あるバンカーの述懐

 まずは私の経歴から話しましょうか。

 当時私は極東銀行の融資審査部にいました。

 融資についての審査をする所で、当時の極東銀行の融資は杜撰なものでしたよ。

 元々第二地銀の上、極東グループの機関銀行だった事もあり、バブルで多額の不良債権を抱える極東土地開発と極東ホテルが経営の重しになっていたんです。

 その後桂華グループとくっ付いてなんとか息をしていた状態でしたが、ある時から合併吸収を繰り返して急成長し始めた。その処理スキームは当時の東京支店長の一条現桂華金融ホールディングスCEOと桂華鉄道の橘社長が考案したとか。

 極東土地開発の会社更生法適用と極東ホテルのリゾート事業の清算。

 経営陣は責任を取って退任し、身奇麗にした所で大蔵省の天下りを経営陣に据える。

 そんな荒業が通ったのも東京支店の、いや、ムーンライトファンドの荒稼ぎがあったおかげでしょうね。

 身奇麗になった極東銀行ですが、当時の金融危機においてちょうど良い受け皿でした。

 不良債権はなく、経営陣は大蔵省の天下り。

 不良債権処理に追われる金融機関を監督する大蔵省にとって、この銀行を受け皿にやばい銀行を救うというのはかなり早い段階で考えられていたと思いますよ。

 北海道開拓銀行との合併については、実は極東銀行の方が前のめりでした。

 当時の北海道開拓銀行の経営危機は見ていて持たないと思っていましたからね。あそこが潰れたら景気がさらに悪くなって不良債権が増える、それは困るとでも考えたのか?

 極東銀行は大蔵省を通じてかなり早い時点で北海道開拓銀行に合併を打診しています。

 この時の条件、後の桂華ルールですが、



 相手先の役員は全員退職させる。

 不正行為をしていた連中はちゃんと罪を背負わせる。

 飛ばしを含めた不良債権は全額切り離して整理回収機構に渡す。

 金融危機安定化の為に合併や買収時に日銀特融を受ける。



 たったこれだけで、北海道開拓銀行を飲み込んだのですから大蔵省との出来レースを疑いましたよ。私は。

 しかも、狡猾だったのが、合併交渉前に三海証券の救済を発表しています。桂華ルール適用の先例を作る、極東銀行が救済を主導する先例を作る、救済処理の実行部隊の確保、処理資金獲得のためのムーンライトファンドを公式に認めやすくするために総合金融機関化するための道筋をつける。様々な効果を狙っていたのでしょう。

 当時の大蔵省の金融行政は証券と銀行が縦割りだったから、一山証券と北海道開拓銀行の同時危機は共有されていませんでした。

 この三海証券の救済は証券部門に進出したい一条CEOが出した北海道開拓銀行救済の条件の一つと聞いていますが、極東銀行を通じて二つの金融機関の爆弾がほぼ同時に炸裂しかねないと大蔵省が認識したきっかけにもなったのです。

 もう少し説明が必要ですね。

 金融機関はコール市場という所で日々お金のやり取りをしています。

 互いにプロだから、互いの経営状況は察している。

 そこでお金が借りれないという事は、他の金融機関が貸しても返ってこないと判断しているんです。

 このコール市場で三海証券と一山証券、北海道開拓銀行はお金を貸してもらえなかった。

 破綻への導火線に火がついた状態と言った方がいいでしょう。

 そのうち、株式市場ではこれら三つの株に空売りを仕掛けだす者まで出る様になった。止めを刺すことで利益を得ようとし始めたんです。そこで三海証券と北海道開拓銀行が救済されたら、残った一山証券が空売りの集中攻撃を受けて確実に破綻するのは目に見えている。

 都市銀行は破綻は絶対にさせないと泉川大蔵大臣は言い続けていましたが、四大証券の破綻もまた大臣に傷が付く責任問題になりかねなかった。

 大蔵省は縦割り行政の弊害で担当以外の業種に目が行っていなかったため、この三つは同時救済にしないといけない事に気付いていなかった。極東銀行による三海証券と北海道開拓銀行の救済打診を受けた時点あたりから、大蔵省全体の共通認識になったという訳です。

