に麻薬のように株を手放すという誘惑と戦うことになる。
『あとで買い戻せば……』そんな悪魔の囁きに負けて、持株比率が51%が33.4%に、10%になんて感じに。
で、そんな状況下で今回みたいにTOBをやられると打つ手が無くなるという訳だ。
「新田銀行は今回のTOBに際して、うちへのグループ入りを希望しています。
いつものように桂華ルールを適用して傘下に収めると約6000億円の資金が必要になります。
桂華金融ホールディングスとしては出せない金額ではないのですが、これをすると今回の古川通信へのTOBへの対処が確実に遅れます。
ただ、足尾財閥及び栃木県政財界関係者がこちらにアプローチを繰り返しており、足尾財閥からすれば古川通信より新田銀行をというのが本音でしょう」
一条に替わって今度はアンジェラが報告する。
この手の仕事が本来は彼女の本職なので、報告は淀み無く自信に溢れている。
「町下ファンドの金主であるアイアン・パートナーズですが、その彼らの後ろにいるのは米国大手証券会社チャールズ&エドモンド証券です。
米国の金融機関は先頃のゼネラル・エネルギー・オンラインの破綻でダメージを負っており、日本で派手なTOBを仕掛ける資金は無いはずなんです。
実際、彼らのTOBは33.4%という低い目標を定めています。
普通なら51%狙ってきますよ。こういう場合は」
アンジェラが活き活きし過ぎて面白い。
こういうのが本当に好きだからあの業界に入ったのだろうと推測できる。
で、有能すぎて経済スパイにスカウトされて、それが今や私のお守である。
ついこの間、旧友ことCIAの科学部門に神隠しについて尋ねて発狂していた彼女とは違……見なかったことにしてあげよう。うん。
「向こうの狙いは古川通信が抱えている優良資産の売却です。
『コア事業の集中』と『株主還元』を名目に古川通信が持っている資産の売却を迫るでしょう。
その最たるものがこれです」
モニターに映った企業名を見て私は思わず感嘆の声を出す。
さすがアンジェラ。
良くこれを見抜きやがった。
「古川自動機械製造株式会社。
工作機械及びロボット産業でトップシェアを誇る会社で、お嬢様が古川通信を狙った目的の一つ。
古川通信はこの会社の株式を40%弱保持しています」
そこで、橘が口を挟む。
状況について理解しているからこそ、町下ファンドやアイアン・パートナーズの意図とは別に彼らに金を出した連中がいると感付いたのだ。
「そこまではいい。
で、この仕掛けに金を出したの誰だ?」
その質問にアンジェラの笑みが妖艶なまでに美しく輝く。
彼女は楽しそうにその答えを口にした。
「あら、簡単じゃないですか。
この手の話は、うちに喧嘩を仕掛けても問題がない資金力と政治力が無いと成り立ちません。
そして、そんな企業の面子をお嬢様はこの間潰したばかりじゃないですか♪」
あー。
経済効率の問題ではなく、面子の問題だったか。
日本には『関係会社』という会社用語がある。
特定企業の業務活動について継続的に密接な関係にある企業で、よく言う下請けなんかの事だ。
で、この古川通信、とある会社の下請けをやっており、そこからの縁故で雇った人が社長にまで昇り詰めていた。
その縁故社長をうちが主体となった銀行団で『無能だから首』と追放した訳で、当然その社長はその縁故先に泣き付いたと。
始末が悪かった事に、この社長の親が民営化前の総裁、つまりその親会社のトップだったという強烈なコネを持っていた。
やらかした己の失態に私はテーブルに頭を打ち付け、その乾いた良い音と共にある会社の社章がモニターに映し出された。
古川通信が下請けをしていた会社で、日本全国何処にでもある国内トップ10に入る超巨大コングロマリットの社章が。
「帝国電話株式会社。
これが今回のお嬢様の敵の名前でございます」
────────────────────────────────
この物語の古川通信の株価
いろいろやって現実より景気が良いので、現実の大体倍で書いているがチャートの流れはそのまま。
新田銀行
今回の話の隠れた主役。
なお、現実では2003年に力尽きて破綻する。
チャールズ&エドモンド証券
元米国三大投資銀行の一つで、山一證券破綻時に彼らを使って日本進出をしたりと名前は日本でも聞いたことがある会社。
リーマン時に救済されたが、その救済がリーマンにとどめを刺す結果に。
古川自動機械製造
山梨県が誇る偉大な企業。
2001年時点の保有株がわからないので、最終時の保有株5%+サイコロでこの数字に。
帝国電話
ついつい略称で呼ぶけど、元ネタの正式名称『日本電信電話』で電信があるんだと調べてちょっとびっくり。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます