ある○○の述懐

『そうですね。

 あの時の記憶ですか。

 私は宿泊先のフェリーの部屋、ええ。大部屋で休んでいた時に、あのニュースを見たんですよ。

 誰もがテレビから離れませんでしたね。

 しばらくして、船内放送で全員待機の指令が来て、上の連中が慌てて何処かと連絡を取っていたのを覚えています。

 ちょうど台風が来て、明日にはその災害派遣に出向く予定だったので、急遽私達に出動が掛かるなんて思っていたのですが、行き先は都内の警備でした。

 つまり、警察や自衛隊が別の事に駆り出されていると否応なく感じましたよ。

 どれぐらいだったかな……たしかツインタワーが崩れた後だったと思いますが、警視庁の警部がやって来てその指揮下に入る事と武装許可の命令が出たのは。

 私は元々北日本の兵士で、この警備会社に入れたので武器については一通り扱えますが、指揮をする警部さんの方が顔が青白くなって見るに堪えない姿だったのを覚えています。

 軍に居た時は、党のエリートの士官なんかが同じ姿をよく晒していましたからね。

 「大丈夫です。めったに敵なんて来ませんよ」と励ましたのを覚えています。

 それに、今回の敵は飛行機です。

 空の上だし、来た時には死んでいますよなんて言う冗談は口にしませんでしたが』


--ある警備会社警備員の述懐--




『あの時、羽田空港に居たんですよ。

 新千歳空港行きの最終に乗ろうと思ってね。

 で、ターミナルで待っていたら、行き先案内板が一斉に消えて、次々と飛行機が見合わせになっていったんです。

 館内放送で「現在全ての出発便を見合わせています」なんて言っていましたが、誰もが言わなくても待合室に置かれていたテレビが全てを物語っていましたよ。

 煙を上げているツインタワーが。

 どれぐらい経ったのかな?

 たしかツインタワーが崩れて、政府が発表をしたから日を跨いだあたりかな?

 続々と警察と自衛隊と警備員の車両が空港にやって来て、空港の警備に就いて行くんです。

 自衛隊なんて銃を担いでじっと立っているんですよ。

 彼らが空港職員と共に毛布や携帯食料を分けてくれたので、すごくありがたかったのを覚えています。

 ですが、その光景にものすごく違和感を覚えたのを思い出しましたよ。

 結局、空港は翌日には閉鎖。

 自衛隊や警察や警備員の見ている中待合室で夜を明かして、新幹線で帰りましたよ。

 まだ八戸までができていなかったので、盛岡からが大変でしたよ』


--ある旅行者の述懐--




『あの映像をトレーディングルームで見ていたのですが、何が起こっているのか理解したくなかったですね。

 ただ、誰が言ったのか思い出せないのですが「これはとんでもないことになるぞ」と言った言葉が耳に残りました。

 米国市場はITバブルが崩壊して下落基調でしたから、大暴落はあるなと思っていたのです。

 結局、ニューヨーク市場はその日休日となったのですが、損失覚悟で全ポジションを寄り付きで決済するという上の方針に反対なんてできませんでした。

 ところが、ファンド側で置いてあった取引判定用コンピューターが暴落途中から『買え』と指示を出してきたのですよ。

 この大暴落中にですよ!?

 うちのボスはTV見てぶっ倒れたらしくて指示が出せない状況で、現場はそのまま損失覚悟で全部売り払いました。

 結果?

 ええ。コンピューターが正しかったんですよ。

 我らがボスはこの時出た百数十億の損失を笑って許してくれましたけど、今でもニューヨーク市場のあの大暴落は思い出したくないですね。

 あの後、ゼネラル・エネルギー・オンラインの破綻もあって、散々な結果でしたよ。

 それでもこうして語れるだけ私はましな方でしょうね』


--あるトレーダーの述懐--




『あの後しばらくして飛行機が再開したのですが、そりゃもうガラガラで。

 あんな事があったから乗りたくないんでしょうな。

 その分、新幹線と船は超満員で、政府も八戸への新幹線延伸の大工事を大急ぎでするだけでなく、鉄道も夜行列車の大増発に踏み切る事に。

 東北新幹線は、上越・長野・山形・秋田と各新幹線が東京に乗り入れる形になるので、とにかく終着駅の上野と東京のホーム容量が足りなくなって、慌てて新宿新幹線を造る始末。

 おかげで上野発の臨時夜行列車なんて贅沢なものに乗れて……失礼。話がそれましたね。

 乗ったのは羽田-新千歳行きのAIRHO便なんですが、ボーイング737-700は約100席ばかりあるのだけど私が乗った時はあの直後だったから30人も乗っていなかった気がするなぁ。

 あの航空会社は客室乗務員さんがロシア人メイドで可愛いと評判だったのですが、この時ばかりは可愛いではなく凛々しいと思ってしまいましたよ。

 後で知ったのですが、この航空会社の客室乗務員は元北日本政府の女性軍人だったらしく、対テロ・ハイジャック訓練を受けて万一に備えていたそうですよ。

 あれが起こった米国ではスカイ・マーシャルでしたっけ?

 あんなものを乗せて飛ぶらしいですが、時代が変わったという事なんでしょうね』


--ある旅行ライターの述懐--




『私が彼女に出会ったのは、たしか百貨店の仕事で写真を撮る最初の打ち合わせだったかな?

 こっちも仕事だが、向こうも経営が苦しくて何かイメージがちぐはぐで揉めたのを覚えているよ。

 で、そういう時はとりあえず私は現場に出る事にしている。

 百貨店なんてそれこそ人相手の商売だからね。

 そんな時に彼女を見付けた。

 ああ。きっと私は彼女を撮るためにこの仕事をしてきたのだとその時に思ったね。

 そりゃもう強引に口説き落とした。

 後で百貨店側から正体を聞かされて自重を求められたけど、知ったことではないしそれが芸術家という人種だからね。

 彼女の瞬間を写真という永遠に留め、それを歴史に残す。

 だから、彼女絡みの仕事だったら強引に割り込んだし、彼女もそれを苦笑しながら許してくれたからこそあの写真が撮れたと思う。

 あの瞬間、ツインタワーの飛行機テロを見て崩れ落ちる彼女を支えた時の宰相の写真をね。

 私の最高の仕事の一枚だと思う。

 あとは彼女のヌードを撮れば私はこの仕事は辞めてもいいと思っているのだが、さすがにガードが固くてね。

 君、何か良い案は無いかい?』


--ある写真家の述懐--




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新幹線の八戸延伸が2002年12月1日


コンピューターの判断

 なお、一番コンピュータートレードが難しいのが我らが東京市場らしい。


スカイ・マーシャル

 この事件をきっかけに乗るようになったとか。

 今では基本米国行きの便には乗っているらしい。


写真家の一枚

 この年の賞を総なめにした模様

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