 ここで問題になるのが、一山証券は損失隠しと総会屋の利益供与や簿外債務発覚で日銀特融が出しにくい状況だった点です。

 そこで、極東銀行の三海証券救済というカバーに隠して、一山証券を合併させて一山証券も救済したのです。

 逆さ合併という形をとった上に、桂華の名前を付けて国民の目をごまかした。

 住専救済で税金投入の非難を浴びまくった大蔵省にとっては渡りに船の隠れ蓑でしょうね。

 政商桂華グループと泉川副総理の関係はここから始まったと言ってもいいでしょう。



 私はその頃札幌本店、つまり旧北海道開拓銀行の本店で、債務整理作業をしていました。

 あっちは極東銀行以上に乱脈経営でしたからね。

 それでも北海道の住民は我々を歓呼の声で迎えてくれたんですよ。


『よくぞ、北海道開拓銀行を助けてくださった』


って。

 実際、破綻からの譲渡だと北海道企業群が持っている北海道開拓銀行の株式が紙くずになって特別損失を出すことになる。

 合併比率は極東銀行有利にしましたけど、TOBで空売りされている北海道開拓銀行の株式を買い取って相場の下支えをしたこと、地元企業の持っている株が紙くずにならなかった事は、北海道経済を救ったと思っています。その代わり、空売りを仕掛けていたアメリカのハゲタカファンドやわが国の一部に居たはねっかえり投資家は大損したようですけどね。

 とはいえ、北海道開拓銀行の債権を全部抱えたら不良債権で潰れてしまいかねない。

 この時期、北海道警察が特別背任で経営者を逮捕したり、企業が告発したのは決して偶然ではなかったんです。

 それは、銀行側のケジメでしたから。

 莫大に投下された日銀特融という麻酔が効いている内に、なんとしても不良債権を切り離さないといけなかった。

 その見極めができたのは、第三者である私達旧極東組をはじめとした旧一山証券組や三海証券組でした。

 なお、同じことを一山証券と三海証券でも行う必要があり、そっちは旧北海道開拓銀行組が審査しましたよ。

 互いが互いのスネを蹴る、暗闘に近い泥仕合。

 あれはもう二度としたくないなと思った所に、日銀特融おかわりと共に長信銀行と債権銀行がやって来た。

 人間新参者を敵に見立てると団結するんだと苦笑した覚えがあります。


 日銀特融ですが、数度に渡る合計八兆円もの融資が投下され、『これ本当に返せるのか?』と身が凍る思いがしたのは事実です。

 これを桂華銀行は逆さ合併の連続で処理しました。

 我々はマトリョーシカと言って笑っていましたが。

 まず、この八兆円の日銀特融ですが、基本は使いません。やばい銀行から預金流出する代わりに政府が預金してくれる。やばい証券会社から投資金流出が起こった分を政府が投資してくれる。お金を稼ぐために必要な運転資金を一時的に入れてくれるという性質のものなので、減るということはまず起こらないんです。

 資本減少を防ぐための見せ金で、日銀特融は無担保・無制限の特別融資です。

 ですが、不良債権は帳簿上100億の価値があるのに時価は50億に下がったといった資産であるため、これを抱えたままで日銀特融を受けると、この特別損失を計上したときに会社全体の資本が目減りし、実質的に見せ金そのものが減るのと同じ事になってしまう。そのため特融を受ける前に、なんとしても帳簿上金融機関を綺麗にする必要があったのです。

 まずは北海道開拓銀行の不良債権を時価で整理回収機構に売却。

 この時点で巨額の損失がでますが、それによる資本の減少を防ぐのが日銀特融の役目です。

 そして、極東銀行を母体に北海道開拓銀行を逆さ合併で吸収し、北海道開拓銀行の持っていた含み益を顕在化させて損失を一掃。含み益というのは不良債権の丁度逆で、50億の資産が高騰して時価だと100億になっているというものです。合併のときにこれを計上できるんですよ。

 桂華銀行になったのはこの時ですね。

 次にやってきた長信銀行も不良債権を時価で整理回収機構に売却した後、長信銀行を母体に桂華銀行を逆さ合併で吸収し、桂華銀行の含み益を顕在化させて損失を一掃。

 合併銀行の名前が桂華銀行なのに、存続母体が長信銀行なのがミソなんです。

 最後にほぼ同時期にやってきた債権銀行も同じく不良債権を時価で整理回収機構に売却した後、債権銀行を母体に逆さ合併で吸収し、桂華銀行の含み益を顕在化させて損失を一掃。

 もちろん名前は桂華銀行のまま。

 本当に綱渡りでしたよ。これは。

 それでも、綱渡りをクリアできたのはこの時手に入れた桂華証券の保有株式の含み益と、ムーンライトファンドの高収益が大きかったですね。

 株式が安定した事で保有株の含み益が出しやすくなった事と、逆さ合併で桂華銀行の100%子会社であった三海証券が一山証券を食べたことで含み益が常に桂華銀行に載せられたのがありがたかったです。

 特にムーンライトファンドのあの高収益は信用と実績という点で本当に助かりました。

 あのファンドだけで年1000億は軽く稼いで来るんですよ。

 あのファンドに創立から関わっていた一条CEOが頭取になるのは時間の問題だと中では囁かれていましたよ。

 で、とどめはロシア金融危機後に集中投資したロシア国債です。どん底まで経済が落ち込んでルーブルが暴落している時点でロシア国債をシンジケートを組んでまで大量に買っていたんです。当然、ロシア経済が回復するに連れて含み益がどんどん膨らみました。

