その旅路は黄金色に

 現在、ビジネスジェットを使って東シナ海を南下中。

 備え付けのベッドで昼寝を堪能していた私に、到着アナウンスが聞こえる。


「間もなく香港空港に到着いたします。

 シートベルトの着用をお願いします」


 香港。

 悪名高い啓徳空港は既に無く、香港国際空港に切り替わっている。

 おかげで安心して到着できたのだが、入国手続きに少し時間が掛かる。

 香港が返還されたのはいいのだが返されたのが共産中国側で、ここで共産中国は外貨を稼いでいると言っても過言ではない。

 共産中国の金融都市は、前世ではここから徐々に上海に切り替わってゆくのだが、この世界では南京が共産中国の首都になっているので、さて上海はどうなるのやら……


「おまたせしました。お嬢様。

 手続きが終わりましたので、飛行機を降りてそのまま車に乗ってください」


 『上に政策あれば下に対策あり』とは有名な言葉だが、それはこの世界でも使えるらしい。

 ぶっちゃけるとコネとカネである。

 私の乗るリムジンを挟んだ三台の黒塗りの車は駐機エリアからそのまま空港を後にする。


「しかし、お嬢様。

 わざわざここまで来なくてもいいと思うのですが……」


 橘と共に付いて来たアンジェラがぼやくが、彼女はこっちに来たついでにビジネス街に出向いて色々仕事をするらしい。

 私がわざわざここまで来た理由は唯一つ。


「仕方ないじゃない。

 紳士淑女たるものは、馬の一頭ぐらい持っておけなんて言われたらこっちも買いたくなるじゃない」


「で、あの馬に目を付けるのがお嬢様らしいというか……」


「馬券は買わないんだからいいでしょ?

 花道は生で見たいものなのよ」


 華族や財閥が残っているこの世界に於いて、競馬というのは貴族のスポーツでもある。

 そして、この時代、とにかく日本競馬史上最も華やかで激しい馬たちのドラマが見れた時代でもあった。

 そんな最後の一頭がこのレースを最後に引退するという。

 だったら、見に行かないとだめでしょうという事で、きっちり的を絞っての海外渡航である。

 ちゃんとお義父様やお兄様に了解を得ての海外渡航は結構骨が折れたが、大財閥になりつつある桂華院家としても馬の一頭ぐらいはという訳で、了承してくれたのである。


 香港ヴァーズ。

 香港の字幕表記で金色旅路と書かれた馬が私の見たい馬であり、その引退試合である。


 沙田競馬場の来賓入り口から入場。

 賭け事大好き中国人が競馬場にぎっしり駆け付けているが、貴賓席は色取り取りの人種で溢れていた。

 欧州人はおそらく英国系だろうか?

 元植民地なだけあって、こういう所で見ると大英帝国は生きているんだなと感じる。

 一方で、大声でまくしたてる中国人だが、威嚇しているのではなくその声の大きさが道理を引っ込める事が多い中国ならではの会話手法だったりする。

 日本人も多い。

 バブルで痛手を受けたが、まだまだ日本人は東アジアでは金持ちで名が通っているのだ。

 そんな彼らが私をちらりと見てヒソヒソ。

 まぁ、ここに来ている連中で私の身元を知らないやつは居ないだろう。


「お嬢様。

 少し失礼いたします」


「いってらっしゃい」


 橘がアンジェラと共に要人の所に行って挨拶回りをする。

 この手のイベントは家族連れで見るものでもあり、貴賓席の中にも結構子供が多い。

 私みたいに、ひとりでやって来ているのは珍しいのだろうが。


「おや?

 可愛いお嬢様だ」


「こんにちは。

 お馬さんを見に日本から来ました」


 私の席の隣りに座っていた老紳士が英語で声を掛け、私も笑顔で英語で返す。

 このあたり英語がデフォである香港はありがたいと言えよう。


「お祖父様」


 その老紳士の隣りにいた美少年が私の方を見る。

 あれ?

 どっか見たような気がするのだが?


