お嬢様馬を買い、顔を売り、喧嘩を売られる

 馬を買うと言っても、買い方には幾つか手段がある。

 一つはセリで出てきた馬を買う場合、もう一つは種付からお願いする場合である。

 どっちも基本牧場に委託する事になり、あくまで持ち主としての立ち位置になる。

 そんな訳で、帰りの機内でつらつらと考えていたのである。


「大器晩成型の馬は、嫌われる傾向があるそうですが……」


「別にいいじゃない。

 GⅠとれるならそれに越したこと無いし、時間は無駄にあるわよ」


 橘相手に話す中、アンジェラの方は牧場の方に金銭的支援と種付けあたりの交渉をしている。

 やる事が早いがまぁいい。


「で、ダービーを目指すのですか?」


「それこそ、宰相になるより難しいわよ。

 その言葉、創作らしいけど」


 適当なことを言いながらお馬さんのカタログをペラペラと眺める。

 美しい栗毛の馬が目を引いた。


「まぁ、勝てなかったら私が乗るわよ」


 高原の牧場でお馬でパカパカ。

 実にお嬢様である。


「真面目に勝つ事を考えるのならば、こっちの方がいいと思うのですがね」


 橘が差し出した写真数枚には、今日本で大流行している牡馬の子が写っていた。

 あ。

 たしかにこいつら名前は聞いたことあるな。

 ちなみに、さっき見てきた馬の父親でもある。

 それでも私は栗毛の馬の写真を取る。


「この馬にしましょう。

 何よりも見た目が素敵だわ♪」


 私は一旦馬の写真を置いて、アンジェラと橘の方を見る。

 競馬だけを見る為に香港に行くのは少しもったいなかったので、別の仕事も受けていたのである。

 日本政府から。


「で、アンジェラはお友達とお話できた?」

「ええ。

 色々と情報交換を」


 香港は、シンガポール経由で英国ロンドンと繋がる国際金融ネットワークのハブの一つである。

 このラインに共産中国やイスラム諸国の金と情報が集まる。

 CIAやMI6がチェックを入れているだろうし、その情報提供を日本は受けているはずである。

 しかし問題な事に、高支持率を保っている恋住政権のアキレス腱である外務省の機能不全が拡大して、外交に支障が出始めていた。

 ひとまずテロとアフガンについては泉川副総理によって事なきを得たが、正規ルートの機能不全の代替として枢密院と共に与党幹事長排除の暗闘とその間の外交ルート再構築の下準備を行っていたのである。

 こういう時、高位華族でかつ事業家中心の桂華院家は使い勝手がよく、その娘の私が馬見たさに香港に行ったというのは世間向けの良いカバーになっているという訳だ。

 沙田競馬場で会った、あの老紳士と孫の出会いは偶然ではないんだろうな。きっと。


「やはり次があるかー」


 私が白々しくカマをかけるが、アンジェラはただ微笑んで尻尾を掴ませない。

 アフガンは首都カブールを北部同盟が奪還して掃討戦段階に入っていると聞くが、南部ではパキスタンからの義勇兵の流入で激しい抵抗に苦戦。

 この抵抗に北部同盟軍と多国籍軍は更なる兵力の増強で対処しようとしていた。

 つまり、傭兵の投入であり、その傭兵供給国の一つが旧北日本であり、彼らが使い慣れている東側武器の安定供給マーケットの一つが香港であった。

 その傭兵の相場は武器と共に上がり続けている。


「お嬢様。

 この話はあまり深くお知りにならぬ方がよろしいかとこの橘は申し上げさせていただきます」


 橘の忠告に私はアンジェラと同じように微笑んでごまかす。

 そりゃそうだ。

 アフガンの次にイラクがあるのを私は確信している。

 そして、その為に揃えたものを今高値で売り飛ばせるのだ。

 橘が会った連中もそういう話をするためにわざわざ国外の香港までやって来た。

 サロンというのはそういう事ができる場所でもある。

 桂華院家はその成り立ちに麻薬売買が絡んでいた事もあって、東アジアの裏社会にある程度顔が利く。

 そのあたりの話も多分してきたのだろうな。


「わかりました。

 そのあたりの話には触れません」


「ご配慮、感謝いたします」


 子供なのがもどかしい?

 いや、子供だからこそ保護されている。

 少なくとも、あの飛行機がビルに突っ込んだ日から、できるだけ私を大人の仕事から遠ざけようという配慮は感じる。

 それが嬉しくもあり、もどかしくもある。

 あの老紳士というか、欧州側が私に接触を持ちかけてきたのは、米国及び日本中枢に顔が利く私を通じて両国の意向を探ろうした為だ。

 なにかに対処するべき…… 

 

「失礼します。

 もしもし……何ですって!?」


 私の思考を止めた電話はアンジェラからで、彼女は慌ててTVをつける。

 経済放送専門チャンネルの経済ニュースは、ちょうどそのニュースを伝えていた。


「……日本の大手エレクトロニクスメーカー古川通信のTOB、株式公開買い付けを発表しました。

 公開買付けを宣言した町下ファンドは、米国ファンドのアイアン・パートナーズと共に古川通信株の4%を足尾財閥諸企業より購入し、株式の1/3の保有を目指し経営陣の刷新と経営戦略の見直しの株主提案をすると……

 近く古川通信は四洋電機と業務提携を……」


 ちょっと待って!?

 こんな出来事私知らないんだけど!!!




────────────────────────────────


美しい栗毛の馬

 ステマ配合ではない。

 ステラ配合と思われる。

 牝馬による最多勝利記録を持っているあれが相手。

 もちろん、ステマ配合もこれから買ってゆく予定。


町下ファンド

 『物言う株主』と言われ『ハゲタカ』と叩かれたあのファンド。

 そりゃ、こんな美味しい仕掛け、横から掻っ攫えるなら掻っ攫う罠。

 その主張は『企業はコア事業への集中を図るべき』。


アイアン・パートナーズ

 こっちは裁判所からお墨付きをもらったハゲタカ・ファンド。

 とはいえ、利に聡いその姿勢は尊敬できないが嫌いではない。

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