 あれのリターンは本当に大きく、日銀特融の前倒し返済にこぎ付けたのはあれの成功だと思っています。

 その後も、日本初のメガバンク及び金融持株会社として共鳴銀行、丸々火災海上保険、門野生命保険、川井生命保険を傘下に収めていますが、今や自己資金だけでなんとかやっていける体制に持っていけました。

 とはいえ、中のリストラと主導権争いは大変なものでしたよ。

 大蔵省の天下り組は大蔵省のスキャンダルと金融庁と財務省の分割で帰る家を失って、影響力が失墜。

 その成り立ちから一番優遇されるはずの旧極東銀行組は一番数が少ない上に、都市銀行組と比べるとやっぱり出来が劣る。

 都市銀行組は、旧長信銀行と旧債権銀行の肩身が狭く、旧北海道開拓銀行組と旧共鳴銀行組が覇権争いの最中で、横を旧一山証券組が虎視眈々と狙っている伏魔殿ですよ。

 北海道開拓銀行組の鼻息が荒いのは、北海道経済という地域密着があって、道庁の支援が陰からあったとか。

 丸今百貨店の帝西百貨店グループ入りや天崎建設の支援なんてのはその代表でしょうね。

 一方、旧長信銀行や旧債権銀行は永田町の金庫なんて呼ばれた時期もあり、開けると何が出てくるか分からないパンドラの箱でした。

 その箱は閉じられたまま整理回収機構に回してしまいましたが、無くなったことで永田町の支援を得られなくなって影響力を失っていったんです。

 共鳴銀行、正確には大阪組の鼻息が荒いのは、共鳴銀行の大阪側の経営が健全で責任は関東側にあると考えているからです。

 もっとも、旧極東銀行出身の一条CEOはこれを見越してか外資系の有能な人間を次々と入れており、後継者レースを競わせています。

 同期の酒の席の話ですが、今一番囁かれているのは、桂華院家秘書として就いているアンジェラ・サリバン女史の事です。後継者レースで一歩先んじているのではというね。彼女はシルバー・ウーマン証券のファンドマネージャーに内定していた所を桂華鉄道の橘社長にヘッドハントされたという経歴を持ちます。

 彼女を証券部門の役員に据えるか、ムーンライトファンドの担当に置くかという話が流れているとか。

 今や巨大財閥と化した桂華グループの機関銀行と内外から批判を受けている桂華金融ホールディングスは、近い内に株式を上場し桂華グループの機関銀行の立場から脱却する必要に迫られています。

 それができる人材ではあるのでしょうが、『外資に売り渡す気か!?』と永田町からの批判も凄いことになるでしょうね。


 私自身の現在ですが、今は東京のITベンチャーの財務担当役員をしています。

 結局私は桂華銀行のエンブレムを胸に飾った時間はそんなにありませんでしたが、今も記念に桂華銀行のエンブレムは持っているんですよ。

 あの一連の金融危機で色々翻弄されましたが、まぁ、私はなんとか生きていますという事で。



アングラ系経済誌の記事より抜粋

なお、この号は発売直後に買い占めが行われて、多くが表に出ていない。




────────────────────────────────


機関銀行

 少数の事業会社と資本的・人的に密接な相互関係をもち、その企業や関連する企業へ融資を集中させる銀行。

 財閥の中核を成す事が多く、財閥の財布として機能した。

 反面、その財閥が苦境に陥ると共に破綻するので、現実では財閥解体からの企業グループ化において姿を消す事になる。


第二地銀

 相互銀行から転換した地方銀行で良く言って地元密着。

 悪く言えば、経営が弱い銀行。

 金融危機時に倒れたり食われたりした。


縦割り行政

 この話のきっかけは『解明・拓銀を潰した戦犯』(講談社文庫)を読んだからなのだが、証券部門と銀行部門の意思疎通がとれていなかった事に衝撃を受ける。

 しかも、銀行部門は日債銀と拓銀の二正面作戦を強いられる始末。

 だからあの大連鎖破綻が発生したのか……


丸今百貨店と天崎建設

 拓銀破綻で話題になったこれを忘れていたので、救済とその後を少し。

 天崎建設は四国新幹線建設等にも絡んでいると見た。

 有利子負債は丸今百貨店が940億円、天崎建設が一千億円。


シルバー・ウーマン証券

 元ネタは金色のサックスを吹いているような名前の証券会社。

 そこのファンドマージャー、日本の会社で言う所の部長格で招こうとした事でアンジェラがいかに優れているか、そして当時のCIAの経済スパイがムーンライトファンドに目をつけていたかが分かる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る