「ああ。

 自己紹介がまだだったね。

 私の名前は、カール・ロートリンゲ。

 こっちは孫のフランツだ」


「ルナ・ケイカインと申します。

 どうぞよろしくおねがいします」


「フランツ・ロートリンゲです。

 よろしくお願いします」


 思い出した。

 こいつ没キャラとして設定資料集に出てた、欧州の大貴族じゃねーか。

 その血は欧州貴族の中に混じっていない者は居ないと言われる欧州ブルーブラッドの源流。

 元の世界にも思い当たる家があるにはあるのだが、第二次大戦以後の欧州環境が彼らの復活を許した。

 ソ連は欧州で思ったほど勢力圏を獲得できず、東西冷戦におけるドイツの強大化と独自路線を行くユーゴに挟まれたオーストリアは、ドイツに飲まれない為に彼らの帰還を求めたのである。

 その結果、欧州の青い血はそのままEU統合にかなりの影響力を発揮したと聞く。

 EU官僚や政治家や外交官にはかなりの数でこの手の青い血が流れている人がおり、日本外交の窓口として華族が働ける理由の一つになっていたり。

 ゲームでは留学生として登場する設定だったらしいが、容量の問題なのかシナリオの都合なのか、あるいは両方なのか知らないが残念ながら没になった。

 そのせいだと思うが、後の続編にこの手の貴族や石油王等のロマンス満載のゲームが登場する事に。


「どの馬を応援に来られたのですか?」


 フランツの質問に私は一頭の馬を指差す。

 私は馬を愛するという気持ちは良くわからないが、その馬が持っている物語はとても愛していた。

 日本競馬空前のスター達の物語の横を駆け抜けたあの馬の物語を。


「中々勝てない馬でね。

 そのくせ二着三着ににはしっかり入っているって馬。

 かと思えば、ドバイSGでワールドレーシング・チャンピオンシップのチャンピオンに勝ったりする馬。

 これが引退レースでね、最後のGⅠチャンスなのよ」


「綺麗に終われる馬はそう多くはないですよ」


 冷めた意見を言うフランツの言葉は尤もだ。

 老いて体力が無くなるから引退するのであって、その引退時に綺麗に終われる馬がどれぐらい居るのだろうか?

 いや、馬だけではない。人だって、勝って花道を綺麗に飾れる人がどれぐらい居るのだろうか?


「だから、そんな馬が出る夢を見るんじゃない♪」

 

「あ。

 始まりますよ」


 ファンファーレが鳴り、私はそこで会話を打ち切ってレースに集中する。

 オペラグラスから見る、かの馬はとても綺麗だった。

 その旅路の終わりを先頭で駆け抜けるかの馬を見終わった後、泣いている自分が居た。


「何で泣いているのですか?」


 ハンカチを差し出すフランツに、ハンカチで涙をふきながらフランツに返事をする。


「このレースに泣いているんじゃないの。

 この馬の物語に泣いているの」


 それは美しい物語を見終えたように爽快で、あまりに綺麗に終わったがゆえに私は涙目で笑った。



 帰った後、私はかの馬の子供たちの馬主となった。

 まさかあんなに活躍するとは……




────────────────────────────────


『ウマ娘プリティーダービー』を見てハマったのがこの馬と『高貴な雑草』ことキングヘイロー。

なお、上二頭から察してほしいが、ナイスネイチャとかも大好きである。


啓徳空港

 メーデー民ならコンゴーニャス国際空港並に降りたくない空港。


金色旅路

 元ネタは言わずもがな。

 後に出るGⅠ馬を買うのもいいけど、ダビスタ的楽しみもありかなと考えたり。


ロートリンゲ家

 欧州ブルーブラッドを出すなら当然出る家。

 戦争より結婚で領地を広げた家なので狙うのは確定的に明らか。

 このあたりを調べだすと、本気で迷宮にハマるので適当に摘むだけにする予定。


石油王

 いち某国で話題になっているけど、『石油王と一対一にならないでください。ホテルでは守りきれません』なんて話題がツイッターで流れて、彼の権勢が伺い知れる。

 しかし、あの問題どうなるのやら……

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