現代社会で乙女ゲームの悪役令嬢をするのはちょっと大変

カサンドラの足掻き その４

　恋住内閣の特徴の一つに閣僚を始めとしたスタッフの一本釣りがある。

　今までの内閣は、派閥が大臣候補リストというのをまとめて提出しその中から選ぶ形式を取っていた。

　それを恋住内閣は見事なまでに無視し、女性閣僚四人、民間三人起用という脱派閥内閣を演出し派閥からの怒りを買い、国民からの称賛を受けた。

　さらに人事でサプライズを容赦なく出してゆく。

　盟友の一人を副総裁に抜擢して睨みを効かせると、幹事長に生みの親の一人である女性議員を抜擢。

　初の女性幹事長として話題を作ると、泉川副総理をそのまま留任させて内閣の重しにさせる等話題に事欠かなかった。

「あれ、絶対私へのサインだよなー」

　グレープジュースを飲みながら、私はＴＶを見てぼやく。

　泉川副総理の正式な担当大臣は、『危機管理担当』及び『北樺太問題担当』大臣。

　敵は閣内に取り込むというその姿勢はこの恋住政権で一貫しているから質が悪い。

　彼自身は辞退するつもりだったが、私が説得して受けさせることにした。

　この秋に向けて危機管理担当大臣とホットラインがつながっているのは大きい。

「小さな女王様。

　彼は甘く見ないほうがいい。

　変人かもしれないが、大蔵系の族議員で、生粋の派閥政治家だ」

　電話を切る前の泉川副総理の声は、低く真剣味を帯びていた。

「元北日本政府国民の就職問題については、樺太道及び北海道と千島県に構造改革特区を作ってこれに対処する予定です。

　具体的なスケジュールは規制改革担当大臣との協議になりますが、候補地として豊原・留別・稚内・小樽・苫小牧・根室・網走などを……」

　ＴＶの政治番組ではハキハキとした口調で新任大臣が今までの内閣とは違うスピーディーさを演出していた。

　今の政局は日曜日に作られる。

　日曜日の政治討論番組に与野党の議員が出て、ショーよろしく見せ場を作り、それをコメンテーターが制御して政治を動かす。

　メディアのメディアによるメディアのための政治がモニターの中に映っている。

　そんな役者の一人が彼だ。

　武永信為経済財政担当大臣。

　恋住内閣の対財閥戦の大将が彼である。

　そんな彼が公約の一つである財閥解体の理由を分かりやすく告げる。

「我々も財閥が憎くて解体しろなんて言うつもりはありません。

　しかし、財閥が日本の不良債権処理問題を長期化させたのは事実なのです。

　それは、彼ら財閥が系列を通じて株式の持ち合いを維持しているからに他なりません」

　不良債権問題は、金融機関の過剰投資の他に、保有株式の毀損という問題もあった。

　銀行が保有している企業が土地や株式に手を出して損をすると、その企業の株式も下がる。

　その結果、その企業の株式を保有している銀行もその損失を計上しないといけない訳で、銀行が信用不安になればお金が借りれなくなって、経済活動に支障が出る企業の株式が下がってという負のスパイラル。

