9月11日 その2
九段下桂華タワーの落成記念パーティーは少し遅めの21時からにしている。
そうすれば、出席者は大体30分前ぐらいからグラスを片手に歓談できるという配慮が一つ。
もう一つは、ここに来る政財界の要人達に何か起こった時にリアルタイムで情報を提示する為に。
「コロラド州のトレインジャックは犯人を射殺して解決したみたいです。
列車は暴走寸前でしたが、脱線させる事で被害を最小限に抑えたとの事。
米国政府機関は警戒を続けています」
アンジェラの報告を聞いている私の表情は硬い。
またコロラド州というのが憎たらしい。
アメリカ中西部の都市だから、警戒はしていても東海岸諸都市はどうしても気を抜いてしまう。
「放射性廃棄物を積んでいたと聞いたけど、そっちの方の被害はどのようなものかしら?」
「そちらの報告は入ってきていませんね」
真面目そうに報告するアンジェラだが、語感に安堵が隠せていない。
たとえ脱線して放射性廃棄物がばらまかれたとしてもデンバー壊滅みたいな被害にならないからで、コラテラル・ダメージの許容範囲内と考えているのだろう。
「それよりもお嬢様。
今日のパーティーの挨拶の原稿は覚えましたか?」
「めんどうだから、適当じゃ駄目なの?」
「駄目です。
今日は、恋住総理に泉川副総理と政府要人が揃っていらっしゃるパーティーの席です。
挨拶も政治である事はお嬢様ならば、理解できないわけではないでしょう?」
「はーい」
私は渋々原稿を暗記する。
このあたりチートボディがありがたい。
「そのかわりに、渡部さんと帝亜国際フィルハーモニーのセッションを堪能してもらいますから」
「あ。
渡部さんOKしてくれたんだ♪」
今更恥ずかしいと断っていた運転手兼バイオリニストの渡部さんだが、帝亜フィルの方が乗り気でついに折れたらしい。
実際、今でも野良演奏をしているが、人が多すぎて帝西百貨店側がホールを提供したとか。
「台風もだいぶ落ち着いてきたわね」
「ええ。
きっと夜には晴れると思いますわ」
何事もなくパーティーが終わって欲しい。
私は心からそう思った。
「よ。瑠奈。
来たぞ」
「落成おめでとう。
凄いビルだね」
「桂華院家の栄華ここに極まれりと言った所かな」
いつもの面子が私にお祝いの言葉を言う。
時間は午後6時。
パーティー前だからこその気軽さと軽めの夕食付き歓談室には、桂華院家の身内と親密な方々のみが呼ばれている。
「いいでしょう♪
私のビルよ。
一国一城の主になった気分だわ」
「普通それは家の事を指すんだが、高層ビルに使うのが瑠奈らしいよな」
「おまけに長いローンを組んでというのが相場なのに、一括で買っちゃうのが桂華院さんらしいよね」
「これで堂々と言い切れるのが桂華院の凄い所だよな」
軽くサンドイッチと飲み物をつまみながら雑談していると薫さんがお姉さんを連れてやってくる。
桜子さんと仲麻呂お兄様の婚約もこの席でお披露目されるのだが、この縁組も紆余曲折を経てやっと表に出せるという事になった。
主に私のせいで。
「瑠奈さん。
紹介するわ。
こちらが姉の桜子さん」
「こんばんは。
朝霧侯爵家長女の桜子よ。
瑠奈さんのお兄さんの仲麻呂さんには色々とお世話になっています」
「桂華院公爵家の瑠奈です。
仲麻呂お兄様をどうかよろしくお願いします」
「おいおい。
僕はそんなに信用がないのかい?」
仲麻呂お兄様もこっちに加わって話の輪の中に入る。
桂華院家の中では、私の持つ財産とコネから独立するのではという心配から何とか私を抑えようとする動きがあり、この婚約も流れかかった時期がある。
それでもこうしてお披露目までこぎ着けたのは、仲麻呂お兄様と桜子さんの努力のおかげだろう。
「今は岩崎銀行の窓口で働いているの。
お札を数えるのは、ちょっと得意なのよ♪」
「お姉さま、大学卒業と同時に婚約だなんて準備していなくて、お祖父様に泣き付いたのですよ」
「「本当に申し訳ない」」
薫さんの暴露に頭を下げる私と仲麻呂お兄様。
急成長した桂華グループの吸収と私の企業群の対立、その代理戦争としての桂華院家の家督争いに決着と言うか妥協が成立したのも、このビルが完成して一国一城の主と内外に宣言できた事。
岩崎財閥が岩崎自動車絡みで私に借りを作った事。
企業群が膨大過ぎて仲麻呂お兄様の手を借りた事で桂華院家の統制がある程度行くめどがたった事が大きいのだろう。
なお、桜子さんが泣き付いたお祖父様というのが、岩崎銀行頭取の岩崎弥四郎氏である。
「皆様そろそろ移動をお願いします」
橘の声で皆上層階の会場に移動する。
通路の要所にメイドが立ち、私たちに礼をする。
会場は、既に要人達がグラス片手に歓談している。
栄一くんや裕次郎くんや光也くんのお父さん達が見える。
恋住総理の下には、話をしたいセレブが群がっている。
清麻呂お義父様は、私の晴れ舞台なので陰から見守るつもりらしい。
ここに飛行機が突っ込んだらこの国終わるなと自嘲する。
来ないはずだ。
ここには。
そう断言できないから胃が痛い。
「……では開会の挨拶を、桂華院瑠奈公爵令嬢に……」
スポットライトが私を照らす。
前世であれほど憧れたこの光が今は、断罪を受けるようで辛い。
それでも笑顔を作って、私はその時を迎える。
お願いします。
どうか何も起きませんように。
何が起きるか知っているでしょう?
私だけは。
結果、私の願いは叶わず、私の予想は的中した。
「大変です!
モニターを回します!!
ニューヨークがっ!!!」
ドアを開けて大声で叫んだ岡崎より、正面モニターに皆の注目が集まる。
ニューヨークのツインタワー。
その片方から盛大に煙が吹いていた。
「何だこれは!?」
「映画じゃないのか!?」
「嘘でしょ……」
最初に思ったのは、ずいぶんと出来の良い映画だなだった。
この頃のハリウッドはテロ物のアクション映画が人気で、まだ判るCG技術がフィクションである事の証拠とばかりに……
そんなことを前世で思った覚えがある。
「まだハイジャックされた機は十機近くあると……」
モニターのニュースキャスターの声に中央の私はただモニターを見詰めたまま。
防げなかった。
防ぐ手はあったのに、最善手を打ったつもりだったけど届かなかった。
だとしたら、私は何の為に生きているのだろう?
二機目が突っ込んだ。
私の中で何かが切れた音がした。
「瑠奈っ!」
栄一くんが駆けてくるのが見える。
という事は、今、倒れた私を支えているのは誰なのだろう?
「ゆっくり休みなさい。
そしてありがとう。
ここからは、大人の仕事だ」
そう言って微笑む恋住総理を見て、貴方ならば任せられるなと思いながら私は意識を失った。
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デンバーのテロ
アトミックトレインネタならばここからが本番。
10機以上の……
ニュースで確認すると、第一報だとこの数で、後の大混乱から四機と確定する。
なお、この世界線では4機かどうかはまだ決まっていないが二機は確定。
つまり
サイコロの時間だ。
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