「日本では、銀行の株式の持ち合いを比率がほぼ100％に近いのをご存知ですか？

　欧米ではこのような保有はほとんど行われていないのです」

　そうきたか。

　不良債権処理の一環としての株式持ち合いの解消。

　たしかにこれで金融機関の不良債権処理は解決される。

　その大量の株放出の買手がいればの話だが。

「我々日本の金融市場は世界に比べて遅れています。

　情報公開の徹底と、時価会計の導入によって日本市場をもっと魅力的にする努力をこの内閣でお約束します」

　そう。

　この話、大本は米国ウォール街の要求だったりする。

　つまり、大量に出る日本株を買い漁って、利益を得ようとハゲタカさんたちが企んでいる訳だ。

　ハゲタカファンドと言っても大別して二種類ある。

　一つは、破綻寸前の企業を買って口を出して、価値を高めた上で売却する『バイアウト型』。

　もう一つは、ハゲタカ・ファンドである、破綻企業をまとめて買って処分する『バルクセール型』。

　今の日本だと『バイアウト型』が主流になるだろうが、『バルクセール型』ファンドがやって来ない訳がない。

「まず、テイア自動車を例に出しましょう。

　今や世界有数の自動車企業であるこの会社が、二木淀屋橋銀行及び二木財閥の強い影響下にあるのはご存知でしょうか？

　未だ高収益を出しているこの会社ですが、その内部に置いて系列化によってコストが高い製品を使っているのです。

　このような系列を取り払い、もっと安い海外の部品を使えば、テイア自動車は世界最大の自動車会社になる事も夢ではないでしょう。

　鮎河自動車がしている事をテイア自動車ができないわけがありません」

「ぶっっっっっっっっ！！！」

　たまらずグレープジュースを吹き出す私。

　控えていたメイドが何事もなかったかのようにこぼしたのを拭いて新しいグレープジュースを用意する。

　いやまあたしかに株式持ち合いの中枢である二木財閥の二木本社は何やってるのと突っ込みたくなるよなー。

　こいつ分かりやすい所をものすごく的確に突いてきやがったぞ。

「つぎに桂華金融ホールディングスを例にあげましょう。

　元は破綻処理先を目的とした有る種の国策銀行とは言え、今はその不良債権も消えて世界でもトップクラスの格付けを保持しています。

　ですが、かの金融機関は桂華グループの為に動いているのです。

　買収した桂華グループが桂華銀行を使うのは問題がないですが、もっと他にお金を貸す所はあると思うのですがどうでしょうか？

　特に、今の桂華グループは新幹線建設を始めとしたある種の公共事業に手を出していますが、その公共事業を請け負うゼネコンの不良債権処理はまだ終わっておりません。

　このような収益性が悪い事業に手を出して、桂華金融ホールディングスの高い格付けと世界における立ち位置を失う事を私は憂慮しているのです」

　商売とは、どの時間軸で利を取るかという言い方もできる。

　10年20年の利を取ればいいという農業的日本資本主義は、四半期の利を取るという狩猟的欧米型資本主義に駆逐されようとしていた。

　これ導入したらえらいことになるなと呻いていたら、ふいにPHSが鳴る。

　一条からだった。

「もしもし？」

「申し訳ありません。お嬢様。

　緊急を要する事態が発生しまして……」

「今の武永大臣の発言でしょ？

　私も見ていたわよ」

「そっちじゃありません。

　たった今、恋住総理から電話が掛かってきて、『経済財政諮問会議の民間議員に就いてくれないか？』と……」

　私は声が出せず、一条が数度返事を促した所で我に返った。

　打つ手が的確すぎる。

　だが、一条からの報告で、彼らの二の矢が私に突き刺さった。

「もう一人の民間議員はテイア自動車の帝亜秀一氏に打診し、彼はそれに応じたそうです」

　やられた。

　初手からここまで容赦なく王手をかましてくるとは思わなかった。

　一条は私の数少ない手駒であり、黒子である私が操れるほとんど唯一のプレジデントだ。

　ここで彼を経済財政諮問会議に出すと、桂華金融ホールディングスの統制に影響が出る。

　橘は私に付くから執行役員より上に上げられない以上、打つ手は一つしか無い。

「分かりました。

　その話、受けてください。

　いきなり何か言われるより、中で制御できるならばそっちに期待します」

「それはよろしいのですが、そっちの活動に力を入れると本業に目が届かなくなります。

　極東組および、外からのリクルートを抜擢するには時間と忠誠が足りません」

「覚悟の上です。

　お兄様に社外取締役でなく、取締役として舵取りをお願いするしかないでしょう」

　その後、電話を切って一度落ち着いてから私はお兄様に電話をかける。

　お兄様も一条あたりから知らされていたらしく、いきなり本題に入った。

「大変なことになったね。瑠奈」

「ええ。

　今日ほどまだ小学生のこの身が恨めしいと思ったのはありませんわ。

　一条が経済財政諮問委員に取られるので、桂華金融ホールディングスの取締役に就いてもらって中をまとめてもらってよろしいでしょうか？」

「いいよ。

　ただ、桂華岩崎製薬の人間として幾つかの要件があったのをキャンセルする事になりそうだけどね。

　せっかく瑠奈にニューヨークのお土産を買ってきてやろうと思ったのに」

　え？

　ニューヨーク？

　どくんと、その言葉に私の心臓が跳ねた。

「ニューヨークにいらっしゃる予定だったのですか？」

「ああ。

　秋の製薬ベンチャーの見本市が、ニューヨークで開かれるからね。

　それに招待されていたんだよ。

　パートナーとして桜子さんを連れて行くつもりだったんだけどね。

　夏には婚約パーティーを……もしもし？」

「ごめんなさい。

　ちょっと聞き逃してしまいましたわ。

　で、ニューヨークにいらっしゃる予定の製薬ベンチャーの見本市はいつでしたの？」

　聞きたくない日時をお兄様はあっさりと言った。

　それが本来の運命だと言わんばかりに。

「……たしか、９月11日。

　本当に残念だよ」

　ああ。神様。

　悪役令嬢というものは、ここまで不幸になり絶望しないとなれないものなのでしょうか？

　そして、お兄様を救った私は悪役令嬢にすらなれないとしたら、一体何者なのでしょうか？

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恋住内閣人事

　副総裁にYを持ってきて実質的指揮を任せて、総理候補として幹事長の椅子をＴ議員にあげてお飾り化。

　副総理は最初林さんを入れようとして固辞されたらしい。で、そのまま留任させる事で瑠奈への一手に使った。

構造改革特区

　実際に案が出たのは第一次改造内閣から。

　それでも岩盤規制は破れなかった。

株式持ち合いの解消

　なお今現在もゆっくりと進行中である。

経済財政諮問会議

　日本の経済の方向を決める重要な会議で、総理大臣が議長を務める。

　ここに人間を送り込む＝日本経済に口を出すという超重要な席。